第97話『物書き呪術師とお嬢様剣士』

 翌日の夕方。

 王都の仕立て屋で服を新調――と言ってもオーダーメイドでデザインは今までとほぼ変わらないのだが――したての戦争屋メンバーの内5名(フラム以外)は、オルレアス王城の中庭に集まっていた。


 近くには訓練中の兵士や処理班員が居る。


 単純に上体起こしや腕立て伏せ等のトレーニングをしていたり、木刀で素振りをしていたり、殺意高めな1対1の模擬戦闘をしていたりと訓練の内容は様々だ。

 10代から40代くらいの人族や獣人族が男女を問わず汗を流している。


「……というわけで、そのうち近くに大戦争が予定されている。それに備えてお前達の戦闘技術は高めておきたいからな、これから模擬戦闘を行おうと思う」


 そう説明するのはノートンだ。彼の言葉を受けて、服を新調したメンバーの中で唯一全く新しいデザインの服を買ってもらい、狩人のような印象を与えるグレーを基調とした軽装のノエルが『模擬戦闘、ですか……?』と不安げに尋ねるが、


「あぁ、ノエルはまだ身体の基礎が出来てないからな。模擬戦闘よりも処理班こっちの訓練に混じってもらおうか」


「……わかりました」


 機械人形のようにぺこりと頭を垂れるノエル。何となく動きが固い。過去に多少剣術を習っているとはいえ、聖騎士以外の人間と戦うのは初めてなので、かなり緊張しているのだろう。


 事情は知らないが、とにかく緊張していることを見抜いたジャックが、不安げな黒瞳を訓練中の班員たちに向けるノエルの耳元に顔を寄せる。

 ふっ。冷たい息がかかり、少女は『ひぁっ』と奇声を上げて腰を抜かした。


「いちゃつくなァって」


「いちゃついてないヨ、ジャック君は緊張をほぐしてあげたダケ」


 ピースサインを作るジャックの天然な魔性ぶりに、『将来こいつに惚れる女は大変そうだ』と肩を下げるギル。その傍ら、ノートンは遠くの誰かに手招きすると、


「じゃあ、先に模擬戦闘の準備をしようか。とはいえ、流石に城内で爆発だの崩壊だのを起こされると困る。いつもの拠点屋敷と違って、ここは他人を巻き込みかねないからな。そこで、ある班員に協力してもらうことになった」


「ある班員? ……リリアさんやないやろな、兄さん」


 昨夜、荒縄を持ったフィオネに突然『縛られなさい』と言われ、力有り余って殺しかねない都合上、本気で抵抗できずにまんまと縛られてしまい、リリアの部屋に放って置かれた恐怖が蘇って縮こまるマオラオ。


 ちなみに鼻息を荒くしたリリアには全身ぺたぺたと触られたし、なんなら脱がされそうになったので全力で逃げ出した次第である。


 またフィオネ曰くリリアとは『約束』があり、今夜はギルを縛る番らしいので、明日の朝彼が何を言うのか楽しみだ。何も知らない緑色の殺人鬼を横目に、マオラオは哀れみの目つきをして溜息を吐いた。


「いいや、リリアはフラムを追いかけている最中だ。かれこれ2時間」


「頭おかしないか?? いや、この場合は身体……体力……? か」


「まぁな……あぁ、来た来た」


 さりげなく仲間が狂人であることを肯定しつつ、こちらにやってきた人物を誘導して戦争屋メンバーの前に立たせるノートン。


 そうして、恥ずかしがりながらも姿を見せたのは、藤色の髪の少年だった。

 目を覆うように頭に結びつけている紺色の帯がやたらと目を引くが、それ以外はこれといって特徴のない人物である。視界が見えているのかだけ気がかりだが。


「こいつは先日処理班に入った【イヴ】だ」


「よっ……よろしくお願いします」


 礼儀正しく頭を下げる少年。意外と低く柔らかい声が耳をくすぐる。

 少年の素直そうなところを気に入ったのか、シャロは『ンフフ』と気持ちの悪い笑みのあと、『よろしくね』とご満悦の表情で腕を組んだ。


「そんで、この子は何を手伝ってくれるの? ノートン」


「この子って言っても、お前より年上なんだが……あぁ、イヴはこれでも大南大陸の水都クァルターナ出身の呪術師で、本を媒体にした呪いを使うんだ。ここ数年は大東大陸に居たから、こうして北東語で訛りもなく喋っているが」


