第179話 フラグ
「ここって、宵月ギルドの本部よね? 凛がここに用事があるってことは、もしかして……」
「お察しの通り、ここに所属してるんだ。ついでに言っとくと華もな」
「華も!? ってことはあの子も、冒険者になったのね?」
「ああ」
頷いて返すと、灯里は少しだけ驚いた素振りを見せる。
だけどそれも一瞬のことで、すぐいつも通りの表情に戻った。
そんな彼女に向けて、俺は続けて言う。
「たしか華も、今日はここに来るはずだ。せっかくだし会っていったらどうだ?」
「そりゃもちろん、会いたい気持ちはあるけど……いいの? あたしはこのギルドにとって部外者なわけだし――」
「構いませんよ」
「うおっ」
「きゃっ」
突如として、後ろから凛とした声が響き、俺たちは驚きをあらわにする。
振り向くと、そこにはクレアが立っていた。
戸惑う俺たちに対し、クレアは柔らかい笑みを灯里に向ける。
「凛くんの知り合いの方ですよね? よかったら中にどうぞ」
「は、はい……」
俺と話している時からは一転、借りてきた猫のようになった灯里は、小さな声で肯定の意を示す。
クレアはくすりと微笑んだ後、扉を開けて「どうぞ」と手招きする。
感謝しつつ中に入ろうとした瞬間、灯里が俺の襟を掴んで、ぐっと顔を寄せてきた。
ちょっ、近い近い。
「ねぇ、凛。あの人は誰? というかなんで、あんな綺麗な人に凛くんなんて呼ばれてるの? ちゃんと聞かせなさいよ」
「変な勘違いをするな。別にお前が思ってるような関係じゃない。彼女はクレアって言って、ここ宵月の――」
「クレア!? 宵月のクレアっていったら、あの最年少でSランクに到達した天才っていう!? メディアには顔出ししていないから気付けなかったけどアレよね? 何でも戦う姿を見たことがある人いわく、剣や魔法を自由自在に操り戦う姿は言葉に表せないほど美しいって噂の……」
「テンション高いな」
「当然じゃない! あたしの憧れの人よ!」
衝撃の事実だった。
つまり灯里からすれば、今は憧れのスターと出会ったみたいな感覚なのか。
それならばまあ、こんなテンションになってしまうのも納得がいく。
そもそも灯里が剣や魔法に憧れたのも、同世代にクレアのような存在がいるからなのかもしれない。
とはいえ、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。
目をキラキラと輝かせる灯里から視線を外し、前を向く。
するとそこでは、クレアが笑顔を浮かべたまま、こちらをじっと見ていた。
……どうしてだろう。笑顔なのはいつもと同じなのに、違和感を覚えた。
なんかこう、背筋に来る感じの。
「……お二人は、とても仲がいいみたいですね」
「えっと……クレア。もしかして、何か思うところがあったりするのか?」
「不思議なことを言うんですね、凛くんは。別に私は何も思っていませんが……ふふっ」
「あ、あはは……」
これ以上、踏み込むのはまずい。
直感的にそう理解した俺は、とりあえず場を進めるべく、灯里を引っ張るようにしてギルドの中に入るのだった。
その後、俺たちはギルドの休憩室にまで向かう。
するとそこには、華、零、由衣の三人がいて、楽しそうに談笑していた。
どうやら俺たちより先に来ていたようだ。華は学校から直接来たみたいだし、まあこういうこともあるだろう。
そんなことを考えていると、俺たちの気配に気づいた華がこちらを見る。
「あっ、お兄ちゃん。来てたんだね……えっ?」
そしてその流れのまま、俺の隣にいる灯里の存在に気付く。
彼女の姿を見た瞬間、華は目を大きく見開いた。
「もしかして、灯里ちゃん?」
「ええ。久しぶりね、華。元気だったかしら?」
「うん! まさかこんなところで会えるなんて、びっくりっ!」
数年ぶりに再会したからだろう。最初は少しだけ気まずそうだったが、すぐに二人は楽し気に話し始める。
置いてけぼりにされた零と由衣は首をきょとんとした表情を浮かべていた。
そしてすぐ、俺に尋ねてくる。
「凛、彼女は誰?」
「わ、私も気になります! 凛先輩と一緒に来てたみたいですし、華ちゃんとも知り合いみたいですけど……」
「ああ。胡桃沢 灯里っていって、数年前までうちの隣に暮らしてたんだ。華とは出会うのが久々だから盛り上がってるんだろう」
「……隣に?」
「それってつまり……」
「幼馴染、というわけですか。なるほど……」
二人の言葉を受けて、最後にクレアがそう口にする。
幼馴染という単語を聞いた瞬間、零と由衣は顔を見合わせた。
「れ、零ちゃん、どうしよう。いきなり幼馴染さんが現れるだなんて……」
「大丈夫、安心していい」
「零ちゃん!」
「幼馴染は最後には負けると、昔から決まっている」
「零ちゃん?」
「ただ最近は勝つ作品が増えているのも事実。さて、どうしよう……」
「ど、どうしましょう凛先輩! さっきから零ちゃんが何を言ってるのか全く分かりません!」
「……ノーコメントで」
「どうしてですか!?」
わちゃわちゃと、休憩室が賑わいに満ちる。
そんな中、クレアが「ごほん」と一つ咳払いをする。
「積もる話はあるでしょうが、ひとまず先に用件を済ませましょう。凛くんに話があります、ついてきてくれますか?」
「ああ、分かった」
クレアからの提案に内心感謝しつつ、俺は逃げ出すようにしてこの場から立ち去るのだった。
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