第60話 感謝と謝罪

 翌日、俺と零は家からほど近いカフェで待ち合わせをしていた。

 昨日初めて知ったが、どうやら零が住んでいるところは俺の家からそれなりに近いらしい。


 まあそれは置いておくとして、待ち合わせ場所のカフェに入ると、既に零はやって来ていた。


「あっ、凛、こっち」

「悪い、待たせたか?」

「ううん、わたしも今来たところだから」


 なるほど、これが模範解答なのか。

 俺はこの前由衣と待ち合わせしたときのことを思い出しながら、「ほう」と感心していた。


「いきなり連絡しちゃってごめん。忙しかった?」

「いや、それは大丈夫だ。それに俺もちょうど零に会いたいと思ってたしな」

「っ! そ、そうなんだ。なら、よかったけど」

「?」


 風邪気味だろうか? 零は頬をわずかに赤く染めていた。

 それ以外だと俺から溢れ出るイケメンオーラにやられてしまった、くらいしか思い当たらない。

 違うか、違うね。うん、分かってるからそんな冷たい目で見ないで。


 そんなふうに脳内で一人芝居を打っていると、おもむろに零は告げる。


「さっそくだけど、まずはこれ。受け取って」

「ん? なんだ……」


 零から封筒が渡される。

 持ってみると、かなり分厚かった。

 これってもしかして……


「零、まさかこれって」

「うん、現金。とりあえず50万」

「ごじゅっ……待て待て待て、なんでいきなりこんなもん渡されたんだ!? 怖いんだけど!?」


 慌てて封筒を零の前に置く。

 しかし彼女はすすっと俺の前までスライドさせてくる。


「先に説明を聞いて。あの日、凛がわたしに飲ませてくれたのは高級の体力回復薬だった。あれは最低でも100万円はしたはず。その分を返してるだけ。今はこれだけしか手持ちがないけど、残りもすぐに返すから」


 そこまで聞いて、俺はようやくどういうことか理解した。

 ただ、納得できたわけではないが。


「いや、やっぱり受け取ることはできない。俺だって零にかなり迷惑をかけてるからな」

「迷惑? なんのこと?」


 周囲を見渡し、他のお客さんに聞こえないよう気を付けながら、小声で言う。


「俺の嘘に付き合ってもらったことだよ。風見たちがオークジェネラルを倒したことになってるから、アイツらには好感的な意見も向けられている。ただ、それに反するように零に対する意見が厳しいものになってしまってるだろ?」


 しかし、零は首を横に振る。


「凛が気にする必要ない。風見さんたちを止められず、付いていったわたしが悪いから。それに命を救ってもらった他にも、凛からもらったことがあるから」

「俺が、零に?」


 何かあっただろうか?

 首を傾げていると、零は続ける。



「ラストボス討伐報酬のこと。わたしはオークジェネラルにダメージを与えてないから経験値は獲得しなかったけど、報酬についてはもらった。何もせず、ただその場にいるだけで150レベルも上がってしまったから、とても申し訳ない」

「なるほど、そのことか。まあ結果的に寄生みたいな形になったのは事実だが、それこそ俺は気にしていないぞ。事情が事情だったし、俺がもらう分が減ったわけでもないからな」

「凛ならそう言うと思ったけど、わたし自身が納得できない。お金を返すだけじゃ足りないくらいに」



 うーむ、どうやら零の意思はかなり固いみたいだ。

 ただ、この状況で零からお金をもらっても、なんだかスッキリしないんだよな……そうだ!


「んじゃ、せめて今日の支払いは頼んでもいいか? 財布を忘れたみたいでな」

「テーブルの上に置いてあるように見える」

「あ、やべっ」


 そそくさと後ろポケットに財布をしまう。

 それを見て零は小さく笑う。


「冗談。もちろん、それくらい構わない。他には何かない?」

「そうだな……なら、これからも俺と仲良くしてくれたら嬉しいかな。自慢じゃないが、俺は友達がかなり少ないんだ」

「……それはわたしにとってもすごく嬉しい」


 えっと、嬉しいってのは、俺が仲良くしてほしいって言ったことがだよな?

 俺に友達がいないことが嬉しいわけじゃないよな?


 そんな疑問を抱く俺の前で、零の表情が暗くなる。


「けど、これじゃ償いにならない気がする。わたしが喜ぶような内容じゃダメだと思――」

「償う必要なんてないだろ」

「――え?」


 きょとんとする零に、俺は告げる。


「結果として、俺と零はこうして生き残ることができた。過程に多少の問題があったにしろ、それ自体は喜ぶべきことだ。だからそこに引け目なんて感じる必要はないと思うぞ」

「……そっか。それでいいんだ」


 納得してくれたようなので、俺は再度封筒を渡す。


「というわけで、やっぱりこの金は返すよ。年下の女の子から有り金全部いただくのはさすがに外聞が悪いからな。それを踏まえた上でどうしてもって言うんだったら、もっと生活に余裕ができた時に持ってきてくれ」

「……分かった。凛がそう言うなら、そうする。だけど、すぐ返せるように頑張る」

「ああ、待ってるよ」


 と、この辺りでひとまずの用件は済み、何気ない会話を楽しむ。

 それから約30分後、俺たちは解散することになった。



 別れ際、少しだけ緊張した面持ちで零は言った。


「ねえ、凛。凛さえよければ、いつかまた一緒にダンジョンへ行きたい。今度はちゃんとした方法で」

「……たしかに、それも楽しそうだな」


 俺と零にはかなりのレベル差があるため、ちゃんとした攻略を目的としたものにはならないとは思うが、それはそれで悪くないと思う。


 その会話を最後に、俺たちはわかれる。


「じゃあまたな、零」

「うん。またね、凛」


 俺と零はお互いに背中を向け、反対の道を歩いて行く。

 次に道が交わるのは、しばらく先のことになるだろう。


 さあ、数日後からは改めてダンジョン攻略が始まる。

 頑張っていこう!

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