第三章 支配者と王

第110話 ギルド【宵月】にて ②

 ギルド【宵月よいづき】のギルドマスター室。

 その中に、美しい白銀の長髪が特徴的な少女――クレアが入ってくる。


「マスター、お呼びでしょうか?」

「クレアか、よく来てくれた」


 クレアを見て、デスクに腰掛けていた男――ギルドマスターが作業の手を止めて顔を上げた。

 デスクの上には、大量の資料が置かれている。


 資料の中には一枚、書類ではなく人物の写真が紛れ込んでいた。

 クレアの視線がそこで止まったことに気付いたのか、ギルドマスターは「ああ」と言って写真を手に取った。



「こいつが気になるのか?」

「気になるというか、一枚だけ違和感を覚えたので」

「そうか、気になるか。じゃあプレゼントだ、ほれ」

「……まったく話を聞きませんね」



 呆れながらも、クレアは写真を受け取る。

 そこには黒髪黒目の青年が映っている。

 残念ながら、クレアに見覚えはなかった。



「この方はいったい?」

天音あまね りんだ」

「天音 凛……先日の剣崎ダンジョンにおける迷宮崩壊ダンジョン・カラプスの際に聞いた名前ですね。しかし、なぜ彼の写真を私に?」

「実はこいつをもう一度ギルドに勧誘しようと思ってな。それで、クレアには直接こいつと会って勧誘して、ここに連れてきてほしいんだ」



 クレアは小首を傾げる。



「勧誘……ですか? しかし以前聞いた話では、それほどの実力者ではなかったと記憶していますが」

「表向きはな」

「表向きは?」

「ああ。俺はこいつが本当の実力を隠してるんじゃないかと疑っている」

「……根拠を聞かせてください」



 クレアが真剣な表情でそう尋ねると、ギルドマスターは別の書類をクレアに見せる。

 そこには『ダンジョン内実習における殺傷事件について』と書かれていた。



「これは確か、冒険者協会の方が何者かに殺害された事件ですよね? それと彼に何か関わりがあるのですか?」

「それが大ありなんだよ。実は同じタイミングで天音 凛もその場にいたんだ」

「……つまり、彼が協会の方を殺したと?」

「半分は正解で、半分は不正解だ。ここから言う内容は絶対に他言無用だぞ」



 そう忠告した後、ギルドマスターは当時の状況と彼自身の推測を口にした。


 ダンジョン内実習の最中に魔物が出現し、柳という職員が足止めをすることによって学生たちはダンジョンの外に避難できたこと。

 ただ、天音 華という少女だけが取り残されたこと。

 彼女を探すために片桐という職員と、華の兄である凛がダンジョンの中に入って行ったこと。

 しかしその後に出てきたのは凛と華の二人だけで、柳と片桐は死体で見つかったということ。

 

 確かに、聞けば聞くほど凛が怪しく思えてくる。

 しかしなぜ、そのような者をギルドに勧誘しようとしているのか。


 疑問を抱くクレアに、ギルドマスターは説明を続ける。



「それから、職員や魔物の死体が残されていた場所には、一緒に石板が置かれていた。そこには事件が起こった経緯について書かれていた。事件の首謀者は柳で、略奪者というユニークスキルを用いて他人からスキルを奪おうとしていたと。片桐は被害者で、石板を書き残した奴は柳を殺した――といった風にな」

「……わざわざ、そんなものを残したのですか?」



 ギルドマスターは頷いた。



「不可解だろ? もちろん柳と片桐両方が被害者で、犯人が捜査を混乱させるために書き残した可能性がある。でも、普通に考えたらこんな余計なことをしないで立ち去った方が証拠を残さずに済む。となると、書かれている内容は本当のことで、柳を殺した者にはその事件を見過ごすことができないという正義感があったと考えるのが自然だ」


 

 別の資料を手に取り、ギルドマスターは続ける。



「実際にここ最近、何人かのユニークスキル持ちが不審な死を遂げていたんだが、その近くに柳の姿が目撃されている。協会の調査では、石板に書かれていた内容は本当のことだろうという見解だ」

「……経緯は理解しました。しかしそれだけで、天音 凛という方が実行犯だと断定するのは難しいと思うのですが」

「それはここまでの情報を総合してだ。なんたって、天音のスキルは他に類を見ない転移系だからな」



 それを聞いて、クレアは目を丸くした。



「転移、ですか? それはまたとんでもない力ですね」

「ああ、そうだろ? 冒険者になりたての時は何の役にも立たない性能だったが、スキルレベルが上がったことでどんな進化を遂げているか分からない……個人的には剣崎ダンジョンでラストボスを討伐したのも天音だった可能性が高いと踏んでいる。なぜだか分かるか?」

「転移を発動すれば、閉ざされたボス部屋にも入れる可能性があるから……ですか?」

「ご名答」



 ギルドマスターが得意げに笑う。


 これが最後の質問になるだろう。

 そう考え、クレアは問いかける。



「事情は把握できました。マスターの予想が正しければ、彼が力を隠そうとする理由も理解できます。過ぎたる力が良からぬ災厄を招くことは、私もよく理解していますから。しかし何故、わざわざ私に勧誘を命じるのですか?」

「いや、それはほら……俺みたいなおっさんじゃなく、クレアみたいな美人に勧誘された方が成功率が高いかなって。うちの娘は世界一可愛い」

「……真面目に答える気がないのはよく分かりました。ただ、私も彼には少しだけ興味がありますので、了解いたしました」

「ほう、お前が他人に興味を持つのは珍しいな。けど助かる。これが天音家の住所だ、後は頼んだ」



 どこから入手したのか、ギルドマスターは天音 凛の住所が書かれた紙をクレアに手渡す。

 まあ、宵月はこの辺りでは最も有力なギルドである。協会を含めた政府とも繋がりはあるし、この程度は朝飯前だろう。


 その後、クレアは凛の写真と住所を受け取り外に出た。

 さっそく彼のもとに向かうことにする。



「天音 凛さん……彼はいったい、どんな人なんでしょうか」



 なぜだろうか。

 無性に、そんなことが気になるのだった。

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