第18話 大好きな人と動揺する優木さん
松田先輩との一件があった翌日。
結局、優木さんが何を企んでいるのかは分からないままだった。今日には分かるらしいから、我慢しとくしかないようだ。
「優木さん、準備できたー?」
「ごめんなさい、もう少し待ってもらえるかしら?」
今日は珍しく、優木さんが準備に時間がかかっていた。いつもは僕が待たせる側だが、今日は逆だ。何かすごく念入りに身だしなみを整えていたし、すごく気合が入ってそうだ。
(嫌な予感がするなぁ……)
最近、いろいろとありすぎたせいで、悪い方向に考える癖がついたような気がする。
「待たせたわね。さぁ、行きましょうか」
「う……うん……」
「どうしたのよ?」
「今日の優木さん、いつもより一段ときれいだなって……」
正直、少し見惚れてしまった。美人なのは知ってたけど、今日はいつも以上だ。朝風呂でしっかりと磨かれた肌、念入りにとかされた艶のある髪、ほのかに漂う柑橘系の香り。これで落とせない男性はいないんじゃないかってくらいだ。
「~~ッッ! ど、どうも……」
僕の言葉に、一瞬で真っ赤に染まる優木さん。そっちが照れるとこっちまで恥ずかしくなってくるんだけど……。
そんな空気にくすぐったくなって、外にでようとした時だった。
「ちょっと待って……」
「どうし──」
僕が振り返る前に、頭を掴まれてしまう。振り返ることができず、ドアを見つめてしまう体勢になってしまった。
「今日、一世一代のことするわ……だから……」
優木さんの声がすこしだけ震えていた。
「あなたは何があっても私の味方でいてよね……」
「……? わかった……」
いまいちピンとこない僕はあいまいな返事になってしまう。まぁ、僕が優木さんと敵対することなんてないだろうし、大丈夫だろう。
「まぁ、そう言うとわかっていたんだけどね。言質とったわよ」
そう冗談めかしながら優木さんの言葉は続く。
「そんなあなただからなんでしょうね。私はあなたのことが──」
そこから先はなんて言っているのか分からなかった。正確には聞こえなかった。なぜなら、話の途中で優木さんは僕の耳を塞いでしまったからだ。
「練習とはいえ、結構緊張するものね……でも、最初はやっぱり二人のときじゃないと……」
僕の耳から手を放し、恥ずかしそうにはにかんでいた。
「……?」
それから何を尋ねても優木さんは教えてくれなかった。
※
学校に到着し、教室のドアを開けようとしたところで
「ちょっ!? 優木さんっ!?」
僕の思考は停止してしまった。
なぜかって?
隣を歩いていた優木さんが頬を赤らめながら、するっと腕を組んできたからだ。
「いいから。行きましょう」
「いや、これはマズ──」
半ば引きずられるようにしながら教室に入ったときだった。朝の喧騒に包まれていた教室が静まり返る。
しかし、それも一瞬のことで──
『……え、えええええぇぇぇーーッ!』
──数秒後に爆発した。
多分、教室中の窓ガラスが割れるくらいにはすごかった。
そして、我に返ったクラスメイトたちが近づいてくるのはすぐだった。
「ゆ、優木さん……その男は……?」
「確かに最近、仲良いとは思ってたけど……」
クラスの反応は多少の違いこそあれど、ほとんどが驚きだった。
「見ての通りだけど?」
優木さんにっこりと、不覚にもくらりときてしまうくらい綺麗な笑顔を見せた。
「私は──」
「いや、ちょっと待って待って!」
割って入ってきたのは、確か……モデルで有名な日高君だっただろうか。告白がしつこいって、優木さんが文句を言っていたような気がする。
「さんざん俺の告白を断っておいて、こんな冴えないやつとか冗談でしょ」
日高君は一瞬、僕のことを見下すような視線を向ける。
「それに確かこいつって、熟女相手に売春してるやつだろ。どう? 今からでも俺に──」
「ご心配どうも、色々言ってくれてありがとう。でも安心して」
笑みを浮かべながら優木さんは、日高君の言葉を半ば強引に遮る。ただ、僕には分かる。目が笑ってないし、めちゃくちゃに怒ってるときの表情だ。
「少なくとも、こんな風に根も葉もない噂を鵜呑みにしたり、他人を侮蔑しない程度には素敵な人だから。そうじゃなきゃ、好きにならなかったしね」
(…………好きにならなかった?)
