エピローグ5-1 みはるとなつめ
私のやりたいことってなんだろう?
わからない、私はこれまで何をやってきたのだろう。いつも何かにわがままを言って、いつも誰かに助けてもらっていた印象しかなかった。自分自身で何かをしたことなんてあったのだろうか。家出もいじめとの戦いも勉強も、結局状況に流されるているわけで、本当に自分の意思で決めたことなんてあったのだろうか。なつめさんと一緒にいたい、でもそれだけではだめなのだ。私自身がやりたいことを見つけないと。
私って何になれるんだろう?
一人で何かをできたことなんてあっただろうか。多分、ないのだ。だから、いざ自分が何をするのかと問われても答えがわいてこない。そんなふうに考えていると、お姉ちゃんを見たときにほんの少しばかり、嫉妬がわいてきた。お姉ちゃんには書きたいものがある。ほかの子にも多かれ少なかれやりたいことがある。明確だ。私にはそう突き詰めてまで作るべき何かがなかった、私の人生の道行きは今現在を境に真っ暗闇だ。この道を照らさなければ、私自身が何かなしたいことがなければ、なつめさんの隣には居られないのに。
私はどうすればいいんだろう?
一つ一つ考えてみるけれど、決めることはできないでいた。どんな講義をとる?どんなサークルに入る?どれも考えてみるけれど、さっぱり答えは出てこない。どれを考えてもこれじゃない、という結論しか出てこない。考えて、考えて、考えて、考えた。それでも、なつめさんに出された宿題は答えを得ないまま、私の頭をぐるぐると回り続けている。答えがでないという焦りばかりが募っていく。苛立ちを抱えたまま、でもそれがどこに向かえばいいのかわからない。正直に言おうとしても、言葉にならない。この思いをどう抱えて、どう吐き出せばいいのかわからない。胸の奥につっかえた何かが出る場所もわからないまま体の中に残り続けている。
私は誰なんだろう。
わからない。わからない、という声だけが私の頭を占拠している。でも、わかってる。これは誰かに聞いてどうにかなるようなものじゃない。私が、私自身が決めなければいけないのだ。私が私のために答えを出さないといけないのだ。
そうこうしているうちに何もできないまま、引っ越しの日が来てしまった。
私が持っていくのは衣類と最低限の生活用品だけでよかったので、ほぼ身ひとつでお父さんとお母さんに送られてなつめさんの家に向かうだけでよかった。お父さんとお母さんは再三、引っ越しの準備に張り切っていたけれど、結局、私にもっていかそうとしたものがアルバムだとか、愛用の食器だとか、あんまり実用性のないもののオンパレードだったので大半は私が持っていかないと断じてしまった。ちょっとかわいそうな気もしたけれど、まあ、ものが多すぎてもなつめさんに迷惑が掛かるので致し方なし、多分、役に立ったのは入学式用のスーツだけだ。
引っ越しの日は大学が始まる、2日前。一応、引っ越し日が決まったときにいつものメンバーに連絡を入れると、かなとまりが率先して、送別に向かうと言い出した。いまいち、頭の中が整理しきれない私は正直、見送りに来られてもあんまり余裕がない対応しかできなさそうだったので渋ったのだけれど、最終的にあきのが参加すると言い出したので、結局3人とも見送りに来ることになった。あきのはこういうのを嫌がるかとも思ったので少し意外だった。特に、最近は私と会ってもどことなく不機嫌そうな様子だったから、少し気がかりだった。
その日、朝早くに3人は私の家を訪ねてきた。時間の都合上、私が出るのが朝早くだったわけだけど、それでもやってきてくれた。
「みはるぅぅ~、連絡しなよ~。たまにはかえって来なよ~」
「ゴールデンウィークどっかいこ~、なんならそっち行くしさ~」
「わかった、わかったってば」
別れ際にかなとまりに抱き着かれながら、私は苦笑いする。かなとまりは近くの短大への入学が決まっており、結局、地元を離れるのは私だけだった。お父さんととお母さんはそんな私を笑顔で眺めてどことなく涙ぐんでいた。うん、シンプルに恥ずかしいなこれ。お姉ちゃんは後ろで軽く笑っていて、あきのはその隣で仏頂面を抱えていた。まったく美人だってのに台無しだなあ、まあ、あきのらしいんだけれど。
かなとまりは半べそかきながら、そうやってしばらく抱き着いていた。ただ、しばらくすると、後ろの仏頂面あきのに気付いて、ずりずりと引っ張り出してくる。あきのはいつもなら抵抗していたけれど、今日に限っては素直に前に出てきた。お姉ちゃんが出るときにあきのの肩をぽんと叩いていた。
「ほらー、あきのもお別れ―」「しろよー」
「・・・・」
「あきのー・・・・?」「んー?」
あきのは無言だった。後ろ2人が心配そうに覗き込むけれど、うつむいているから表情はうかがえない。
あ、わかってしまった。見るの初めてだけど。
だから、あきのから何か言われる前に私から抱き着いておいた。
あきのは驚いたように体を震わせたけれど、しばらくしてから背中に手が回った。
「ありがとね」
「ばか」
声が震えてる。かなとまりが後ろで目を見開いていた。
「楽しかったよ」
「うん」
「私、頑張るよ、だからあきのも頑張ってね。お姉ちゃん、よろしく」
「・・・・わかった」
「え?私お願いされる側?」
「「みふゆさん、今は邪魔しちゃだめー」」
「・・・・はい」
「あとは・・・・寂しいや。また電話するね」
「・・・・・うん、私も寂しい」
「・・・・・」
「・・・・みはる」
「うん?」
「元気でね」
「うん」
身体を離した。顔を見ようとしたけれど、あきのはそっぽを向いてお姉ちゃんのところまで戻ってしまう。お姉ちゃんのところに戻ると、そのまましばらく俯いていて、その頭をお姉ちゃんが笑いながらぽんぽんと叩いている。その後ろでかなとまりまで泣いている。はははとつられて笑っていたはずの私まで泣いてしまう。
「じゃ、行ってらっしゃい。みはる」
お姉ちゃんが軽く笑って声をかけた。
「みはる、そろそろ行こうか」
お父さんが私に声をかけた。私はうなずいて車に乗り込んだ。
エンジンがかかって、車が出た。
「ばいばーい」「元気でやれよー」
かなとまりの声が聞こえる。
窓を開けて振り向いた。あきのが目を伏せたままお姉ちゃんに頭を撫でられている。子どもみたいに両手で顔を抑えて涙をぬぐっている。くすっと笑って、手を振った。お姉ちゃんと一緒に振り返してきた。
「いってきまーす」
「「「いってらっしゃーい」」」
あきのの声は聞こえない。泣いていて声が出ないのだろうと思った。
1年半、あの子たちと一緒にいたのだ。なすべきこともなせた。ああ、本当に、本当に楽しい高校生活だった
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