第20話 幸せな時間と気持ちを共有しあうはるか

 放課後の帰り道、優木さんは声を震わせながら僕に尋ねてきた。


「ねぇ……あなたが私を助けてくれた初恋の人なんじゃないの……」

「え……?」


 今、優木さん何て言った……僕のことを初恋相手の正体って……。

思わず頬がヒクついてしまう。


(なんでバレたんだ……?)


「だってそうじゃない! 女の子に話した言葉も……その人形の動かし方だって……全部、全部……あの子と一緒だった! ねぇ……本当のこと言ってよ!」


 優木さんの声色に涙色が混ざる。口元だって震えていた。それだけ優木さんが必死だということが分かった。そこまで詳細に覚えていたのか。それだけ大切な思い出ってことだよな。

 僕は一息吐くと、覚悟を決めて優木さんの質問に答える。


「うん、そうだよ……。優木さんから人形を取り返して、マッピーを上げたのは僕だよ。ずっと言えなく──」


 優木さんに怒られるのを覚悟で話した時だった。


「会いたかった!」


 半ば叫ぶように、優木さんは僕に抱き着いてきた。


「優木さんっ!?」


 優木さんのやわらかくて温かい体温も、甘い匂いもダイレクトに伝わってきた。それだけで、僕は少しクラクラしてくる。心臓だって、すごい勢いでバクバクしている。それこそ、優木さんに届いているんじゃないかってレベルでだ。


「どうして言ってくれなかったの? 言ってくれたら、私はもっと早くあなたに全部……」


 顔を隠すように優木さんは、僕の胸に顔をうずめたまま聞いてくる。


「と、とりあえずさ……いったん離れて……」


 この体勢は僕の理性的に良くない。非常に良くない。だというのに、優木さんは、逃がさないとばかりに離してくれなかった。それどころか、より一層僕を抱きしめる力が強くなったくらいだ。


「だめ。話してくれるまではなさないもん」

「もんって……」


 何か、優木さんが少し幼児化してるような気がする。


「優木さんが初恋相手の人を話してくれた時さ、イケメンで芸能関係の人じゃないかって言ってたでしょ? それを聞いたら優木さんの中にある憧れを壊しちゃうんじゃないかって……」


 優木さんが話してくれた時のことを思い返すと、思わず苦笑いになってしまう。


「ばかっ! そんなわけないじゃない! 彼がどんな人だってかまわないわよ……私の傍にいてくれることが大事なんだから……」

「うん……」 

「会いたかった……本当に、会いたかった……」


 かみしめるように呟きながら、僕の胸元に顔をぐりぐりとこすりつけている。


「もうこれって運命じゃない。私の好きになった人の正体が初恋のあの子だなんて……」


(好きになった人の正体が初恋のあの子……?)


 今、とんでもないこと言ってなかった? 初恋相手の正体に関係なく、僕のことが好きだって言うことだよね……。


「ねぇ、隆弘。私の話聞いてくれる?」

「う、うん……」


 優木さんが僕から距離を取って、真剣な眼差しで顔を見てくる。


「わ、私はあなたが欲しい! あなたの笑顔も気持ちも……全部欲しい!」


 その瞬間、周囲の温度が上昇したと錯覚させるほどに熱く、焦がれるほどに切なく感じた。


「他の誰かと会話さえしてほしくないほどに独り占めしたい。あなたを私だけのもにしたい。私が歩む先には、ずっと隣にいてほしい。でも、それを強制させることはできない。だから……」


 優木さんの声が再び涙ぐむ。手足だって震えていた。


「だから、私の全部をあなたにあげる! 私のことだってあなたに独り占めしてほしい……あなたの隣には私が立っていたい……その居場所は他の人にいてほしくない……だって……だって……」


 口をふるわせながら、ポロポロと涙をこぼしながら。


「好きなんだもの! 私にとって大切な運命なんだもん……ありのままの私を受け入れてくれて……守ってくれて……それで初恋の人だなんて……好きになるしかないじゃない! 好きで好きでたまらないわよっ! 大好き……愛してるわ」


 夕日に照らされながら、頬に涙を伝わせながらも微笑を浮かべる優木さんの表情がきれいで目を奪われてしまった。


「ありがとう……すごく嬉しい」


 心が震えていた……気を抜くと泣きそうな気持ちだった。その理由も、最近優木さんにずっとドキドキしていた理由も今になって分かった。


(鈍いなぼくも……)


「うん、それで……?」


 優木さんの不安そうな瞳が僕を映す。


「こんな僕で良ければずっと傍にいるよ。僕だって優木さん、ううん……はるかの傍にいたいって思ってる。ずっと一緒にいていいかな?」

「ダメ……それじゃ一言たらない……」

「分かってるよ……」


 息を一度、大きく吸って吐き出す。覚悟を決めてはるかの顔を見る。


「僕だって、はるかのことが好きだよ」

「うん……うん!」


 嬉しそうに笑う優木さんが僕に抱き着いてくる。さっきとは違って僕だって抱きしめ返す。ただそれだけで、優木さんの気持ちが伝わってくる。甘酸っぱくて、あつくて、やわらかくて、ムズムズして、こんな幸せな気持ちは初めてだ。


「隆弘……これは契約だから」


 はるかは目を閉じて唇を寄せてくる。契約と言うのがなんともはるからしい。

 一秒、二秒と進む時間は戻らない。起こした行動だってやり直すことはできない。全部、不可逆で絶対に戻らないからだ。


 それでもためらうことなく唇に、唇で触れた。

 この子とずっと一緒にいようって覚悟を決めて。

 やわらかく、やさしく、甘美な感覚だった。


 それはほんとうに、一瞬のような出来事だった。それでも、触れ合った唇を離したお互いの視線で先ほどの出来事が現実のことだとわかる。


「これで契約完了ね……言っとくけど、契約破棄はできないから」 


 優木さんは唇を、大切な宝物を隠すように両手で覆いながら話している。


「ねぇ、どうだった……? もう二度としたくないとか思わなかった……?」

「う、うむ……悪くはなかったぞ……」

「何よ……悪くなかったって。でも、私も同じ気持ちだわ」


 変な話し方になった僕を見て、はるかは少しだけおかしそうに笑っていた。理由があったわけじゃないんだけど、僕もつられて笑顔になる。


 そしてお互いの視線が混ざり合うと、再度、唇が重なった。


 感触も、温かさも、甘さも、先ほど以上に感じれられた。何より、はるかの気持ちが痛いほどに伝わってきた。

 どちらからともなく、唇を離した後、柄にもなくこんなことを言ってしまった。多分、この熱に浮かされたテンションじゃ言えなかったと思う。


「すごくさ、欲張りな時間だよね……こんな時間がいつまでも続けばって思うよ」

「ばかね……これからいくらでも続いていくわよ」


 その言葉を証明するように、三度、僕たちは唇を重ねた──

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