第33話 VS無名の騎士 前
突如として眼前に現れたエクストラボス、
そいつと相対しながら、俺は小さく舌打ちをした。
そもそも、なぜこのタイミングでエクストラボスが出現するのか。
エクストラボスは様々な条件をクリアした時にしか現れない、通常のダンジョンボスよりも遥かに強力な存在。
事前の調査では、剣崎ダンジョンにエクストラボスの出現は確認されていなかったはずなのに……!
いや、本当は分かっている。
このエクストラボスと遭遇したのは、俺が初めてだったということだろう。
さっき聞こえたシステム音からも、条件がかなり複雑だったことが分かる。
まあ、その辺りについては今考えても仕方ない。
問題は、俺がこいつに勝てるかどうかだ。
鑑定を使用したところ、討伐推奨レベルは1000と表示されていた。
レベル700ちょいの俺が勝つには、正直かなり難しい。
だからといって、戦わないわけにはいかない。
ここはボス部屋だ。魔物を討伐するか俺が殺されるまで、扉は開かれない。
そして何より――
「――――」
「ッ」
無名の騎士は銀色の剣を構えながら、俺に迫ってきていた。
「ちっ、やるしかないのか!」
覚悟を決めろ。
こうなってしまえば、もうコイツを倒すしか選択肢はない。
俺は夢見の短剣を構え、応戦の構えを取った。
まず初めに、無名の騎士が振り下ろす剣を短剣で受け止めようとする。
しかし――
「くそっ、なんて重さだ!」
剣そのものの重量に加え、切っ先から伝わる無名の騎士の圧倒的な筋力。
俺のステータスと短剣では受け止めることはできなかったため、なんとか力を受け流すことで対応する。
「――ッ!」
だが、無名の騎士の猛攻はこれだけでは終わらない。
先ほどのハイオークが棍棒を両手で持っていたのに対し、無名の騎士は剣を片手で持っているからだろう。短いスパンで次々に剣を振るってくる。
それでいて、威力は棍棒を遥かに凌駕している。
俺はギリギリのタイミングで攻撃を躱していく。
だが、このままじゃ防戦一方だ。
どこかのタイミングで反撃を試みなければ!
「っ、いまッ!」
僅かな隙を見つけ、短剣を敵の横腹に振るう。
カンッ!
「……マジかよ」
だけど結果は残酷。
軽い刃は簡単に弾かれ、鎧にはかすり傷しかつけることができなかった。
「――――」
「なっ!」
戸惑う俺に対し、無名の騎士が放ってきた次の一撃は意外なものだった。
剣を振るうフェイントの後、右脚で力強い蹴りを放ってくる。
なんとか寸前に両腕でガードしたが、俺の体は軽々と吹き飛ばされてしまった。
「いってぇ……」
蹴りを浴びた瞬間、ミシリと嫌な音が鳴った。
骨が折れてはいないようだが、もう一度喰らえばそうも言ってられないだろう。
その証拠に、今の一撃でHPが5650から4980に減少していた。
両腕でガードしていたのに、だ。
それが俺と無名の騎士の実力差なのだろう。
だが、今の攻防で敵の特性を把握することができた。
恐らく、敵はステータスの項目で例えると攻撃力と耐久力の極振り型。
速度に関しては、まだ僅かに俺の方に分がある。
今の一撃を喰らってしまったのは、あくまで予想外の攻撃だったからだ。
となると、方針は先ほどのハイオーク戦と同じ。
全力で敵の攻撃を回避した上で、隙を見つけて反撃する。
そして狙う場所は、肘と膝。さすがの鎧でもそれらの関節部分を守ることは難しいはずだ。
「さあ、ここから先は、テメェの好きにはさせねぇぞ」
そして、緊迫の第2ラウンドが始まった。
そこからは一進一退の攻防が続いた。
無名の騎士の剣撃をかいくぐりながら、何度も何度もしつこく短剣で斬りかかっていく。
俺から無名の騎士に対してしか攻撃を浴びせていないが、むしろ劣勢なのはこっちだった。
