第171話 スパンの影響
翌日。
無事に退院した後、俺はその足で【
「失礼します」
ギルドマスター室に入ると、中には二人いた。
「天音さん、おはようございます」
一人はクレア。そしてもう一人は――
「ああ……天音か。よく来てくれたな……」
――当然、このギルドのマスターであり、クレアの父である朝倉さんだ。
話し方といい、顔色といい、なんだかかなり疲れた様子だ。
「えっと……大丈夫ですか?」
「大丈夫そうに見えるか?」
「見えないから尋ねたんですが……」
「……だろうな。まあいい、とりあえずそこに座ってくれ」
促されるまま、クレアと向かい合うようにしてソファーに腰掛ける。
そして俺たちは半身になり、執務机に座るギルドマスターに視線を向けた。
うん、やっぱり覇気がない。
「なあクレア、ギルドマスターは何であんなに疲れてるんだ?」
「先日の一件に関する後処理が大変なようです。あの場で異世界の存在を目撃したのは宵月ギルドの者たちだけなので、その説明に追われていたようです」
「なるほど……俺も無関係なわけじゃないし、なんだか申し訳なくなるな」
「天音さんが気になさる必要はありません。それがマスターの仕事です。普段はあまり働かない分、こういう時だけでも頑張ってもらわなければ」
すると、クレアの言葉にギルドマスターが反応する。
「おいクレア、小声で話しててもこっちまで聞こえているぞ。父親に対してもっとこう、労いの言葉はないのか? ついでに肩とか揉んでくれてもいいんだぞ?」
「……まあ、構いませんが、骨が耐えられるでしょうか?」
「なんで全力で揉むこと前提なんだ!?」
楽しそうな会話をしている二人には悪いが、俺は一つ咳払いする。
「えっと……そろそろいいか?」
「そうですね。冗談はこの程度にして、本題に入りましょうか」
「冗談ってのは骨がどうこうの部分で、肩もみまでは本音だよな? な?」
必死に食い下がるギルドマスターだったが、クレアが頑なに無視をし続けると、ようやく意識を切り替えたようで真剣な表情を浮かべる。
「んじゃ、色々と積もった話をする前に……まず、一つだけ大切な確認がある」
言って、ギルドマスターは俺に視線を向ける。
クレアの前で見せるお茶目な態度とは違い、ギルドの長にふさわしい風貌だった。
そして彼はとうとう、
「天音、お前のユニークスキル【ダンジョン内転移】……それを使えば、スパン中でもダンジョンに入ることが可能か?」
「――――ッ」
それは俺が今まで隠してきた秘密。
その秘密を指摘されたことに驚く傍ら、納得している自分もいた。
イフリート戦の前、俺は硬化薬を人数分用意し、八神さんたちに分け与えた。
その時点でこうなるのは予想していた。
これ以上隠すことはできないし、する必要もない。
俺は深く息を吐いた後、頷いた。
「はい。その通りです」
「……やっぱりか」
ギルドマスターは緊張を解き、椅子の背もたれにもたれる。
予想していたとはいえ、実際に俺が肯定したのを見て、思うところがあったのだろう。
「ちなみにだ、天音。現時点でそれを知っているのは、黒崎と天音妹の二人だけか?」
「っ、どうしてそれを」
ダンジョン内転移の秘密がバレただけならともかく、そこまで知られているのは正直驚きだった。
二人が話したのだろうか? いや、とてもそうは思えないが……。
「一応言っておくが、二人がその情報をもらしたわけじゃない。お前が気絶している間に、お前がそういった特別な力を持っているんじゃないかって話が出て……その時、二人だけが頑なに予想を口にしようとしなかったんだ」
「なるほど。だからこそ、逆にその二人は事情を知っているんじゃないかと思ったわけですね」
「そういうことだ。とはいえ、予想はあくまで予想。天音に直接聞くまで確信はできないと思っていたんだが……まさか本当にそうだったとはな」
「隠していたことを、軽蔑しますか?」
「……するわけないだろう。あまりにも特殊すぎる力だ、周囲にも広めるつもりはない。というか現にお前の存在を隠していたからこそ、他のギルドや協会に状況を説明するのが大変だったんだよ……」
言いながら、ギルドマスターは遠い目をする。
そんなやりとりをしながら、俺はこの人が嘘を言っていないことを悟った。
こうして秘密を打ち明けることができ、肩の荷がいくらか軽くなった気分だ。
ただ、一つ。
一つだけ、その話関連で、こちらからも確かめておかなければならないことがある。
だから――――。
「こちらからも一つ、訊かせていただいてもいいですか?」
「ああ、なんだ?」
そこで俺はギルドマスターに――ではなく、向かいにいるクレアに視線を向ける。
彼女はどこから取り出したのか、人数分のお茶とお菓子を用意していた。
いつの間に……会話に入ってこないと思ったら、そんなことをしていたのか。
って、違う違う。
思い返すのは、カイン戦。
突如としてボス部屋に姿を現したクレア。
本来であればあの時、彼女もまたスパン中のはずであり――。
俺は意を決して、その問いを投げかけた。
「クレア。もしかして君も、スパンの影響を受けないのか?」
「えっ? あ、はい。それよりも、こちらをどうぞ。おいしい和菓子ですよ」
かっる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます