第111話 宵月

 隔絶の魔塔にやって来ていた俺の目の前に現れたのは、陽光を受けて輝く白銀の長髪が特徴的な美しい少女だった。

 クレアと名乗った彼女は、深い蒼色の目をまっすぐ俺に向ける。


 彼女の視線を受けて、俺は思わず言葉を失ってしまった。


「……天音さん? どうかしましたか?」


 そんな俺の姿を疑問に思ったのだろう。

 彼女は小首を傾げならが、そう尋ねてきた。


「い、いや、何でもないです。貴女は、えっと……」

「クレアとお呼びください。同い年ですので敬語もいりませんよ」

「……じゃあ、クレア」

「はい、天音さん」

 

 なんて言うか、こう、不思議なテンポで会話が進んでいく。

 こちらには敬語をいらないと言っておきながら、自分は続けているのかとか思ったりもするが、それ以上に気になる点があった。


 初対面であるにもかかわらず、クレアはなぜ俺の名前や年齢を知っているのか。

 そもそも何の目的で俺に会いに来たと言うんだ?


 それらを尋ねなければいけないと思った。

 しかし俺が口を開くよりも早く、クレアは告げる。


「そうです、天音さん、今日これからご予定はございますか?」

「――――」


 突然の選択肢イベント。

 不可解な点は多々あるし、疑問はまだ一切解決していないが、男としてここは退いてはいけないと判断した。


「いや、ない」

「それでは、少しだけ私に付き合っていただいても?」

「し、仕方ないな、いいぞ。暇だからな、うん、しょうがない」 

「? それでは、こちらに来てください」


 俺はいやいやながら、前を歩くクレアについていく。

 本当にいやいやなので勘違いしないように!


 しばらく歩き続けると、彼女は一台の車の前に止まった。


「こちらの車にお乗りください」

「えっ?」


 俺の反応を気にする素振りも見せず、クレアは助手席に座る。

 残された俺は、混乱したまま後部座席に乗る。

 運転席には一人の男が座っていた。


八神やがみさん、出発してください」

「分かりました」


 クレアの言葉に従い、男は車を出発させる。


 想像と違う展開についていけず、戸惑ってしまう。

 えっと……何これ、誘拐?


 そんな俺の疑問を置き去りにするように、車は高速でその場から離れて行くのだった。




「ギルドへの勧誘?」


 車内でクレアから告げられた言葉を俺は復唱した。

 すると、クレアはこくりと頷く。


「はい、その通りです。どうやらギルドマスターが天音さんと一度お話ししてみたいそうで、私が迎えに来たんです。ご迷惑でしたか?」

「……ふむ」


 わざわざ俺を勧誘?

 正直言ってかなり怪しいし、迷惑なのだが、ここでそう言ってしまえば、なぜクレアに同行すると選択したのか訊かれる可能性がある。

 というわけで、俺はできる限り冷静沈着な顔を作ってみた。


「問題ない、初めから分かっていたからな」

「そうですか、それは何よりです」


 クレアは素直に俺の言葉を受け入れた。

 ふむ、何とか誤魔化せたみたいだ。


「チッ」

「ん?」


 などと考えていると、運転席に座る男――たしか八神だったか――が、苛立ったように舌打ちした。

 気のせいだった可能性もあるので、無視しておくことにする。


 話を戻そう。


「勧誘に来る予定だったから、俺の名前なんかも知ってたわけか」

「はい。本来ならばご自宅まで向かう予定だったのですが、車を走らせている途中に天音さんの姿が目に入ったので、こうしてお声がけさせていただきました。結果的にすれ違いになることもなかったので、嬉しい誤算でしたね」

「なるほど」


 あの時に言っていた嬉しい誤算というのはそういうことか。

 というか住所まで知られてたとか、正直言ってちょっと怖い。


 ……いや、待て。そもそも大事なことをまだ聞いていなかった。


「それで、クレアはいったいどこのギルドに所属しているんだ?」

「……申し訳ありません、まだ言っていませんでしたね。私や八神が所属しているのは、この市に本部を置く――」


 そして、クレアは告げた。



「――ギルド【宵月よいづき】です」

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