第195話 見知った顔…?

 七海さんと別れた後の帰り道、電車に揺られながら到着を待つ。

 やがてアナウンスが流れ、最寄り駅が近づいてきたことが分かった。


「……あっ」


 すると目の前の座席で本を読んでいた少女が、アナウンスを聞くや否や慌てて本を閉じて立ち上がろうとした。

 しかし――


「きゃっ」

「おっと」


 立ち眩みを起こし倒れそうになった彼女の体を、俺は咄嗟の判断で支える。


「大丈夫か?」

「は、はい、ありがとうございます……」


 そう答える少女と一緒に電車を降りる。

 すると彼女は丁寧に、俺に向かってもう一度頭を下げてきた。


「その、さっきはありがとうございます。おかげで倒れずに済みました」

「気にしないでくれ。そっちが無事だったんならそれでいい」

「は、はい」


 そこまでの会話をしながら、俺はどこか違和感を覚えていた。

 この女の子を見たことがある気がしたのだ。


「……あの、どうかしましたか? もしかして私の顔に何か?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 もう少しで思い出せそうな気がする。

 明るい髪色のセミロングに、どちらかと言えば可愛らしい表情。

 そう、由衣にとても似た雰囲気を持っている。


 ん? 由衣……?


 そこでふと俺の脳裏に、数週間前、ショッピングモールでの記憶がよぎった。

 由衣は俺にある写真を見せながらこんなことを言っていた。



『はい。妹と私の二人姉妹ですね』

『妹の写真があるんですけど見てみますか?』

『今は中学三年生で、名前は紗衣さえっていいます。可愛いですよね?』



「あっ」


 思い出した。

 あの日、由衣から見せてもらった写真にこの子が映っていたのだ。

 ということはつまり、この子は由衣の妹で、名前は……


「……紗衣ちゃん?」

「へ?」


 俺の呟きを聞き、ぽかんとした表情を浮かべる少女。 

 直後、彼女は怪訝そうな目を俺に向けたまま、ずずっと身を引いた。


「どうして私の名前を知ってるんですかストーカーですか? 私に恩を着せて何をしようとしてたんですか最低です!」


 なんだかすごい勘違いをされているのと、周囲からの視線が痛いので慌てて弁解する。


「違う違う! 俺は由衣と知り合いなんだ、それで君の写真を見せてもらったことがあって」

「お姉ちゃんと……?」


 紗衣は警戒しながらも、俺の顔を確認するようにして少しずつ寄ってくる。

 周囲も俺たちが知り合いだと判断したようで、すぐに散っていった。

 あー怖かった。


 そんな感想を抱いている俺の前で、紗衣は言う。


「もしかして……凛先輩さんですか?」

「あ、ああ」


 なんか呼び方が変だった気がするが、ツッコむほどのことではないのでコクリと頷く。

 すると彼女は表情をパアッと輝かせる。


「し、知ってます。お姉ちゃんから凛先輩さんの話を聞いたことがあります!」

「そうか。とりあえず誤解が解けたようでよかったよ」

「す、すみません、変に騒いだりしてしまって……」

「気にしなくていい、知らない相手を警戒するのは大切だしな」

「そう言っていただけるとこちらとしても助かります……ごほっ、ごほっ」

「大丈夫か?」


 急に咳き込んだ紗衣を心配し、そう言葉を投げかける。

 そういえば、妹の体が弱いって由衣も言ってたな。


 数秒後、少し落ち着いた紗衣が言う。


「へ、平気です。いつものことなので。この後も病院に寄ってから帰るだけですし」

「病院? そんな体調で大丈夫なのか?」

「はい、これもいつものことですから」


 そう言われこそしたが、今の光景や電車での立ちくらみを見てしまった以上、ここで「はいさよなら」と言って別れるのも気が重いな……


「そっちさえよかったら、せっかくだし病院まで送ってもいいか? なんだか少し心配で」

「本当ですか? だったらその……よろしくお願いします。よかったら途中でお姉ちゃんとの話なんかを聞かせてくれたら嬉しいです」

「分かった」


 紗衣からも同意をもらったこともあり、俺は彼女に付き添うことになった。

 紗衣の質問に答えながら歩いていると、すぐに病院まで辿り着く。

 この地域では1.2を争うほど大きな病院だ。


「ここまでありがとうございます、凛さん」

「どういたしまして」


 ここまでの道のりでお願いしたおかげか、呼び方も普通のものになっていた。

 改めて別れの挨拶を交わしたあと、病院の中に入っていく彼女を見送る。


「さて……行くとするか」


 小さくそう呟いた後、俺はその足で【宵月】ギルドへと向かうのだった。

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