第74話 勢揃い

「もう、お兄ちゃん、時間ギリギリだよ?」


 由衣と零がいることに戸惑っている俺に向かって、華は頬を膨らませながらそう言ってきた。



「悪かったよ。ところで、なんでこの2人がここにいるんだ?」

「私が昨日、由衣先輩を誘ってみたの。最近、連絡を取ってるときいつも由衣先輩がお兄ちゃんのこと訊いてくるから、せっかくなら一緒にどうですかって」

「ちょっと華ちゃん、何言ってるの!? 凛先輩も信じないでくださいね!」

「分かった」

「……べ、別にちょっとくらいなら信じてもいいんですよ?」



 どっちなんだよ。

 ていうか待て。



「そういえば由衣、俺の呼び方が変わってないか? 前までは凛さんって呼んでなかったか?」

「いえ、この前華ちゃんに凛先輩のことを訊いたら、私たちと同じ高校出身だって話じゃないですか。なら先輩とお呼びした方がいいかなと思って」

「へー」


 どうやら由衣が華に俺のことを訊いているのは本当みたいだ。

 本人は自分が墓穴を掘ったことに気付いてないけどな。


 さて、由衣の事情が分かったところで次は――


レイはなんでいるんだ? 華と知り合いじゃなかったよな?」

「わたしは由衣から今日のことを聞いてやってきた。凛がいるって言われたから」

「……お、おお」


 まっすぐな目でそう言われ、俺は思わず戸惑ってしまう。

 それにしても、俺がいるから来た、か……


 ふっ……とうとう来てしまったのかもな、モテ期ってやつがよぉ!


 そう思った直後だった。


「約束通り、お金を返す。この一週間で頑張って稼いだから」


 零はそう言って、札束の入った封筒を俺に渡してきた。

 モテ期とか関係なくお金が理由だった。

 それを見た華と由衣が目を見開く。



「お、お兄ちゃんが! 年下の女の子にお金を貢がせてる!」

「サイテーですよ凛先輩! 失望しました!」

「待て待て待て! 違う! 人聞きの悪いことを言うな!」



 騒ぎ始める2人を必死になって止める。

 えらい勘違いをされそうになっていた。


「ほら、零も何か言ってくれ!」

「わかった」


 頷いた零が、両手を胸元に当てる。


「凛はわたしにとって大切な人。わたしが今ここにいられるのは全て凛のおかげ。だから、こうやってお金を渡すのもわたしが好きでやっていることだから問題ない。心配しなくても大丈夫。むしろこれだけで足りるかわたしが不安なくらいで――」

「待て零、重要なところを省略しまくってるせいで余計にまずいことになってる」


 ダンジョン内転移については隠すようお願いしているから詳細を話せないのは仕方ないとはいえ、その言い方だとなんだか俺がいたいけな少女を騙して洗脳しているみたいだ。


「お兄ちゃん?」

「凛先輩!」


 案の定、勘違いした2人が怒った顔で呼び掛けてくる。


 結局、2人を説得できるまで、それから5分近くの時間を要するのだった。



 その後、俺たちは4人で紫音ダンジョンに入り、下層へと歩き進めていた。


 真ん中を歩く華が、大きな歩幅で進みながら口を開く。


「そっかそっか、要するにお兄ちゃんと零さんがダンジョンで会った時に、お兄ちゃんが高価なアイテムを使って零さんを助けてあげたってことだね。もー、それならそうと早く言ってくれたらよかったのに!」

「10回くらい説明したんだけどなー」


 苦言を呈するも、残念ながら華の耳には届かない。


「凛先輩、私は初めから信じていましたよ!」

「どの口が言ってるんだ」

「むー、いひゃい、いひゃいです!」


 軽く頬を引っ張ってやると、由衣は大げさに痛がるフリをしていた。

 そんなことをしていると、いつの間にか隣に来ていた零が頭を下げる。



「ごめん、凛。お金はもっと場所を選んで返すべきだった」

「ああ、もう大丈夫だよ。ていうかよくこんな大金、短期間で稼げたな」

「この一週間はダンジョンを攻略せず、一人でひたすら稼ぎのいい魔物を狩っていたの。ついでに、自分のことを見直す時間も欲しかったから」

「……なるほどな」



 たしかに今の零はキング・オブ・ユニークを失い、無所属となっている。

 このタイミングで自分を見直す時間が欲しいと考えるのも自然に思える。


「頑張れよ、零」

「うん。ありがとう、凛」


 そんな彼女の意思を、俺は心から応援したいと思った。


 すると、そんな俺たちの会話を由衣がジト目で見ていることに気付く。


「そういえば、前々から思ってたんですけど、凛先輩と零ちゃんってすごく仲いいですよね? 零ちゃんの方が年下のはずなのに、凛先輩にタメ口ですし……はっ! もしかしてお2人はラブラブなカップルなのでは!?」

「なんだこのデジャヴ」


 そうツッコんでみたもの、思い返してみればたしかに由衣の言う通りだ。

 初対面の時からそうだったから、これまで気にしたことがなかった。

 俺としても別にそれで構わないしな。


 しかし、だからと言ってすぐさまカップル認定はないだろう。


「タメ口くらい、そんな大したことじゃないだろ? 別に由衣もそうしたかったらしてもいいんだぞ」

「えっ……そ、それはちょっと……周りに勘違いされたら困りますし……」


 由衣は両手の人差し指をちょんちょんとしながら、もじもじとしていた。

 以前、華が由衣について、思い込みが激しいと言っていたことを思い出す。

 これはこれで、なんだか眺めるのが楽しくなってきた。


 なので、ひとまず放置しておくことにした。



 そんな会話を繰り広げているうちに、俺たちは本日の拠点となりそうな場所に到達したのだった。

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