第5章 贖罪の天使 編

第96話『天才達のイカれた独壇場』

 時は12月サジタリウスの7日。

 戦争屋のオルレアス帰還から、約1日後の午前10時ごろ。


 場所は薄暗い、空気の渇いた大部屋だ。一定間隔で壁に取り付けられたウォールランプはちらちらと燃え、ぼんやりと橙色に、黒い空間を照らしている。


 中央に薄く浮かんで見えるのは円卓である。全席が埋まっており、年齢や性別を問わない選ばれし人物達が1つずつ腰をかけている。室内はこほん、と誰かがした咳払いが響いて聞こえるほど静かだった。


 今から始められようとしているのは、オルレアス王国の重役達が集う会議だ。本来は戦争屋が帰還した昨日、サジタリウスの6日に行われるはずだったのだが、長旅によりメンバーの体調があまり良くないことを加味して1日延期された。


「――灯りを」


 円卓の中で唯一形の違う、一際豪奢な席に座った半裸の王が命じると、壁の傍にこれまた一定間隔で控えていた使用人達がすすすと動いて、消えかけだったウォールランプの明度を一気に上げる。


 同時、天井の中央から下げられた巨大なシャンデリアも灯されて、大部屋に広がっていた闇は一斉に払われた。


「これより円卓会議を始める。今回の議題は先日オルレアス王城に入った不審人物についてだ。早速だがくだんの人物について【リリア=メイへイヴ】、進言しろ」


 当然のように半裸の国王・ブルーノがそう促すと、席の1つに気怠げに座っていた幼女体型の人物が『ういーッス』と応答。


「まぁ、ぶっちゃけお手元の書類に大体書いてあると思うんデスけど……宗教集団『天国の番人ヘヴンズゲート』に襲撃されて、『戦争屋』の拠点から逃げてきたフラムきゅんの分身を匿ってたら、いつのまにか別人にすり替わってマシタって話よ、ようは」


 そう言って『うい』と無理やり話を切り上げ、団子髪の女性が背もたれに背を預けると、ほぼ真反対の位置に座る書記大臣がかちりと眼鏡の位置を直した。


「――メイヘイヴ副処理班長。もはや毎度のことなのでワタシはその態度には目を瞑りますが、もう少し詳しく説明をお願いします」


「ちっ。たく、麗しのお姉さんに遠慮なくちまちまと文句つけやがって、バチが当たるぜェ名も知らねー大臣のお爺様よォ! メンドイ仕事はパスし続けてウン年のこのあたしが、この後に及んで進言なんか出来ると思うのかー!?」


「欠片も思いませんが、状況が状況ですので……」


 椅子から下げた脚をぶらぶら揺らして子供じみた主張をするリリアと、眉を下げながらどうにか会議を進めようとする大臣。


 実はよくある光景だ。恐ろしいまでに気分屋の彼女は、真剣な場ですら行動に時間がかかるのである。また会議は難航か、と何名かが肩を落とした時、戦争屋代表として席の1つを埋めていた青年・フィオネが声を上げ、


「リリア。頭から爪先まできちんと説明してくれたら、ウチのを何人か縛り上げて貴方の部屋に置いておくわよ」


 そう交換条件を提示すると、今まで腐ったような目をしていたリリアはぱっと碧眼を煌めかせ、勢いのまま卓を叩いて立ち上がる。


「まじッスかフィオネの!! やっぱ姉貴しか勝たないんだわぁ〜、じゃあ、今日はギルきゅんとマオラオきゅんを縛り上げてくんねーッスか?」


「きゅ、きゅん……? きゅんってなに……??」


「あっ、ついでにあたしとしては目隠しと猿轡さるぐつわもして欲しいなーなんて」


「何をするのか知らないけれど、貴方の成果次第としか」


「やだなぁ姉貴、リリアお姉さんはそんな変なことはしないッスよ! ただ全身を揉み揉みして活力を得たいだけ……じゃあ、文句なし120点の進言いくぜ!」


 今までの態度が嘘のように、どんと胸を張って進言を開始するリリア。


 その様子に処理班代表として同席中のノートンは撃沈しているが、他の重役達はもう慣れてしまった様子で、今はこの場に居ないのにリリアを動かすためのエサにされたギルとマオラオを想って気分はすっかり追悼であった。




 ――さて、気合の入ったリリアの進言をまとめよう。


 まず先程の発言通り、不審者がフラムになりすましていると知ったリリア。

 彼女は国王ブルーノのめいに従いその人物を拷問し、結果、不審者の男は戦争屋の拠点を襲撃した白装束グループの1人であることが判明した。


 更にヘヴンズゲートでは近々『オルレアス王国』と大南大陸に存在する『水都クァルターナ』を侵略予定であり、不審者の男は拠点から逃走するフラムの分身を偶然見て『オルレアス王城に向かっている』と推察、これ好機にと偵察のために城内に潜入したことが判明した。