無名の騎士は一撃の破壊力が高すぎる。一発でもまともに喰らえば俺の負け。
それに対して、俺の攻撃は数十回浴びせても進展を見せなかった。
それでも、俺は諦めることなく攻撃を繰り返す。
徐々に集中力は高まり、神経は限界まで張りつめられていた。
少しずつ俺の剣撃が相手を圧倒し始める。
「あと、少し……!」
努力の甲斐があってか、無名の騎士の両肘付近の鎧はそれなりに脆くなっていた。
あと一回、まともな攻撃を浴びせることができれば鎧を破壊することができるはずだ。
そして、とうとう訪れたその瞬間を、極限まで集中力を高めた俺は逃さなかった。
「ここだ――ッ!」
剣を振るった敵の態勢が、いつもより大きく崩れる。
その隙を見逃さないよう、これまでより短剣を大きく振りかぶり、敵の右肘目掛けて振り下ろす。
すると、狙い通り敵の鎧は砕け、そのまま右腕を斬り飛ばすことに成功した。
これで後は左腕も同じように斬り飛ばせば、そのまま倒すことができるはず――
「え?」
――そんなふうに考えた俺の左手首が、突然何者かに掴まれた。
この場には俺と無名の騎士しかいない。
当然、掴んだのは無名の騎士で――
「――――」
「ッ!」
兜に隠されて、敵の表情は分からない。
それなのに、俺はなぜか無名の騎士が笑っていることを確信した。
「まさか――」
今の一連の行動は作戦だったのか!?
俺にスピードでは勝てないことを見抜いた上で、隙を生み出すために右腕を餌にした。
そして強力な一撃を浴びせるために俺の振りは大きくなり、攻撃後の硬直が長くなったタイミングで左手首を掴んだのだ。
魔物にこれだけの知能があることも、簡単に自分の体を犠牲にしたことも理解できない。
けれど、きっとそう考えてしまう時点で俺は敵の術中にはまっていたのだ。
魔物は、人間に理解できるような存在ではないのにもかかわらず。
思考に浸れたのはそこまでだった。
無名の騎士の鋭い蹴りが、今度はガードすることもできず俺の腹に減り込む。
その勢いのまま、俺は遥か後方に吹き飛ばされた。
「が、はっ」
背中から壁にぶつかり、肺から空気が漏れる。
後頭部から血が流れていくのが直感で分かった。
HPが一気に、4980から1315にまで削られる。
もはやまともに動くことさえ難しい。
体力回復薬を飲もうにも、俺が持っている中級のものはせいぜい1000しか回復せず、2本目を飲むには10分時間を空ける必要がある。
無名の騎士はというと、一時的に地面に投げ捨てた剣を片手で拾った後、俺の方へゆっくりと歩き始めていた。
奴が俺の前に辿り着くまでが、最後の猶予期間なのかもしれない。
……終わり、なのか? こんなところで?
認めたくないが、現実は残酷で。俺にトドメを与える存在がすぐそこにまでやってきている。
対する俺は、なんとかまだ少しは体を動かすことはできるものの、先ほどまでのように速く繊細な動きは不可能だ。
勝ち目など一切ない。
「いや……まだ、一つだけあったか」
そこで俺は一つの可能性を思い出す。
それは俺だけに許された力――ダンジョン内転移。
今俺がもたれかかっている壁は、奇しくもボス部屋の扉だった。
通常ならばボスか挑戦者が死ぬことでしか開くことはないが、ダンジョン内転移ならば部屋の向こう側に逃げることができるかもしれない。
その後、ボスが死なず挑戦者がいなくなったボス部屋がどうなるかは不明だが、そんなことに気を使っていられる余裕はない。
ああ、そうだ。そうしよう。
だって、きっとそれがこの状況における最善手。
頭のいい、正しい選択なのだから。
だから、俺は。
俺は――――
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