社
QAZ
15年前の記憶
「なあ、昔さあ、そう、15年くらい前のことなんだけどさあ。近所の裏山に、神社あったよな?覚えてるか?」
「なんだよ唐突に。そんな昔のこと。」
Kくんが予約したというチェーン店の居酒屋は、満席でイエーだとかヒョーだとか歓声が沸き上がっていて、とにかくうるさい。ぼくとKくんは、店にたった5席のカウンター席に座って、乾杯した。Kくんとぼくは子供の頃良く遊んだ中だった。ぼくが地元から離れてからは随分疎遠になってしまったが、昨日誰から連絡先を辿ったのか、10年ぶりくらいに連絡があって、久しぶりに酒でも飲まないかと誘われたのだ。この店、ぼくは来た事もなかったが、話をするのにこんな騒がしさでは、おそらくKくんもこの店のことはよく知らないんだろう。もちろん味もイマイチだ。ぼくは水みたいなビールを一気に飲んで、Kくんに言った。
「何か聞きたいことがあるんだろう?ぼくときみの仲じゃないか。どうだ?近くに静かな店があるから、そっちに行かないか?」
Kくんは少し戸惑ったようだが、ぼくの提案を快諾してくれた。会計を済ませて10分も居なかった店を後にした。御通しとビール一杯で2000円なんて、まったく、この味じゃあぼったくりもいいところだと思った。
歩いて数分ぐらいの距離にある、僕の行きつけの店に入り、ボックス席に座る。キープしていたボトルを開けて、2人で水割りを飲んだ。これなら薄さは自分好みだ。Kくんは口を付けると苦々しい顔をしている。どうやら酒は得意では無いらしい。それからぼくはKくんの目を見ながら口を開いた。
「それで。今日は酒を飲もうって気分で来たんじゃないんだろう?一体何が聞きたくてわざわざ見知らぬこの土地まで来たんだい?」
Kくんは、"見透かされていたのか"とでも言いたげな顔をしたが、すぐに"それなら話が早い"という顔で話し始めた。
「15年前に見た、神社のことを調べてるんだよ。おれには忘れられない思い出があってね。どうしても見つけたいんだ。ところが、どんなに仲良く遊んでいたヤツに聞いても、誰もそんな神社知らないって言うんだ。これは困った。それで悩んでいたら、ふっと君のことを思い出してね。ほら、一度だけ一緒に神社に行っただろう?それで、君なら覚えてるんじゃないかと思って...まあ、その、不躾というか、失礼だと思って、食事は奢りのつもりで来たんだが...とにかく失礼は承知の上だ!なあ、君が覚えていることを教えてくれないだろうか?」
「まあ、まあ。落ち着きたまえよ。そんな一度に聞かれたって、答えられないだろう?順を追って行こうじゃないか。な?」
グラスの中で氷がからん、と音を立てた。ほんの少しの間があって、Kくんはふぅ、とため息をついて、座り直した。ぼくはそのまま続けた。
「そうだな。ぼくの記憶を話す前に、まずKくんがその神社を調べている理由を教えてくれないか。」
「...ということは...やっぱり、記憶が無いんだな...。」
見る間にKくんの表情に、落胆の色が濃くなっていく。まあ、確かに実際のところ、Kくんの言う神社に心当たりなど無かった。当然思い出話もできないだろう。Kくんにとっては無価値な時間になってしまう。何故かふと、少女の後ろ姿を思い浮かべたが、神社の記憶ではなかったし、関係無いだろう。ここは残念だが、Kくんに謝って、切り上げるべきか迷っていると、Kくんは口を開いた。
「いや、気にしないでくれ。たぶん、これは、仕方の無いことなんだ。おれも最近まで忘れていたんだから。みんな、そうなんだ。忘れてるんだ。あの時、5人はいたはずなのに。」
「あの時?5人?」
「ああ...!15年前の8月、おれと君と、あと3人、裏山にある誰も知らない神社に行った...!そこで、そう...そうだ、悪い事が起こったんだ...上手く言い表せられないけど...だからみんな忘れてたんだよ...!おれはそれを調べたいんだ...なんでも良い!何か覚えてないか?」
グラスの汗がつー、とテーブルの上に伝い落ちた。薄まった酒に口をつける。さっきから女の子の姿が思い浮かぶ。見たことも無い子だ。長い黒髪で、顔が無い。顔を思い出せないのだ。
「なにも...思い出せる事はないなあ...。でも、そうだな...あと3人って誰だったんだ?」
「Aくんと、Sさんと...Mさん...だれも覚えてはいなかったよ...裏山の...黒い大きな鳥居...霧が深くて...女の子が...うぅ...思い出せない...何か悪い事が起きたんだ...彼女は...黒い何かに飲み込まれて...うぐ...。」
「わかった、わかったから、落ち着いて。ほら、Kくん、水でも飲め。」
ぼくはKくんに水を差し出した。二人のグラスの氷はすっかり溶けて、テーブルはグラスから垂れた水でびちゃびちゃになっていた。Kくんは水を一気に飲み干して、グラスを乱暴に置く。テーブルのびちゃびちゃがKくんの腕に纏わりついて、服にまで染み込んで行く。Kくんは何か怯えてるみたいだ。一体なにをこんなに怯えているんだろう?ぼくはKくんに掛ける言葉もなくて、彼を見つめていることしか出来なかった。
少しの間沈黙が続き、やがて苦痛になってきた。Kくんは肩を上下に揺らして俯いたままだ。ぼくは苦痛に耐えきれなくなって、Kくんに言葉を掛けた。
「な、なあ。今日はもういいんじゃないか?良ければぼくの家に泊まって行くといい。それで、明日からまたその3人に話を聞きにいかないか?2人で行動すれば、何か変わるかもしれない。」
Kくんはうつろな目でぼくがいる空間を見つめてきた。
「そう...だな...。でも、いいよ、ありがとう。これはどうやらおれの問題らしい...。ホテルに戻るよ...悪かったな、時間取らせて。明日また地元に帰るよ...。」
Kくんは席を立った。会計をしてくれているらしい彼の背中は会った時より二回りくらい小さく見えた。ぼくは胸に穴が開いたみたいな気分になって、動くことも言葉を掛けることもやはりできなくて、立ち去る彼を見送ることしかできなかった。Kくんは去り際にぼそっと口にした言葉が、思い浮かべた少女とつながっているような気がして、気になって仕方がなかった。
「順番なんだ...あの子に呼ばれているんだ...か。」
ぼくの独り言は誰も聞いていなかった。テーブルの上の水たまりが、床に雫を垂らしていた。
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