第二話 親友が失踪しました

 その日の朝、篠森悠香はいつものように、自室のベッドの上で目を覚ました。

 いつもと同じ時間に起床し、朝食をとり、身支度を整える。今日からまた一週間、特に面白くもない学校へ通わなければいけないと思うと、自然とため息が出た。

「行ってきます」

 いつもと同じ時間。決して広くはないワンルームの、ベッドの脇に置かれたデスク。その上に置かれた写真立てに向けて挨拶をし、悠香は家を出た。

 学校まではそう遠くはない。なるべくギリギリまで家に居たいからと、近くの家を選んだのだ。十分ほど歩けばすぐに学校に着く。

 丁度他の生徒たちも登校してくる時間で、校門をくぐる生徒たちの中には悠香のクラスメイトたちの姿もあった。とはいえ、悠香は彼らとはそれほど親しいわけではなく、悠香から挨拶をすることがなければ、彼らが挨拶をしてくることもない。

 ふと、悠香は数いる生徒たちの中に、見慣れた姿がないことに気付いた。

 いつも同じ時間に登校してくるはすの、昨日会ったばかりの少女――優花の姿が、ない。

 先に来たか、寝坊でもしたのだろうか、と考えながら足を止めることはなく教室へと向かった。

 教室へと入り、優花の姿を探してみるがその姿はない。寝坊でもしたのか、と思いつつ、彼女が来たらからかってやろうと考えながら自分の席に着く。

 しかし、中々優花は姿を現さず。ついには、担任教師が教室へとやってくるまで、彼女が登校してくることはなかった。

 ホームルーム中に点呼をとりながら、担任は「花咲は風邪で欠席」と告げた。昨日一緒に出掛けていた悠香は、昨日はあんなに元気だったのに? と、内心首を傾げる。とりあえず放課後に優花の家に寄ってみようと考えながらも、ホームルーム終了後にスマートフォンから「大丈夫?」とメッセージを送った。



 放課後、悠香は優花の家の前に来ていた。

 朝のホームルーム後に送ったメッセージには返事どころか既読もつかず、よほど体調が悪いのだろうか、と見舞いの品をいくつか買ってきていた。

 花咲家の玄関の呼び鈴を押す。この時間なら母親が既に帰って来ているはずだが、出ない。少し待ってからもう一度押すも出ず。さらにもう一度呼び鈴を押して、これで出てこなければ帰ろうと思っていると、ようやく優花の母親が顔を出した。

「あら、悠香ちゃん……?」

「おばさん? ……あの、優花は……」

 いつもは優花と同じで明るく元気な母親が、随分と疲れた表情をしていて、思わず妙な間を生んでしまった。

 母親はしばし目を泳がせ、大きなため息をつく。

「実はね、今朝からあの子の姿がなくて……」

「えっ……」

 気落ちした様子の母親に、決して冗談などではないのだろうことを察する。そもそもこの母親は、そんな冗談を言うような人間ではないし、そんな冗談を言う理由もない。

「あの、警察には……」

「言ったんだけど、夜までには帰ってくるかもしれないから、って……」

「そう、ですか……」

 見るからに気落ちしている母親に対し、それ以上何と言ったら良いのか分からず、二人の間にしばし沈黙が流れる。

「わざわざ来てくれたのにごめんね」

 そう言って、母親は扉を閉めようとした。閉められかけた扉に手をかけて、悠香は告げる。

「あの、アタシ探してきます!」

「え? でも……」

「見つかったら連絡しますから!」

「ちょっと、悠香ちゃん!?」

 母親の言葉を無視して、悠香は走り出した。

 優花が家出なんてとてもじゃないけれど考えられない。しかし、母親の様子を見るにいなくなったというのは事実だろうという確信があった。何より、いつもならすぐにメッセージが返ってくるのに、既読もつかないなんて、今まで一度もなかった。

 優花の行きそうな場所には心当たりがあった。

 学校帰りによく寄っている本屋。

 たまに寄っている小さな喫茶店。

 お気に入りの花壇がある公園。

 気分が落ち込んだ時によく行く河川敷。

 昨日二人で行ったばかりのショッピングセンター。

 夜が深くなるまでに行けるところはすべて行った。しかし、そのどこにも優花の姿はなかった。メッセージにも未だに返信も既読もつかない。

 優花の家に電話をしてみると、母親は泣きながら「まだ帰ってきてないの」と告げた。

 そんな母親に明日も探してみる、と言い、返事を待たずに電話を切る。失礼なのは承知だが、止められるだろうことは分かっていたし、止められても探すつもりだった。

「一体、どこ行ったのよ……」

 昨日優花と分かれた場所で、深いため息をつきながらうずくまる。

 探すとは言ったものの、優花が行きそうな場所に、これ以上の心当たりはなかった。まさか遠くへ行ってしまったのだろうか。自分にも何も言わずに。どうして。

 そんな考えがぐるぐると回り、その思考を振り払うように頭を左右に振る。気分が落ち込んだまま家へと帰り、ベッドへと倒れ込んだ。

 優花からのメッセージが返ってきてはいないかとスマートフォンを確認し、なんのメッセージも来ていないことに肩を落とす。

 ふと、何気なくニュースサイトを開いた。まさかまだニュースになってはいないだろうとは思いながらも、ニュースの見出しを流し見る。

 すると、その中の一つに目が止まった。

『小二女子行方不明。神隠しか』などという、いつもなら気にも留めない見出し。

「神隠し……」

 そんなオカルトめいたもの。信じる信じない以前に、気にもしたことはなかった。これがいつもであれば、気にしたところでオカルトだと言って信じなかっただろう。

 しかし、優花がいなくなってしまったという事実を前に、どんな可能性にも縋りたい気持ちが勝った。それほどまでに、悠香にとって、彼女は大切な存在だった。

 神隠し。その可能性も否定はできないかもしれないと、さっそく検索をかけてみる。しかし、出てくるのは作り物めいた噂話ばかり。もっと信憑性の高い情報はないかと考え、図書館の存在を思い出した。

 図書館なら、都市伝説程度のものであっても幾分か信憑性の高い情報があるかもしれない。

「まず、もう一度探してみて、それから図書館に行ってみよう」

 明日の行動を決め、スマートフォンをデスクの上に置く。

「……シャワー浴びよ……」

 このまま眠ってしまいたい気持ちもあったが、汗をかいたし、何よりも少し気持ちを落ち着けたかった。そのために、シャワーを浴びようと浴室へと向かう。

 シャワーを浴びてから、タンクトップと短パンというラフな格好でベッドに寝転ぶ。

 明日になれば、何事もなく優花が戻ってきていればいい。そんなことを考えながら、あらゆる思考を遮断するように目を閉じた。

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