第157話 最強 ②

『ゴゴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』


 目の前に突如として現れたクレアを見て、いったい何を感じ取ったのか。

 その咆哮はこれまでのものとは違い、自分の命を脅かす上位者に対する、精いっぱいの抵抗のように聞こえた。


 イフリートの頭上に五つもの太陽が浮かび上がる。

 太陽と太陽は細い炎で結ばれ、五芒星を描き出す。

 そしてこれまでで最も熱量を含んだ一撃が放たれた。


「邪魔です」

『グルゥゥゥ!?』


 刃を一閃。

 それだけで地獄の猛火は氷漬けにされ砕け散っていく。

 その光景は、両者の間に広がる絶対的な差を物語っていた。


 このままクレアを狙ってもらちが明かないと判断したのか。

 五芒星を描き出していた太陽は上下左右に拡散し、後ろにいるこちらに矛先を向けた。

 強力な火炎放射が俺たちを襲う。


 が――


「させると思っているのですか?」


 氷の魔法陣が強く輝き、俺たちを守るようにして氷の結界が展開される。

 小さな氷山が幾つも連なったような、分厚い結界。

 その結界に、火炎放射は一切傷を与えることもできずに掻き消されていく。


『ヴルゥゥゥ!?』


 その光景を前に、イフリートは一歩後ずさった。

 俺たちをかばったクレアがダメージを負うことを期待していたんだろうが、その狙いまで打ち消された今、勝ち目がないことを悟ったのだろう。


 それを見たクレアは小さく息を吐いた後、冷たい声で告げる。


「では、そろそろ終わりにしましょう」


 そんな前置きの後。

 クレアは氷葬剣を上段に構え――力強く振り下ろした。


 そうして放たれるは、巨大な氷結の斬撃。

 その斬撃は大気と炎をまとめて凍らせ、そのままイフリートの本体に直撃する。

 それで終わりだった。

 イフリートの硬質な肌であったとしても、その一撃には耐えられない。

 ほんの一瞬で真っ二つに両断された。


 剥き出しになる、額に埋め込まれた魔石。

 ピシピシとヒビが入り、次の瞬間には粉々に砕け散る。


 こんな風にして、イフリートはいとも容易く、クレアの手によって討伐されるのだった。



『経験値獲得 レベルが923アップしました』



 脳内に鳴り響くシステム音。

 俺が与えたダメージが、討伐に貢献したと判断されたのだろうか。

 急激にレベルアップするも、そんなことはもはやどうでもよかった。


 その白銀の背中に、俺は目を奪われていたから。


「終わりました」


 イフリートの消滅を見届けた後。

 クレアはこちらに振り返りそう呟いた。

 ふと、俺とクレアの視線がぶつかる。

 彼女は一瞬だけ蒼色の双眸を大きく見開いて動きを止めた後、柔らかい笑みを浮かべて歩いてくる。

 そして俺のすぐ前で立ち止まると、白い手袋に包まれた手を差し伸べた。

 まるで強者が、弱者に救いの手を差し伸べるように。


 その手を見て、俺の心臓はドクンと跳ねた。


「俺、は――――」


 何かを言わなければと思った。

 だけど何を言っていいのかが分からず、結局は促されるままに手を伸ばした。


 そして、俺の手とクレアの手が重なる――



「「――――――!」」



 ――その気配・・・・を感じた俺とクレアは、同時にそれ・・を見た。


 この空間において、最も異質な存在である宮殿。

 その宮殿の前には、見知らぬ誰かが立っていた。

 音もなく、いつの間にか。

 まるで初めからそこにいたかのように。


 それは男だった。

 鮮血のような赤色の長髪に、同色の目。

 黒色のマントを着ている。

 纏っているオーラもまた異質だった。

 威圧感だけならば、イフリートの方が遥かに上だろう。

 しかしイフリートからは感じられなかった、底知れぬ恐ろしさが男にはあった。

 どちらにせよ、俺よりは明らかに強い。


「……天音さん、彼は迷宮発生に巻き込まれた中にいた方ですか?」

「いや、違う。いま突然現れた」


 俺とクレアが短く言葉を交わす中、その男は鋭い眼光をこちらに向けた。


「――――ッ!?」


 俺はそれを知っていた。

 決して、男の顔を見たことがあるという意味ではない。

 その眼光に込められた感情に心覚えがあったのだ。


 忘れるはずがない。

 ついさっきのことだ。

 迷宮発生に巻き込まれる前、俺に向けられていた殺意は、間違いなくアイツのものだ。


 俺は無名剣を、クレアは氷葬剣を構えて男を見据える。

 にもかかわらず、男は全く気にする素振りも見せず、笑いながらこちらに近付いてくる。



「これは驚いたぞ。有象無象がイフリートに敗北する様を宮殿から眺めていたのだが……。アレに辿り着いた者がいる世界だというのに、この程度かと呆れ果てていたら、まさか貴様のような強者が現れるとはな。これはこれで少々面倒なことにはなるが、弱者ばかりであるよりかはよっぽどマシか」

「……あなたはいったい」

「ふむ、せっかくだ。褒美に教えてやろう」



 クレアの問いかけに対し、立ち止まった男は小さく微笑む。

 そして俺たちにとって――否、この世界にとってあまりにも重要な情報をさらりと告げた。



「我が名は吸血王カイン・フォン・ヴェルティーア。貴様たちに分かりやすく告げるならば、異世界の存在だ」

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