クラスメイト達は呆気にとられているが、それは僕も一緒だった。
(今の好きって……え? それとも僕の状況を何とかするため……あばばばば)
だめだ、僕も思考は停止したままで何も働かない。ただ、「あの優木さん」が盛大な嫌味を言ってることにクラスメイト達は茫然としてたし、ぶっちゃけ空気も少し悪い。
「それとも何? 私の大好きな人が売春をしてたり、夜中に動物を虐待してるとでも? そんなくだらない噂信じてるのなら、私の顔見てもう一回、言ってもらえるかしら」
今の言葉はクラスメイト全員に言っているんだろう。そんな優木さんの言葉に、ほぼ全員が言葉を失っていた。
「これで隆弘のうわさ話も静まるし、私の目的は達成できたわ」
「いや、これはこれでうるさくなりそうなんだけど!?」
男子の嫉妬とか、嫉妬とか、嫉妬とかで。
僕に小声で話しかけてくる優木さんの勝気な表情が印象的だった。
※
そんな騒動があった放課後の帰り道。
「優木さん、やっぱり少しやりすぎじゃなった? もし猫被ってるのだってバレたりしたら……」
正直、今日の優木さんの言動はギリギリだったような気がする。なんなら、優木さんの素の表情に気づいた人だっているかもしれないし。
「それを覚悟してやったのよ。まぁ、結果的に大丈夫だったからいいじゃない?」
「まぁ、そうなんだけどね……」
「でしょ? それに仮にバレても隆弘は私の味方でいてくれるんだから何も問題はないわよ」
そう言いながら、優木さんは楽しそうに笑っている。
お昼を過ぎたくらいからクラスの空気もいつも通りに戻っていった。それに優木さんのあの態度だって、好きな人を馬鹿にされたら仕方ないよね、みたいな空気になっていたし。
「今からちょっと付き合ってもらえるかしら? 大事は話があるって言ったでしょ?」
「うん、分かった。それでどこに──」
「うぇええええん!」
そんな時だった。女の子の大きな泣き声が聞こえてきた。こけて膝を擦りむいている様子だ。
「大丈夫?」
僕は急いで女の子のもとに駆け寄るが、声を掛けても泣いたままだった。
(どうしたら……そうだ!)
僕はカバンに着けていたご当地チャッパーのストラップを外した。チャッパーはトナカイを擬人化させた可愛いキャラクターである。
「こんにちは、おじょうさん! ぼくを見て元気を出してよ」
僕はチャッパーを彼女の目の前で動かしながら話しかけた。
「うそ……」
優木さんがなぜか僕の隣で、震えながら口元を抑えていた。
「わ! チャッパーだー!」
女の子の興味がチャッパーにひかれたようで、笑顔になってくれた。それからハンカチで擦りむいた傷を拭いた後、優木さんが持っていた絆創膏を張ってあげた。
「おにーちゃん、おねーちゃん! ありがとーっ! ばいばーい!」
すっかり元気になってくれたようで、笑顔で帰っていくのを見送った。
「ごめんね優木さん。それでどこ……に……?」
「隆弘……なんで……? ストラップの動かし方も……セリフも……全部……一緒だった……」
優木さんはまるで幽霊でも見たかのように声を震わせていた。そして、僕に衝撃的な確信づいたことを言ってくるのだった。
「ねぇ……あなたが私を助けてくれた初恋の人なんじゃないの……」
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