「ぐっ……」


 悪気のないノートンの紹介に、マオラオが被弾してうめく。

 彼は北東語を習い始めたのがおよそ2年前で、最近ようやく日常会話が問題なく出来るようになったところだ。


 だが喋るのに精一杯で細部にまで気を払えず、出身地域による発音法の違いから来る訛りはもちろんのこと、『〜やで』といった南西語と北東語をハイブリッドしてしまった結果生まれたマオラオ特有の謎言語が取れる気配は未だない。

 (なお、この謎言語はアバシィナも使用していたので、北東語を習いたての南西出身者にはあるあるの事象だったりするのだが。)


 密かにそれを気にしていたマオラオは、ぷるぷると震えて悶絶する。

 見かねたギルが『おめーの訛りは聞いてて面白ェから気にすんなって』と横からフォローを入れるが、言い方が悪いので傷口に塩だった。


「おーん、呪いねェ……ロイデンハーツでの事件以降、『呪い』って言葉を使ってくる奴に良いイメージねェんだけど、こいつァ大丈夫なんだよな……?」


 怪訝そうな目でイヴを見下ろすギル。

 彼の脳内には、イツメやらアバシィナといった曲者が浮かんでいる。


 もっとも、イツメはジュリオットに死の手紙を渡しに来ただけで、その時の呪術師はハクラウルという人物なのだが、ギルは彼の情報について人づてに聞いたものしか知らなかったので、嫌悪の対象がイツメに向いているのである。


「まぁ……呪い自体は凶悪なものだが、呪いのあり方は呪術師によって変わる。イヴは良い奴だからな、お前らがイヴに嫌われない限りは『大丈夫』だ」


「……ッつーのは?」


「おっ……俺の呪いは使用した媒体、つまり本に書かれた世界に他者を閉じ込めるものなんです。雪の物語ならば冬の世界に、星の物語であれば大宇宙に……まぁ、後者は死んでしまうと思いますが。へへっ」


「『へへっ』って……とんでもない呪いやん」


 へなへなと照れ隠しをするように笑うイヴに、マオラオの突っ込みが入る。

 すると、イヴは困り顔で頬を人差し指で掻き、


「まぁ、この説明だけだとそう聞こえるんですけど……でも、俺の呪いは人を殺せても所詮『架空の世界で起こった死』。現実世界には反映されず、ただ元の世界に戻ってきてしまうだけなんですよ。えへへ」


「ハーン……そう聞くとあんまり戦闘用の呪いじゃなさそうダナ」


「そうなんですよ……それが最近悩みのタネでして、へへっ。けど、何回死んでも大丈夫ってことを考えると、手加減なしの拷問も出来るでしょうし、どちらかというとウラ作業の適性があるのかな……なんて考えたりして、へへ」


 はにかむ少年を前に、ギル・ノートン以外の3名が固まる。


 先程からヘラヘラと笑っているが、普通にとんでもない呪術師である。やはり呪術師というのは皆イカれているのだろうか? とにかく、イヴも敵に回してはいけない――と認識を改めつつ、マオラオは『聞かんかったらよかった』と呟き、


「そんで、その呪いで何を……ん? 模擬戦闘……もしかしてやけど、本の中で殺し合いせえって話かこれ!」


「あぁ、そうだ。そのためにイヴには物語を書き下ろしてもらったよ」


 そう言って、ダークジャケットの内側から本を取り出すノートン。

 大きさこそ手のひらサイズだが随分と分厚い。ページを簡単に捲ると、ペンで書いたのか黒い文字でびっしりと紙が埋め尽くされていた。


 ギルにも文字こそ読めないが、これが適当な走り書きでなく、きちんとした文章の羅列であることは理解できた。だからこそイヴという少年が奇妙であり、


「昨日の昼の会議で今後の俺らの方針を決めたって聞いてんだが……ノートンはそれからイヴに頼んだんだよな? 本って1日で書けるもんかァ?」


「あは、えっと……速筆だけが俺の取り柄なんです。へへ」


「そうか……? 普通にイヴの話は面白いと思うが……とにかく、この本の世界に1時間、お前たち4人には入ってもらう。死ぬか、1時間経てば自動的にこっちの世界に戻ってくるようになっているから、安心して殺し合いをしてくれ」


