第四章 駆け上がる者
第168話 ひざ枕 ②
「わたしは一つ、文句がある」
「へ?」
入院中、見舞いにやってきたその少女から発せられた言葉に、俺は首を傾げた。
今、俺の目の前にいるのは、きらきらと輝くセルリアンブルーのセミロングに、青色の瞳が特徴的な美しい少女――黒崎(くろさき) 零(れい)。
彼女は不満げに頬を膨らませていた。
つつきたい。
って、それはともかく。
「いったい何の話だ?」
話の流れが見えなかったので尋ねてみる。
すると、
「今回、わたしはすごく頑張った」
「そうだな。零がいてくれたから、カインを倒すことができた」
「なのに、勝利の喜びを分かち合おうと思って駆け寄ろうとしたら、先に一人で地上に戻るし、わたしたちが帰還した時には、あろうことか凛はクレアのひざの上で気持ちよさそうに寝ていた。これは断じて許されることではない」
「そんな風に思ってたのか。それは悪かっ――待て。俺、クレアにひざ枕されてたのか?」
「加えて言うと、頭も撫でられていた」
「なっ!?」
全然知らなかった。その話もっと詳しく頼む。
そう頼みたくなるが、それよりも早く零は言う。
「話を戻す。本来なら、わたしが凛からご褒美をもらってしかるべき」
「……なんだか腑に落ちないが、零に助けてもらったのは確かだからな。俺としては別に構わないんだけど、零は何か欲しいものでもあるのか?」
「欲しいのは物じゃない……えい」
「ちょっ、零!?」
突然、俺が座る一人用のベッドに乗り込んでくる零。
彼女はそこで正座をすると、ポンポンと自分の太ももを叩く。
「さあ、カモン」
「零さん?」
零の意図が読めず……いや、正確には分かっているのだが、確認を込めて名前を呼ぶ。無意識のうちにさん付けで。
すると零は、再び不満げに頬を大きく膨らませる。
つつきたい。
「クレアはよくて、わたしにされるのはダメ?」
「いや、別にそういうわけじゃ。そもそもクレアにされた時の記憶もないし――」
「うるさい。えいっ」
「うおっ」
強引に体を掴まれたかと思えば、俺の頭が彼女の太ももの上に運ばれる。
スカート越しとはいえ、太ももの感触が後頭部に伝わってきて、なんとも言えない気分になる。
恥ずかしさから目を背けるためにも、俺は頭に浮かんだ疑問を口にする。
「なあ、そっちがひざ枕をする側になってるけど……これ、俺から零へのご褒美になってるのか?」
「ちょーなってる」
「超なってるのかー」
乙女心はよく分からない。
クレアが俺をひざ枕するところを見て、きっと変な対抗心でも生まれたんだろうな。うん。
などと考えていると、俺の頭に何かが置かれた。
考えるまでもなく零の手だ。
彼女の滑らかな白い肌が、俺の頭を撫でる。
「……零?」
「ふんふふ~ん」
意図を尋ねようと思うも、零は目を閉じたまま、楽しそうに鼻歌を歌っている。
これを止めるのは、なんとも忍びない。
(……まあ、いいか。決して嫌なわけじゃないし)
というか、これはむしろ――――。
それ以上、深く考えるのはやめ、俺は零の鼻歌に耳を傾ける。
そうして俺たちは、そのままゆったりとした時間を過ごすのだった。
……ちなみに、途中から、華と由衣が扉の隙間から俺たちの様子を覗いていて、色々と大変な目に遭ったんだが……それについて語るのはまた別の機会で。
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