第209話 先行者利益

 合獣ダンジョンにやってきた俺の目に飛び込んできたのは、複数のパーティーが言い争う光景だった。


 ゲートの前に立ちはだかる40歳程度の男に対して、あるパーティーがぐんぐんと詰め寄っていく。



「どういうこと!? どうして私たちがダンジョンに入っちゃいけないのよ!」

「さっきから何度も言っているだろう! 昨日、内部で特殊ギミックが発見され、その調査を我がギルド【無敵のパーフェクト超越者・カイザー】に任されたからだ! 調査が終わるまで他の冒険者を入れるわけにはいかん!」

「そんな……っ」



 ……ふむ。

 なんだかとあるパーティーを彷彿とさせる名前なのはともかくとして、だいたいの状況は理解できた。


 ダンジョン内で新たなギミックが見つかり、それが危険であると判断されたとき、新規ダンジョン発見時と同じように検証攻略が行われる。

 そういう意味では自然な流れだが、俺は一つ違和感を覚えた。


「ギミック発見時の場合、普通ならその周辺区画を立ち入り禁止にするだけのはずだが……一切攻略できなくなるっていうのは珍しいな」


 それだけ危険なギミックだったりしたのだろうか?


 しかし、少なくとも俺が昨日ダンジョンを周回する中では、ダンジョン全体に影響が出るような異変は存在しなかったが……


(さて、どうするか――)


 俺が引き返すべきか黙ってダンジョン内転移で突入するか悩んでいた、その直後のことだった。



「ちっ、またアイツらか……相変わらず卑怯な手を使いやがって」



 俺の背後から、苛立ちを隠しきれないとばかりにそんな声が聞こえる。

 振り向くと、そこには10人を超える中規模パーティーが存在し、先頭にいる30歳前後の優し気な顔立ちが特徴的な男性が、ギリッと歯を噛み締めていた。


 ふと、その男と目が合う。

 彼は少しだけ気まずそうな表情を浮かべた後、小さく笑いかけてきた。


「悪い、変なことを聞かせたな」


 そう謝ってくるが、俺はそれ以上に気になったことがあった。



「いえ、それより今の“卑怯な手”というのは……」

「ああ、やっぱり気になるよな。事情を知らないと中に入れないってのも納得できないだろうし……確認だけど、君もこのダンジョンを攻略しに来たんだよな?」

「はい」

「他のパーティーメンバーはどこに? せっかくならまとめて説明しようと思うんだけど……」

「それなら大丈夫です、俺はソロですから」

「ソロ!?」



 俺の返答を聞き、男は目を丸くする。


「……これは驚いたな。年々ダンジョンの難易度が上がるにつれてレベルも上がりやすくはなっているが、まさかその若さでAランクダンジョンに一人で潜る奴も出てきている程だとは。これは認識を改める必要がありそうだ」


 自分の中で納得できたのか、男は「うん」と一つ頷く。


「とにかく説明に戻ろうか。あそこでゲートの前に立ちはだかっている集団……ギルド【無敵のパーフェクト超越者・カイザー】は、真っ先に新ダンジョンらギミックを発見することによる恩恵――いわば先行者利益で成り上がってきた奴らなんだよ」

「先行者利益……」


 そのワードを聞いて、つい数日前に零たちが罠部屋でエクストラボスである炎の獅子イグニス・レオと戦っていた光景を思い出す。


 あの場所ではエクストラボスを倒しても、レベルアップ報酬が与えられるだけで再挑戦期間スパンを強いられることはない。

 そのため、検証攻略期間に何度も討伐することで効率よくレベルアップすると言っていた。

 あれこそが最も分かりやすい先行者利益だと言えるだろう。


 それ自体はリスクを負って攻略した冒険者の特権だし、文句を言われるようなものでもない。

 しかし目の前の男は、その方法をまるであくどい物であるかのように語った。

 

 それが指し示す事実は一つ、


「【無敵のパーフェクト超越者・カイザー】のやり方に、何か問題があるんですね?」


 その問いに対して、男は頷く。


「ああ、その通り。アイツらは昔から、他人が見つけたギミックを自分たちが先に見つけたと報告し、特権だけを奪い取ってるんだよ」

「……そんなことが可能なんですか?」


 ダンジョン関連のルールがまだ完全には整備されていないとはいえ、冒険者が自ら入手した利益は守られてしかるべきという考えは存在する。

 そんな中、何度もそのような行いが看過されるとは思わないが――


 しかし、男は呆れたように両手を顔の横に上げ「やれやれ」といった表情を浮かべる。


「それが可能なんだよ。【無敵のパーフェクト超越者・カイザー】のギルドマスターは冒険者協会の中に多くの伝手があってね。ほら、あそこにいる男さ」


 そう言って男が指を向けた先にいたのは、先ほどからずっとゲートの前に立ちはだかる40歳程度の男性だった。

 その状態のまま、彼は説明を続ける。



「彼の名前は尾形おがた 勝己かつみ。ダンジョンが初めて出現した20年前から攻略の最前線に立ち、ここ5年の間ずっと『今、最もSランクに近い冒険者』男なんだよ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る