「はーい」

「ハーイ」


 意外と順応が早いリップハート兄弟が揃って返事をする。その傍でギルは『俺も本の中で死んだら死んだ判定になんのかねェ』とぼやき、マオラオは『安心と殺し合いって言葉が結びついたの聞いたん初めてや』とゲンナリしていた。


 その間に本がノートンからイヴに手渡され、イヴは処理班の制服のポケットから万年筆を取り出すと、本の最後のページを開いて何かを書き込んでいく。


 興味を持ったジャックがちらりと本の中を覗き込んだ。どうやら、本はあえて未完の状態でとっておいたらしい。イヴはさらさらと締めくくりの文を書き込むと、その隣に『END』を意味するらしい北東語を書き込んで、



「よし、出来た……へへ。それでは、皆さん行ってらっしゃいませ」



 ――瞬間、カッと白い閃光が空間を支配した。





「凄い……」


 離れた場所からその光景を見ていたノエルは、感嘆の溜息を溢した。


 イヴの持っていた本が眩く光ったかと思えば、次の瞬間には4人が消えていて、その場にはノートンとイヴだけが残っていたのだ。

 『呪い』という概念をノエルは今まで知らず、本の中に呑み込まれたというのもにわかには信じられないが、彼らの話が本当だと信じるならば、ギル達は本の中の世界に行ったのだろう。


「……本の中の世界」


 読書家のノエルの好奇心が疼く。

 脳内に浮かび上がるのは大好きな物語達だ。ほとんどはアンラヴェル宮殿の私用部屋に置いてきてしまったためもう同じ書籍で読み返すことは2度と出来ないが、その内容はほぼ全て頭の中に入っている。


「いつかボクも、お願いして呪いをかけてもら……」


「――ノエル!」


「あっ、は、はいっ。なんでしょうか」


 ノートンに名前を呼ばれ、慌てて思考を止めるノエル。ふと見ると、ノートンはこちら側に歩み寄ってきていて、


「次はお前の訓練についてだが……向こうで素振りをしている彼女、見えるか? 黒い髪の女性が居るだろう」


 そう言われてノエルは、ノートンが指を差している方向に視線を向ける。


 黒い髪の女性。その条件に当てはまる人物は1人しか居なかったが、彼女を視界に入れた瞬間、ノエルは目の前の事実を拒絶したい衝動に駆られた。


「あ、あの……あそこのワインレッドのゴシックロリータを着て……大剣を振り回している女性ですか……?」


「そうだ。ノエルの話は事前にしてあるから、話しかければあとは彼女が対戦の仕方を説明してくれる。あぁ見えて、面倒見は良いやつだから安心してくれ」


「やっ……その、ボクちょっとあの方と戦うのは……」


 本能から来る拒否反応に従い、ふるふると首を横に振るノエル。


 絶対に彼女は自分とは別の世界の人間だ。

 というか班員専用の制服――ダークスーツを着ていないようだが、ここに居るということは彼女も処理班員なのだろうか。自分はそんな話など聞いたことないが、処理班員は制服以外の着用も認められていたのか?


 いやしかし、だからといってよりによって着るものが『ゴシックロリータ』なんてことがあるだろうか。


「濃い濃い濃い……」


 しかも基調の色すら周囲と統一していない。自己主張の激しい、ワインレッドの豪奢なデザインである。周りの班員は一切気に留めずに訓練に臨んでいるあたり、彼女の格好は黙認されているのか、はたまた存在を無視されているのか。


「曲者の匂いしかしない……」


 ノエルがそうはっきりと絶望すると、同時に一心不乱に剣を振っていた彼女がこちらに視線を向ける。目が合った。つかつかと歩いてくる。絶望。


 そうしてノエルの死期を早めた女性は、後頭部で結わえたポニーテールを優雅に揺らし、長い足を止めると、大剣を足元に捨てて豊満な胸の下で腕を組んだ。


 ぼん、と強調された双丘を前に、ノエルはジェラシーで白目を剥くしかない。


「――貴方がノエルさんですわね」


「は、はい。はじめまして……あの、貴方は……」


「わたくしは【シーアコット=マルングラッテ】。所属は処理班戦闘課。以後わたくしのことは『シーア様』とお呼びなさい!! オーッホッホッホ!!!!」


「…………」


 ――最悪の人選ではなかろうか。


 口元に手の甲を添え、高笑いをする彼女・シーアコットを前に、ノエルは絶望を通り越して諦観混じりの穏やかな表情を浮かべていた。

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