第142話 ジト目

 その後は何事も起きることなく、俺たちは解散した。


 別れる前、皆からはもう一度感謝の言葉と、俺の実力については決して口外しない旨を伝えられた。

 そして、できることなら俺のような実力者が、ギルドに本加入してくれたら嬉しいとも。


 その場での明確な答えを避けたが、帰宅した後、リビングでゆっくりと考え始める。


 攻略中の様子を見た限りでも、彼らは一部の上級冒険者のような尊大な態度を見せることはなかった。少なくとも、人柄については信頼できると思う。

 問題は、俺が所属するだけの価値があるかどうかだ。



 正直、現時点ではまだ判断がつかない。

 彼らが宵月ギルドでトップのパーティーとの話だったが、実力だけなら俺の方が上であることは、今回の一件を踏まえてもまず間違いない。

 ダンジョン内転移を含めた俺のスキル構成がソロ特化なことも含めて、共闘者としての魅力はそこまで感じなかった。当然、俺の後ろ盾にもなりえない。

 可能性があるとすれば、単独で彼らを遥かに上回るという彼女だけだが……。



「結局のところ、クレアの強さってどの程度なんだろうな」


 ふと、頭に浮かんだ疑問を口にする。


 Sランク冒険者が、冒険者の中でも一線を画した特別な存在であることは知っている。

 しかしそれはあくまで知識として知っているだけで、実際にその水準の戦いを見たことがなかった。

 以前、クレアは40000レベルのサイクロプスを一瞬で倒していたが、本気を出していたようにはとても思えない。


 今の俺にとって、最大の興味の対象は彼女であり。

 彼女の本当の実力を知るまでは、決断を下すことができないというのが、素直な気持ちだった。


 とはいえ、これはあくまで俺一人に限定した話であり――。


「お兄ちゃん、さっきから一人で何ぶつぶつ言っているの?」

「……華」


 寝間着姿の華が俺の前に座る。

 普段は赤色のリボンでポニーテールにしているのだが、風呂上がりのせいか、艶のある黒髪を肩までさらりと垂らしていた。

 普段が活発な印象なのに対し、今はおしとやかな印象が強い。

 まあ、どっちも可愛いことに変わりはないんだけどねっ。


 それはさておき。

 ちょうど華のことを考えていたところだ。俺は彼女に問いかける。


「華はギルドに入るつもりはあるか?」

「……ギルド?」


 きょとんと首を傾げる華。

 華はもう俺の力について知っている。下手に言葉を濁すことはないだろう。


 そんな考えのもと、ここ最近の出来事について説明していく。

 俺が柳を殺したこと、本当の実力を周囲に隠していることが宵月ギルドにバレたと聞いた時は目を丸くした華だったが、彼らが俺を罰するつもりがない(というか、その必要がない)ことを聞き、ほっと胸を撫でおろしていた。


 本題はここから。

 その流れでギルドに勧誘され、今は仮入団期間となっていること。

 今日の合同攻略を経て、ある程度は前向きに考えていいんじゃないかと思っていることを、そのまま華に伝えた。


 いつまでも、俺が華とダンジョンに潜るわけにはいかない。

 後ろ盾が必要だということを差し引いても、彼女には信頼できるパーティー……仲間が必要だと思っている。効率的にレベルアップするための。

 華のユニークスキルなら、加入を拒否されることはまずないだろう。


 それに、


「宵月には零と由衣がいる。信頼できる相手がいるのは大きいと思うんだ」

「うん。確かに由衣先輩や零先輩がいるのは嬉しいかも。ただ……」


 少しだけ間を置いた後、華は言う。


「お兄ちゃんは本当にそれでいいの? 今の話だと、私とお兄ちゃんが一緒に加入するってことになるよね? 私はともかく、お兄ちゃんがギルドに所属するメリットってそんなにあるようには思えないけど」

「そんなことはない。華と同じギルドに所属しておいた方が色々と融通がきくし……他にも目的がないわけじゃないからな」


 そこまで言って、ようやく華は納得したようだった。


「そっか。なら、私も前向きに考えようかな。ギルドにも元々興味があったし……」

「なら、ギルマスに頼んで説明を受ける時間を取ってもらおう。華も自分の耳で聞いた方がいいと思うし――」


 その時だった。

 手元のスマホから着信音が鳴る。画面には知らない電話番号が載っていた。

 誰かは分からないが、ひとまず出るか。


「はい、もしもし」

『朝倉です。突然のお電話、申し訳ありません』


 同じ朝倉でも、ギルマスじゃなくてクレアの方だった。


「クレアか? どうしたんだいきなり。それに電話番号も教えてなかったよな?」

『父に言って教えていただきました。あなたに伝えたいことがあったので』

「伝えたいこと……?」


 わ、わざわざ電話をかけてまで伝えたいこととはいったい。

 動揺する俺に向かって、クレアは続けて言う。


『天音さんさえよろしければ、明日、少しお時間をいただけないでしょうか?』

「ま、まあ、それは構わないが」

『ありがとうございます。場所と時間についてですが……』


 クレアから明日の集合時間が告げられるので、メモをとる。


「その時間なら大丈夫そうだ」

『よかったです。それでは、また明日』

「ああ……また明日」


 別れの言葉を交わした後、通話が切れたことを確認し、華に視線を向ける。


「悪い華、話の途中に電話に出て――」


 どうしたんだろう。

 なぜか華はジト目で俺を睨んでいた。



「むぅ。お兄ちゃん、今の電話の相手、女の人だったよね?」

「ああ。宵月ギルドに所属している知り合いだ」

「そうなんだ。それにしてはずいぶんと仲良さそうだったね。はっ! まさかさっき言ってた別の目的って、その女の人と会うためなんじゃ……」

「華?」



 自分の世界にトリップしたのか、呼び掛けても返事が返ってこない。

 何か変な勘違いをしている気がするが……まあ、うん。放っておいてもいいか。



 そんなこんなで、長い一日がようやく終わるのだった。

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