 その後しばらく男は様子を伺っていたが、昼食を取るためフラムとリリアが別行動をしていた時間――つまり謁見予定の1時間ほど前にフラムの分身を殺害。

 幻覚を見せる能力を使ってフラムの分身になりきり、ブルーノ国王と、国王に被害報告をするリリアの話を盗み聞きしようとしていたらしく、


「んで、こっからよ。口調やら態度やら、不審者くんはや〜けにフラムきゅんの模倣が上手いな、って思ったんだが……」


 リリアが遊び半分に水責めで問い詰めたところ、どうやら【ペレット=イェットマン】という人物が演技に関してアドバイスをしてくれたのだと男は白状。


「これは一体どういうことッスかね? フィオネの姉貴。こんなところでペレットきゅんの名前が出てくるなんて普通おかしいよな?」


 ガタンと乱雑に着席し、鋭い目つきで青の視線を向けるリリア。本人に威圧の気はないのだが、全てを射抜くような碧眼に、円卓を囲む何名かが息を呑んだ。


 しかし、名前を呼ばれたフィオネは臆することなく立ち上がり、


「ようやくアタシの番ね。彼の事も含めてこの約1ヶ月の間、アタシたち戦争屋に何があったのか……今から貴方がたに全て説明するわ」


 と、悠々とした態度で言葉を紡ぎ始めた。





 それから、沢山の討論が行われた。一息つけるようになったのはフィオネの進言開始から約1時間半が経った頃で、討論――の皮を被った口喧嘩は、裸体国王ブルーノの『なるほど』という言葉で切り落とされた。


「とにかく、我々は『天国の番人ヘヴンズゲート』に対抗する準備をしなくてはならない、ということは各々の発言により明白になった」


「……そうですね」


 財務大臣が頭を垂れる。

 彼は先程、勢いで国の内情――もとい、切ない金銭事情をバラしてしまい、今のオルレアス王国は戦争をやっているどころではないと白状してしまったのだ。


 あくまで大臣として事実を述べただけであり、咎められるべき悪事を働いたわけではないのだが、彼の暴露により白熱していた会議が1度白けてしまったため罪悪感を感じているらしい。ずっと申し訳なさそうに縮こまっている。


 だが、ブルーノ国王の切れ長の双眸は大臣の姿など全く捉えておらず、


「早急に強固な布陣を構えなければならない。まずウッドコース財務大臣。貴殿は王国の支出を調べ上げ、重要でない金の流れは全て書類にまとめ、支出停止により想定できる影響を提示。余の許可を得た後、余が指定したものを断ち切れ」


「はっ」


「続いてエドラー国民大臣は――」


 即座に指示を下していくブルーノ国王。

 これで服さえ着ていれば格好がついたのだが、と額に手を当てたノートンがこっそり苦笑していると、見透かされたようなタイミングでブルーノが視線を向け、


「ノートン。余はリリアや他多数の進言を受けて、宗教集団『ヘヴンズゲート』の基地としてもっとも有力なのが『中央大陸』であると睨んでいる」


「中央大陸……ですか?」


 近所の好青年のような緩い表情から一変、エリート営業マンの顔つきに変わったノートンが問うと、ブルーノ国王はおかっぱ髪を掻き上げ『そうだ』と頷く。


「そのため、これより情報課は中央大陸の情報収集に、監視課は情報課からのデータを基に中央大陸の監視に努めろ。オルレアス全土も対象だ。医療課には現場で使える人員と医療器具の確保を、工作課には武器と防具の生成を指示するように」


「はっ」


「その他は全員万全な状態を保っておくように。そして戦争屋だが――」


 ちらりと視線をフィオネに寄越すブルーノ国王。それに気づいてフィオネが紫紺の双眸を返すと、国王は薄桃色の唇に指を当てて思案し、『いつものメンバーは今何をしている?』と目を細める。すると、


「今はほとんど買い物中よ、国王陛下」


「……何?」


「生憎と先日の任務で武器も洋服も全部無くしちゃったの。囚人服をずっと着せる訳にもいかないから帰還中は処理班の制服を着させてたんだけど、みんなスーツは苦しいって煩いから服代を握らせて城から追い出したわ」


 ――ちなみに、追い出したのは囚人組5人とレム・ノエルの計7名である。一応ミレーユも追い出すはずだったのだが、彼女は昨日から処理班の入団テストを受けていたため、することができなかった。


 ので、ミレーユの服はノエル+野郎どもに託されているのだが、ノエルも野郎どももファッションセンスは未知のため、どうなるかは後のお楽しみである。


「……なるほど。確かにスーツは苦しいな」


 何故か腑に落ちた表情になるブルーノ国王。彼の言葉に、円卓を囲む全員が彼の一糸纏わぬ上半身に目をやった。そういえば今日の着つけ役は、辛うじて国王の下半身に服を穿かせたようだ。優秀な人材である。


「ではノートン、追加で工作課には戦争屋の武器を新調するよう伝えろ」


「はっ」


「そして改めて、戦争屋には万全の状態で待機を……いいや、余が命令してもフィオネ殿が聞き入れるはずがないな。ではこうしよう」


 今までほぼ無表情だったブルーノがうっすらと笑みをたたえる。ともすれば女神の心さえ落としかねない微笑に、全くもって見当違いの、この場に居合わせただけの初老共が胸をときめかせた。


「――殺戮の準備をしておけ」


「わかったわ」


 人間性・倫理観といった概念をドブに捨て、顔だけに全てを注ぎ込んだ野郎同士の不穏な笑みの交換に、無言で頭を抱えるのはやはりノートンだけであった。

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