第17話 決意と本性を見せる優木さん
焼却炉でごみを捨て帰ろうとした時、血走った目で僕らのことを睨む松田先輩が立ち塞がっていた。
「お前のせいで……お前のせいで……クソォオオオ!」
ブツブツと呟きながら、松田先輩は地面を憎々しげに蹴っている。
「せ、先輩……とりあえず落ち着いて……」
「黙れっ! なんで、お前みたいな陰キャボッチなんだよ……優木がお前から離れるように仕向けたって言うのに」
「もしかして、先輩が……」
「ああ、そうだぜ! お前の立場を貶めるようにしたのは俺だよ! これでうまくいくと思ってたのに……クソッ!」
松田先輩だったのか。僕の悪い噂を流してたのって。
「私は気づいてたわ」
「本当に?」
「ええ。だって、あなたにそんなことする人なんて、松田先輩以外に考えられなかったもの。大方、私に振られた腹いせってところでしょうね」
逆恨みじゃん……だからって、ここまでするものなのかな……。
「彼ね、プライドの塊のような人間なのよ」
「優木さん……?」
僕の疑問が優木さんに伝わっていたのか教えてくれた。
「友達とか、委員会の先輩たちにどんな人か聞いて回ったのよ。ひっどいもんだったわ……確かに顔は良いわ。むしろ、全部そこに吸い取られているって言っても過言ではないけど」
「容赦ないね……」
思わず苦笑いになってしまう。そんなにひどいのか……。
「平気で二股、三股かけるし、泣かされた女の子もかなりいるらしいわよ」
「そうなの?」
でもその割に悪評は広まっていないような。僕らの学年だとむしろ、好意的と言うか、評価の高い意見が多いような気がするけど。
「ええ。関係が終わった女性には弱みを握って脅しているらしいのよ……本物のクズだわ」
「うわ、マジか……」
最低だな。何かこの先輩の評価が著しい勢いで落ちていってる。いや、優木さんに乱暴しようとした時点で限りなく低いんだけどさ。今はもう、地の底って感じだ。
「それだけじゃないわ。さっきプライドの塊って言ったでしょ?」
「うん……」
「何事も自分が一番じゃないと気に食わないらしいわ。そのためには手段を選んでないみたいだし。例えば成績良い子を陰から脅して、わざと悪い点とらせたりとか」
「ひどいね……」
さすがの僕も聞いてて腹が立ってきた。
「脅された人が証言してくれたし、泣かされた子だって見つけてきたわよ。大変だったんだから……」
その証拠として、スマホの画面を松田先輩に見せている。そこから流れる音声には、松田先輩と思われる声の主が、脅していることがはっきりと確認できた。
「ゆ、優木……お前……」
バレると思ってなかったのか、松田先輩の顔が青ざめている。
「もしかして……」
最近、優木さんが忙しそうにしていた理由って……。
「な、何よ……隆弘が困ってたから、いろいろと頑張ってあげたんじゃない……」
照れくさそうに優木さんは頬を掻いている。その時だった。
「それを返せよぉぉオオオ!」
「ッッ!?」
絶叫を上げながら、優木さんがスマホを奪おうと、僕らに襲い掛かってきた。とっさのことに、優木さんは足がすくんでいるようだった。
「危ないっ!」
握り拳を作って襲いかかってくる松田先輩から、優木さんをかばう。
「ぐっ……!」
幸い優木さんに松田先輩の拳が当たることはなかった。だけど、僕の頬には命中した。口の中に血の味がひろがる。どうやら、口を切ったようだ。
「この……っ!」
殴られたことで一気に頭に血が上った。僕もこぶしを作って応戦しようとした時だった。
「許さない──」
優木さんの静かだが威圧感あふれる声に、僕も松田先輩も思わず立ちどまってしまう。そのまま、優木さんは僕らに静かに近づいてくると、
──スパァン!
平手打ちが松田先輩に放たれた。
(いった……)
叩かれてない僕でさえ思わず頬を抑えてしまう。
「優木さ──」
「何であんたじゃなく、隆弘を選んだ分かりますか? 松田先輩みたいなクズには分からないでしょうね」
「ゆ…うき……?」
松田先輩は、信じられないようなものを見る目つきで優木さんを見ている。無理もないだろう、今の優木さんは猫を被ってない素の一面を見せているのだから。
「だって、松田先輩って隆弘に勝ってるところ、一つもないじゃないですか? 性格も容姿も、人間として勝ってるところが一つでもあるんですか? 一回、鏡で自分のこと見てきたどうです?」
嘲笑しながら優木さんは、松田先輩に言葉をぶつける。
(容赦ないなぁ……)
もし仮に、これが僕に向けられた言葉なら、絶対に泣いてしまう自信がある。
「言い返したいならどうぞ。でも、無理ですよね」
スマホを見せつけながら、優木さんの言葉の刃が、松田先輩の心をえぐっていく。
「自分の力じゃ何もできないから卑怯な事ばっかりしてきたんですから。恥って言葉を知ってるなら、今の自分を振りかえってみなさいよ。どれだけ自分が最低な人間かってことが分かるでしょ。言い返したいなら何か言ってみなさいよ!」
「ゆ、優木さん。その辺で……」
逆上されても困るので止めに入る。松田先輩は優木さんがそんなこと言うと思ってなかったようで、茫然としたままだった。
「ないなら最初から、私たちにちょっかいかけないでよ! 端の方でメソメソしてる方があんたにはお似合いよ……行くわよ隆弘」
「え、ちょっと──」
優木さんは松田先輩に言うだけ言うと、僕の手を引っ張ってその場を離れる。一応補足しとくと、松田先輩の表情は絶望に染まり、茫然としていた。あの優木さんがあそこまで言ったことが衝撃的だったんだろう。普段は猫被ってるから、清楚でおしとやかな女の子にしか見えないし。
※
そのあとすぐに、僕は保健室に連れていかれ、優木さんに手当てをしてもらっていた。
「イテッ……」
頬に消毒液が染みる。
「我慢しなさい。男の子でしょ。でも、隆弘のケガが頬だけですんで良かったわ」
「まぁ、そこは優木さんのおかげかな」
あれだけ言葉の刃で傷つけられたのなら、何もする気が起きないだろう。
「でも、よかったの? 本性見せて」
「本性言うな」
僕の言葉に少しだけ優木さんはムッとしている。
「それに、前も言ったでしょ。私は腹をくくったって」
確かに、言っていたような……今日のことを言っていたのか。
「明日もすることあるんだから、隆弘も腹くくりなさいよ。それに大事な話もあるし」
「えっ!? まだ何かするの……それに大事な話?」
「ええ、楽しみにしときなさい」
そう言って優木さんは悪そうな顔で僕に微笑む。
明日、一体何がおきるんだろうか。
(嫌な予感がするなぁ……)
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