第21話 紫音ダンジョン奮闘記

 紫音しおんダンジョン。

 それは冒険者になったばかりの初心者がまず初めに挑むEランクダンジョンだ。

 攻略報酬は1レベルアップだけで、迷宮資源もかなりしょぼい。


 それでも常に一定の人数がいる理由は、出てくる魔物が多彩だからだろう。

 人型、獣型、鳥型など、様々な魔物を相手にする経験を得られる。

 それでいて、魔物自体の実力は一般人に毛が生えた程度なのだ。

 というか金属バットを持った成人男性なら簡単に倒せる。

 初心者にはもってこいだ。


 そんなダンジョンだからこそ、俺は周回が簡単だと思い、2つ目の踏破を目指す対象に選んだ。

 予想にもれず攻略自体は簡単で、気分良く周回を進めていた。

 しかし――



「また無理なのか!」



 ――それが100回を超えても終わる気配がなければ、話はまた別だ。


 俺は紫音ダンジョン攻略を開始した初日から、今日に至るまでの日々を思い返していくのだった。



 DAY1



 家から徒歩10分の紫音ダンジョンに辿り着いた俺は、そこにいる人の数を見てまず驚いた。


「おっ、結構人がいるんだな。まあ、今が春休みだから高校を卒業したばかりの奴らがこぞって来てるんだろう」


 例外がないわけではないが、基本的に冒険者資格が取れるのは18歳以上となっている。

 そのため、高校を卒業してすぐ冒険者になる者が多いのだ。

 言ってしまえば、自動車免許みたいなもんだ。

 取るのに金かかるから俺は持ってないんだけどね。


 未来ある若者に幸あれ。

 そう心の中で念じながら(一歳しか違わないけど)、俺は攻略を開始するのだった。



『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 ………………



 初日ということもあり、まだ余裕はあったものの25周したところで終わることにした。

 まだ踏破できる目星はつかないが、もともと最低でも50回は必要だと考えていたため問題ない。

 クールに、余裕を持って行こうじゃないか。


 そんなわけで、25レベルアップした。



 DAY2



 再び紫音ダンジョンに訪れた俺は、昨日見つけた問題について考えていた。


 その問題とは、紫音ダンジョンには夢見ダンジョンの数倍の冒険者がいるため、ダンジョン内転移を発動した先で遭遇するリスクが高いというだけだ。

 向こうからは気付かれなかったものの、転移先の少し離れた場所に冒険者がいるという事態が、昨日だけでも5回以上あった。

 今日はより注意していかなければ。



『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 ………………



 2日目は30周した。

 合計で50周を超えても何も起きなかったときは気落ちしたものの、まだ想定内。

 ここはDランクの夢見ダンジョンよりランクが低いからな。100回くらいは初めから覚悟している。


 そんなわけで、30レベルアップした。



 DAY3



 この日辺りから、少々雲行きが怪しくなってきた。

 他の冒険者に遭遇しないよう気を付けることによる精神的疲労があり、さらに頑張って一周したところで1しかレベルが上がらないという徒労感。


 それでもまだ限界というわけではなく、気合を入れて十分頑張れた。

 えいさっえいさっ。


『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 ………………


 40周を超えた。

 以前に攻略した回数を合わせたら、既に100周はしているはず。

 しかし、未だに踏破は達成できていない。


 40レベルアップしたというのに、あまり喜びは感じない。



 DAY4



 紫音ダンジョンに辿り着いた時点で、既にやる気は失われていた。

 単純作業のように攻略を繰り返し、ダンジョンボスをぶっ殺していく。


 ああ、そうか。きっとこれが、人の心を失うってことなんだな……



『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 レベルが1アップしました』

『ダンジョン攻略報酬 ………………



「また無理なのか!」


 途中でとうとう、限界がきてそう叫んでしまった。

 うん、一回休憩しよう! たまには休息も必要だって華が言ってたもん!


 紫音ダンジョンのゲートから少し離れたところにある大木に寄りかかるようにして座り込む。

 ああ、木陰に吹く風のなんと心地よいことか。



 そのままぼーっとゲート付近にいる冒険者たちを眺め続ける。

 その行為自体に、特に意味があったわけではない。


 しかしふと気が付くと、何人かの冒険者が集まって、こそこそと何かを話しながら俺の方を見ていた。

 まずい、不審者だと思われたか? そうじゃなかったとしても、ダンジョン内転移を発動したところを見られたのかもしれない。


 そんな風に戦々恐々としていると、彼らは俺に近付いてくる。

 まさかのエンカウント。違う、俺は悪くねぇ! 世界が悪いんだ! まだ何も言われていないのにそう言いたくなる。


 そんなことを考えている間に、すぐ目の前に来ていた冒険者たちのうち、中心の男が口を開く。


「あのっ、もしかしてスカウトの方ですか!?」

「……は?」


 そして、そんなことを尋ねられた。

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