第79話 第一階層 『魔狼の殲滅』①

 転移魔法が発動し、隔絶かくぜつ魔塔まとうの中に入ることに成功する。

 そこに広がる光景を前にして、俺は思わず目を疑った。


「なんだ、ここは……」


 眼前には、どこまでも続く草原が広がっていた。

 魔塔の大きさから考えて、俺がどこにいても内側の壁が目視できるはずなのだが、それさえ見当たらなかった。


 そして何よりも衝撃的なのは上空に広がるだった。

 ここが建造物の中であると言われて信じる者は、はたして存在するのだろうか?


「広さや青空のことを考慮しても、どう考えたって塔の中にあるのは辻褄が合わない。魔法か何かで内側を拡大していたりするのか? そんな魔法があるなんて聞いたことはないけど、そもそもこの魔塔が現れたのだって世界初みたいなこと言ってたしな……」


 幾つかの可能性を考えるも、どれも確信には至らない。

 考えるだけ時間の無駄だと割り切って、今できることを確認しよう。


「普通のダンジョンとは違うみたいだが、ダンジョン内転移はちゃんと使用できるのか? 試してみるか――ダンジョン内転移」


 唱えると、1メートル先に転移することができた。

 ダンジョン内転移が発動できるなら、仕組みが違ったとしても、ここがダンジョンの中であることは間違いないだろう。


 問題はここから、俺が何をすればいいかだが……


「空高く伸びる塔なんだから、上の階層を目指せばいいと思っていたんだが……上に続く階段はないし、そもそも上は空だし。いきなり詰んだぞ」


 とりあえず、この辺りを散策するべきか。

 そう思った直後、システム音が鳴り響く。



『対象者:天音 凛が【隔絶の魔塔】に入場しました』

『隔絶の魔塔は全10階層で構成されています』

『各階層には1つずつクエストが存在し、そのクエストをクリアすることで次の階層に進むことができます』


『第一階層のクエストは【魔狼まろうの殲滅(せんめつ)】です。この階層内にいる魔物を全て討伐してください』



 システム音はそこで終わった。

 どうやら俺に伝えたいことはそれで全てらしい。


「全10階層に、各階層ごとにあるクエスト……か。とにかく、こうなったからにはやるしかない」


 第一階層のクエストは、この階層内に現れる魔物を全て討伐するというものらしい。

 さっそく俺は索敵のスキルを使用し、周囲に魔物がいないか確かめる。


 すると、すぐに見つかった。


「少し離れたところに5体反応がある。かなりの速さで移動しているみたいだが……って、俺に向かって来てないか?」


 その予想は正しかった。

 10秒後、俺の視界に5体の魔物が飛び込んでくる。


 というか、あれは――


「ファイアウルフ?」


 つい先日、魔狼ダンジョンで何度も戦った魔物だ。

 赤色の毛並みが特徴的なファイアウルフが5体、群れになって俺に襲い掛かってくる。


「なるほど、だから魔狼の殲滅ってわけか。なんにせよ、まずはアイツらを倒せばいいんだな?」


 俺はアイテムボックスから無名剣ネームレスを取り出したうえで、走ってくるファイアウルフに鑑定を使用する。

 すると、驚愕の結果が返ってきた。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


【ファイアウルフ】

 ・討伐推奨レベル:4000

 ・防火性に優れた赤色の毛皮に包まれた、狼型の魔物。俊敏な動きと、口から放たれる炎が強力。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「4000!?」


 想像を遥かに上回る討伐推奨レベルを見て、思わずそう叫んでしまう。

 魔狼ダンジョン内で現れた時は、たしか1000レベル台だったはず。

 ここではかなり強力になっていた。


 あの小さな体の中に、キングレインボーウルフを上回る程のパワーと魔力を秘めているのだろう。

 レベルは俺より低いとはいえ、決して油断はできない敵だ。



「――いくぞ!」



 全力で地を蹴り、一気にこちらから攻撃を仕掛ける。

 魔狼の指輪(真)を装備しているとはいえ、ファイアウルフの魔法攻撃は厄介だ。

 向こうには何もさせずに倒してしまうのが一番いい!


「喰らえ!」

「ギャウッ!?」


 急襲は功を成し、向こうの戦闘準備が整う前に1体の首を斬り落とすことに成功した。

 残りは4体。まだまだ油断はできない。


「ガウッ!」

「バウッ!」

「くっ!」


 俺を取り囲むようにして、4体のファイアウルフが炎を放ってくる。

 空中に跳び炎を回避した後、その勢いのまま敵目掛けて剣を振り下ろす。


「――2体目!」

「ギャン!?」


 2体目の首を斬り落とした後、そのまま3体目に素早く接近する。

 ファイアウルフが放った炎が逆に奴らの視界を覆い、連携を取りにくくしていた。

 その隙を逃しはしない。


 俺は次々と残りの敵も倒していった。


「3体目! 4体目! ――これでラストだ!」


 その後10秒足らずで、残る3体を討伐することに成功する。

 なんとかこちらはダメージを負うことなく戦闘を終えることができた。


 すると、倒したばかりの魔狼たちが一瞬のうちに消滅していく。

 どうやらこのダンジョンでは素材を回収することはできないようだ。


「なんにせよ、まずは5体討伐完了っと。この数だから簡単に倒せたけど、10体を超えてやってこられたり、色々な種類が混ざったりしたら相当面倒なことになりそうだな」


 先は思いやられるが、それでも必死にやるしかない。

 今の俺にはそれ以外の選択肢が残されていないのだから。


「けど、この階層内にいる魔物は全部でどれくらいいるんだ? 100体? 200体? それくらいなら何とかなるかもだけど、500体を超えたあたりから危なくなってくるな……」


 数が増えれば、それだけHPやMP、体力が削られてしまう。

 ソロである俺にとって、ザコ敵との連戦は正直かなり嫌な部類に入る。

 それならば強力な魔物を1体倒す方がまだ楽かもしれない。


「まあ、文句なんて言ってる暇はないか。なんとしてもこのクエストを攻略して、この階層を突破してみせる! ここから先は泣き言なしだ、やってやるぞ――ッ」


 その時だった。

 突然、辺り一帯に地響きが生じる。


「なんだ? いったい、何が起きて――」


 俺は原因を探るように周囲を見渡し、そして見つけた――見つけてしまった。

 この地響きの正体を。


「おい、待て。待ってくれ。なんなんだあれは……」


 俺に目掛けて進行してくる、巨大な黒い影。

 否、それは影ではない。大量の魔物が集まることによって遠目からではそう見えてしまっただけだ。


 先ほど戦っていた5体が馬鹿馬鹿しくなるほどの魔物たちが、俺に迫ってくる。

 もはや100や200では数えきれないほどの数だった。


 その時、俺の眼前にとある文言が浮かび上がる。

 それを見て、俺は思わず世界を呪った。



 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 第一階層 クエスト【魔狼の殲滅】

 ・第一階層内にいる全ての魔物の討伐。

 ・現在討伐数(5/5000)


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「…………あの、おうち帰っていいですか?」


 宣言から数秒後、俺はさっそく泣き言を言ってしまうのだった。


 そして、地獄が始まった。

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