第210話 ギルド【ミューテーション】

「5年の間ずっと、『今、最もSランクに近い冒険者』と……ですか?」


 俺がそう復唱すると、目の前の男性はコクリと頷く。


「ああ。君も冒険者をやってるならダンジョンの歴史と仕組みは知ってるだろ? ダンジョンにはレベルアップ報酬とスパンがある影響上、本人の資質以上に、攻略に費やした年月がそのまま実力に繋がる。20年前、今でいうEランクやDランクのダンジョンしかない中、尾形は着実に攻略を続けてたって話だ」


 一息置き、男性は続ける。


「そんな努力の甲斐もあって、5年前までアイツは国内の冒険者としては最前線に立っていた。当時、初めて世界で10万レベルを超えた冒険者が現れてSランク認定されたことで、次にそこへ到達するのは尾形だろうと


 そこまでを話し、男性は少しだけ同情するような目で尾形を見つめる。

 そうしてしまうだけの理由があるのだろう。


 俺は今の話を聞いた浮かび上がった予想を、男性に尋ねる。



「それでということは、まだ10万レベルには到達できていないわけですね?」

「ああ、みたいだ。とはいえその理由は本人の成長が遅くなったというより、周囲のレベルアップ速度が加速したのが原因らしいが」

「レベルアップ速度……」

「一度は聞いたことがあるだろ? 出現するダンジョンの難易度が上がるにつれ、攻略報酬と同じだけ、高レベル魔物を討伐した際の経験値も重要視されるようになっていった。そんな中、上位冒険者へ駆け上がれるのは一部の優秀なユニークスキル持ちばかりだったんだ」

「………………」



 俺はいつの日か、クレアから聞いた話を思い出した。


『さらにダンジョンのレベルアップ報酬と再挑戦期間スパンの仕組み上、遅れて冒険者になったものは、どう足掻いても先達を超えられないというのが常識です。そんな中、上位に食い込めるのは優秀なユニークスキルを保有している者だけ。他者の努力を踏みにじるようにして、彼らは才能だけで高みへと駆け上がっていく……』


 クレア自身、同じようなこと言われたことが何度もあったのだろう。

 そう語る彼女は非常に苦しそうな表情を浮かべていた。


 だけど、改めて考えてみるなら。

 そう語る彼女と同じかそれ以上に、“追い抜かされた側”にも苦しみがあったのだろう。


 少し間を置いたのち、男性は再び口を開く。


「そんな事情があってか、アイツは数年前からレベルアップのために手段を選ばないようになったんだよ。伝手つてを利用して他の冒険者の特権を奪ったりするのもその一つだ。まあ、どんな事情があっても決して許されることじゃないんだけどな」


 そこまでを言い、男性は前に踏み出した。


「少し待っててくれ、できるかぎり説得してくる」


 そう言って、男性はまっすぐ尾形のもとに向かう。

 裏から手を回して特権を奪い取るような相手に説得が通用するのだろうか?


 そう疑問に思う俺の前で、二人はとうとう向かい合った。



「このダンジョンを攻略しに来たんだ、そこを通してくれ」

「誰だ貴様は、話を聞いていなかったのか!? 今から新規ギミックの検証を行うため、私たち以外は立ち入り禁止だ!」

「ギミック部分以外なら問題ないだろう? それから俺はギルド【ミューテーション】所属の斎藤さいとう 遼一りょういちだ。必要ならうちのギルドマスターに連絡させてもらってもいいんだぞ」

「なっ、【ミューテーション】だと!?」



 ギルド名を聞いて、尾形は苦し気な表情を浮かべる。

 その理由は明白だった。


【ミューテーション】といえば長年、国内序列1位を保っている有名ギルドだ。

 それこそ規模・戦力ともに【宵月】をも上回るだろう。


 その大きな要因として、【ミューテーション】のギルドマスターは日本における『一人目のSランク冒険者』が務めていると言われている。

 普段は表舞台に姿を現さないため顔や名前は知れ渡っていないが、流れてくる噂話だけでも、圧倒的な実力者だということが分かるほどだ。


 そんなビッグネームを出されてしまっては、さすがの尾形も厳しいらしい。

 悩みに悩んだ末、ようやく悔しそうな表情で言葉を絞り出す。



「……分かった、入ればいい。ただし40階層までだ! それ以降は通さん!」

「それじゃボスが倒せないんだが?」

「そんな事情知ったことか! ギミック検証はその先で行っている! この条件を呑めないんならここで退き返すことだ!」

「……まあ、仕方ないか。うちとしても今日の目的は攻略じゃなくて、練度を高めるのがメインだしな」



 諦めたようにそう呟いた後、男性――斎藤はダンジョンの周りにいる冒険者に告げる。


「いま聞こえた通りだ! ボスは倒せないが、中を攻略するだけなら問題ない!」


 その発言を聞いて、多くのパーティーが安堵した表情を浮かべてゲートへと向かっていく。

 何人かはボスを倒せないと聞き、攻略を諦めた者もいるみたいだが。


 何はともあれ斎藤の宣言通り、無事に説得が終了したらしい。


 正直、俺個人としては入り口を封鎖されたとしても、遠くから隠れてダンジョン内転移を発動すればいいと考えていたから気楽に見ていたんだが……


(まあ、これはこれで楽だからいいか)


 それにここで退き返すと逆に目立ちそうだったので、俺は他の冒険者たちの流れに沿ってゲートへ向かう。

 小声でダンジョン内転移と唱えれば、自然に入れるだろう。


 その途中、不意に斎藤と目があったので、軽く会釈だけしてお礼を伝えた。


 そしてとうとう、俺の出番が回ってきた時、

 ゲートの前に立つ尾形が苛立ちを隠そうともせず、震える声で話しかけてくる。



「おい、決して40階層より下に行こうだなんて考えるなよ? もっとも、階段には見張りを置いておくから気付かれずに通るのは不可能だろうがな」

「……ええ、分かってますよ」



 面倒なことに巻き込まれたなと思いながら、俺はため息まじりにそう答えるのだった。




 ◇◆◇




『ダンジョン攻略報酬 レベルが120アップしました』



「やったー」


 約20分後。

 当然のようにダンジョン内転移で最下層にやってきた俺はアルス・キマイラを倒すと、レベルアップ報酬に歓喜するのだった。

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