第11話 嫉妬とほくそ笑む優木さん

優木さんと二人で歩く通学路。いつも遅刻ギリギリな僕からすれば、のんびりと登校するのは不思議な感じだった。加えて、やけに今日は周囲からの視線を集めたような気がする。


学校に着くと、優木さんは先生に用があるらしく職員室に行ってしまった。そのため、一人で教室に入ったのだが、なぜか周囲の視線が僕に集中したのだ。


「……?」


 よく分からなかったが、とりあえず自分の席に座った。すると、クラスの男子から話しかけられた。おそらく、初めて話す相手だ。


「なぁ、一つ聞いていいか?」

「いいけど、なに?」


 確か、サッカー部にいた子だとは思うんだけど、名前が分からなかった。うーん、もう少し周囲のことを知る努力をした方がいいかもしれない。いや、こんなこと考えているうちは絶対に努力しないな。あきらめよう。


「今日、優木さんと登校してだろ? あれどういうことだよ?」


 登校中もさっきも、周囲の視線を集めた理由が分かった。そりゃあ、優木さんみたいな有名人と歩いてたら目立つか。というか、噂が広まるのって早いなぁ……。


「どういうことも何も……途中で会って一緒に登校してただけだよ」


 婚約して同棲してます、なんて正直には言えないよなぁ……。


「それだけか?」

「うん……」


 もしかして、サッカー部の彼は優木さんに気があるのだろうか。本性を知ったらどう思うのだろう。純粋にちょっと気になるな。


「そうだ、僕からも一ついい?」

「どうした?」


 僕から質問するのが意外だったんだろう。不思議そうな顔をしていた。


「もし優木さんがだけどさ──」

「あら、珍しい組み合わせね。二人で何を話しているのかしら?」

「──ヒッ!」


 声の主なんて聞かなくても分かる。僕は壊れたブリキ人形のように声の方向へ顔を向けた。

 すると、背景には可憐な花が咲いてそうなくらいの、可愛らしい笑顔を浮かべた優木さんが立っていた。

「あ、優木さん!」


 サッカー部の彼は、優木さんに話しかけられたことが嬉しそうな様子だった。


「ちょうど、真島が優木さんのことで話があるって言っててさ」


(逆だ! 君が最初に優木さんのことで話しかけてきたんだろ!)


 いや、僕も彼に優木さんの話を振ろうとしてたな……。


「多分……」


 そう言って、優木さんは顎に人差し指を当てながら、考えた様子を見せる。そんな優木さんの仕草にサッカー部の彼はデレッとしている。猫被ってるって言っても、信じないんだろうなぁ。その表情で察してしまった。


「勉強の質問してきたことを、言ってるんじゃないかな」

「勉強?」

「ええ、中間テストまで1か月切ってるから相談されてたの。私のアドバイスで力になれたかな、他に聞きたいことはない?」


(こわい、こわい、こわい)


 僕のことを見てるけど、『お前、なに余計なこと話そうとしてるねん』みたいな意味を孕んでそうだ。


「だ、大丈夫……ありがとう。おかげで助かったよ」


 隣でサッカー部の彼が、上手いことやりやがったな見たい顔してるけど、そんなんじゃないんだって。いや、マジで。


「そうだ、私も真島君に用があるんだった。先生にはもう話を通してあるんだけど……ちょっとついてきてくれるかしら?」


 笑顔で話す優木さんの言葉も……『お前許さんからな。覚悟しとけよ』みたいな意味を含んでそうで怖い。

 そうして僕は再び空き教室に連行されてしまった。


「違うんだ、優木さ──ヒッ!」


 ──ドンッ!


 僕の言葉を遮って優木さんの手が壁を叩く。いわゆる壁ドン状態。しかも二回目。


「誰にも言わないって約束したよね? 何か言い分はあるのかしら?」


 教室で話していた時とは違って、声のトーンが少し低い。猫かぶりの仮面を外している証拠だ。


「い、いやぁー……優木さんにこんな一面があるって言ったら、信じるのかなって……ご、ごめんなさーい!」


 僕の謝罪を聞いた優木さんは呆れたようにため息をつくと、壁から手を離してくれた。


(あ、許してくれたのかも……)


「まぁ、いいわ……これから真島君には大変な目に合ってもらうし。そしたら、そんなことを話す余裕もなくなるでしょうしね」


 悪い顔で微笑む優木さんを見てると気づいてしまった。


(あ、ダメだ……全然、許してくれてない……)


 それから、朝のHRを知らせるチャイムが鳴って教室に戻った。

 後からいくら聞いても『大変な目』については教えてもらえなかったけど。


       ※


『大変な目』が発覚したのは6限目のHRでのことだった。


 今日のHRでは、クラス委員を男子と女子で一人ずつ決めるらしい。

 まず、女子側は言うまでもなく優木さんだった。当然、反対する人なんて一人もいない。なんなら、先生も名指しでお願いしてたくらいだし。


 問題は男子側だった。まず先に言っておくと末吉高校のクラス委員は多忙である。昼休み放課後も仕事で束縛されることが多いからだ。そのため、誰もやりたがらない。


 ただ、今回は少し違った。あの優木さんとお近づきになれる可能性があるからだ。一緒に仕事をしていくなかでワンチャン……みたいな考えがあるんだろう。そのため、数名の男子がクラス委員の座を狙っていた。だというのに……


「男子のクラス委員なんだが……真島、お前に任せた」


 これである。


「…………は?」


 先生の言葉に、クラスの中の視線を一気に集める僕。特にクラス委員の座を狙っていた男子からの視線が刺々しい。


 その瞬間、優木さんの『大変な目』という言葉を思い出した。


(まさかっ!?)


 慌てて優木さんの方向に視線を飛ばす。すると、舌を出してほくそ笑む優木さんと目が合った。

 はぁ……間違いなく優木さんが仕組んでいたんだろうなぁ。これから忙しくなるクラス委員業務と男子からの嫉妬を考えると、頭を抱えずにはいられない僕だった。

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