第9話 トリコな優木さん

私、優木はるかは猫を被っている。素の性格は打算的で、いじっぱりで、少し気が強い、めんどくさい性格だと自負している。


 ただ、それを隠して周囲にはいい顔をしている。気を配って、ニコニコと愛想笑いを振りまいている。その甲斐あって、学校中からはあの「優木はるか」といい意味で認識してもらえるようになって、クラスメイトだけじゃなく教師からもかなり信頼されるようになった。だがそんなある日、私の本性はあっけなくバレてしまうことになった。


 その日、私は自分の不満事をぶつけた日記帳を落としてしまった。正直、人生で一番あせったと言っていいかもしれない。秘密がばれたらどうしようとか、今まで積み上げてきた私の名声がとか、すごく考えてしまった。ただ、私の日記を拾った真島君は意外にも、拍子抜けするくらいに私の秘密を守ると言ってくれた。


 ……まぁ、半ば強引に私が彼の弱みを握ったからかもしれないが。


 これで元通りだと思っていたのだが、そうはいかなかった。おばあちゃんのせいである。そして、いろいろな要因が重なった結果、私と同じ境遇にあった真島君と婚約し同棲することになった。

 どうなるかと思われた生活は意外にも悪くなかった。それどころか、楽しんでさえいる自分がいる。


 適当に作った料理を嬉しそうに食べてくれて、

 私の趣味を一緒に楽しんでくれて、

 素の自分に対して笑顔でいてくれる。


 本人は気づいてないだろうが、それが私にとってどれだけありがたく、嬉しいことか。そのため、私の心の中に入り込んできた彼は、私を暖かい気持ちにさせてくれた。だからこそ、思わずにはいられない。


 ──私をいじめから助けてくれたあの子と真島君が同一人物だったらと。


 私の直感でしかないけど、雰囲気は似ている。根拠があるわけでもないし、私の期待感がそう感じさせているのかもしれない。そだがれは、私が彼に惹かれている証拠にもなる。

 全く、本当に勘弁してほしい。私が好きなのは助けてくれたあの子であって、真島君ではない。だというのに、真島君に何かしてあげたい、真島君の笑顔をもっと見たいという自分がいる。


 だからだろう。真島君を抱きしめるどころか、あまつさえ、頭まで撫でてしまったのは。


「やりすぎたやりすぎたやりすぎたたぁぁぁ~~……ううぅ……」


 ベットで横になっている私は枕に顔を押し付け、足をバタつかせながら、先ほどの行為を恥じていた。そのせいでベッドからギシギシと痛む音が聞こえてくるが、今は関係ない。なんでか分からないけど、突発的にやってしまった。


 ただ、素の私のことを好きと言ってくれたことに、胸がキュンとしてしまった。そして気が付いたら抱きしめていたのだ。


「うぅぅぅぅ……飼い犬のくせに……飼い犬のくせに……」


 悔しいけど、私は彼の懐の深さに安心感を覚えてしまっている。猫を被ってない私のことを受け入れてくれると思っていなかったからだ。


「卑怯よ……私の秘密を知ったうえでこの性格が好きなんて……」


 近くにあった黒棺の形をしたクッションを抱きしめる。彼が私のためにご飯を作ってくれた時、最初に抱いた感情は戸惑いだった。だからこそ、私は尋ねてしまった。


 どうして私なんかのためにしてくれるのって思った。

 どうして秘密を知っても変わらず接してくれるのって思った。

 どうして私が何を言ってもニコニコ笑って受け入れてくれるのって。


 それと同時に、私は彼に拒絶されることが怖くなってしまった。でも、彼は少し悩んだ後、いつものように笑いながら答えてくれた。


「距離感が好きって……」


 そんなこと言われると思ってなかった。実際、自分でも単純だと思うのだがそのことにたまらなく嬉しい自分がいた。


 熱を持ったかのように胸が暖かくなる。

 緩む口元が止められない。

 ニコニコと笑う彼の顔をもっと見たいと思ってしまう。


 そのせいで、せっかく勉強していたのに今は何も手につかない。


「もーう! 真島君のせいでいろいろと台無しよ! こうなったら、明日からいっぱいこき使ってやるんだから!」


 それに良いこと思いついた。先生に頼まれてたあの件、真島君にしてもらおう。これで、もっと真島君と一緒にいれる。


「明日から覚悟しときなさいよ!」


 真島君のことを考えるだけで、やっぱり私はどうしようもなく嬉しい気持ちになって、ニヤけてしまう口元を抑えることができなかった。


 そして、今の私は知らなかった。初恋相手の正体がすぐ近くにいて、その真実を知るのがあともう少しだということを。

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