第145話 ver2
俺が冒険者を目指すようになった、初めてのきっかけ。
およそ10年前。俺と華が一緒に出掛けていた時のことだ。
近くで迷宮崩壊が発生し、大量の魔物が地上に現れるという事件があり、俺と華はそれに巻き込まれた。
自分を遥かに上回る大きさの魔物に死を覚悟した次の瞬間――1人の冒険者が俺たちの前に現れて、魔物を一瞬で討伐してみせた。
その背中に。その強さに。俺は憧れたのだ。
今となってはもう当時の記憶はおぼろげで、その冒険者が誰だったのかさえ分からないままだけど。
それでも、この胸に生じた熱い思いだけは覚えている。
だから、もし自分が大人になった時、冒険者になることができたなら。
彼のように強くなり、大切な誰かを守ることができる存在になりたいと思った。
金を稼ぎたいだとか、無能と蔑んだ誰かを見返したいだとか、それらはあくまで後付けの理由でしかなくて。
全てのきっかけは、そんなちっぽけな憧憬だった。
「……こんな感じかな」
簡潔にだが、冒険者を目指した理由を語り終えた俺はそう切り上げた。
多くの冒険者が地位、名誉、大金を求める中では少数派の――だけど、とりたてて珍しくもないよくある理由。
それを聞き、彼女はどう思ったのだろうか。
そんなことを思いながら恐る恐る様子をうかがうと、
「素敵だと思います」
「――――」
クレアは優しい笑みを浮かべていた。
想定していなかった表情に驚くとともに、俺はその美しさに目を奪われた。
「由衣さんや零さんから聞いたことがあります。二人ともあなたに助けられたことがあって、それを心から感謝していると。昨日の八神さんたちに関してもそうです。あなたはもう、立派に自身の目標を叶えられているんですね」
「……そうなのかな」
「ええ、きっと。願わくば、私はその末にあなたが――」
そこでクレアは何かに気付いたように、はっと口を閉ざす。
「どうかしたのか?」
「い、いえ、何でもありません。それよりも天音さん、飲み物があと少ししかありませんね。お代わりを頼みますか?」
「いや、大丈夫だ」
そう言って、俺は冷たくなったミルクティーをごくりと飲み干す。
クレアが俺を呼び出した用件はこれで終わりみたいだし、そろそろ解散する頃合いだろう。
ただその前に、一つだけ訊きたいことがあった。
「こっちからも一つだけ質問いいか?」
「はい、なんでしょう?」
「クレアが冒険者になった理由を聞かせてほしい」
クレアが俺に望んだように、俺もまた彼女が冒険者になった理由を聞きたいと思っていた。
彼女の強さの一端を知れるかもしれないと思ったから。
するとクレアは一瞬だけ大きく目を見開いた後、これまでの柔和な雰囲気から一転。
大気が凍えるのではないかと思えるほど冷たい視線を俺に――否、ここではないどこかに向けて、桜色の唇を動かした。
「守ることです、全てを――だってそれが、私の使命ですから」
「……使命?」
目標でも夢でもなく、使命と彼女は言った。
それではまるで、その言葉が彼女自身のものではないようで――。
「クレア――」
「と、こんな感じでしょうか。天音さんの理由とそう大きくは変わりませんね」
「…………」
問いを投げかけるタイミングをずらされ、呼び声だけが空気に霧散していく。
先ほどまでの柔らかい雰囲気に戻ったはいいものの、それがまるで、これ以上踏み込んでほしくはないと主張しているように感じた。
俺が言葉を止めたことで、二人の間に微妙な沈黙が流れる。
そんな沈黙を破るように、クレアはおもむろに切り出した。
「天音さん、今日はお付き合いいただきありがとうございました。貴重なお話を聞くことができてよかったです。そろそろ店を出ましょうか」
伝票を手に取り、立ち上がるクレア。
どうしてだろう。その背中に、
彼女を引き留めなければいけない気がした。
「待ってくれ、クレア」
「……はい?」
振り返るクレア。呼び止めたはいいものの、何を言うべきかは分からない。
永遠にも思える数瞬の思考の末――俺はその答えに辿り着いた。
「そう言えば今日の朝やってたけど、今度の放送でウルフんver2が登場するらしいぞ」
「……コーヒーのお代わりをお願いします」
「あっ、俺のもお願いします」
それから一時間後、俺たちは解散した。
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