第15話『女装する野郎ども』
明くる日の朝。
ギル・シャロ・ペレット・マオラオの4名は、潜入捜査のための身支度をした。
「おぉ……すげぇなシャロ、違和感がねェ」
顔合わせをするなり、感嘆の吐息を漏らすギル。その目に映るのは、アンラヴェル宮殿の給仕服を着たシャロの姿だ。
シャロの顔が美少女のそれだからか、黒と白を基調としたエプロンドレスも、頭のホワイトブリムも、違和感なく彼にフィットしていた。
なお、残念ながらシャロ本人の動きが慎ましくなく、メイドとしての教養が欠片もない素人がコスプレをしただけなのは、見る者が見れば丸わかりなのだが。
「そりゃあもう、シャロちゃんですからー? っていうか、そんな当たり前のことよりマオだよマオ。けっこう違和感ないよねぇ〜」
「うーん、そう言われても……オレとしては、あんまり嬉しくないんやけど」
言葉通り、マオラオは不服そうに苦笑いをして、膝下までの長さの真っ黒なスカートをちょいと摘んで持ち上げる。
そこから見えるのは、健康的な太さ――みっちりと詰まった筋肉により隆々とした曲線を描いている――白い2本の脚だ。人を蹴り殺すことに慣れた脚でもある。
「オレよりも、ペレットの方がしっくり来とると思うで」
マオラオは、ゾンビのような足取りで入ってきた少年に顔を向けた。
すると少年――ペレットは、死にそうな表情で首を横に振る。
「やめてください……そういうのガチでいらないんで……」
と、給仕服に生気を吸われている彼が被っているのは、彼の地毛と同じ色をした三つ編みのウィッグである。何故かひどく似合っているそれは、非常に彼を純朴な少女のように見せており、これにはシャロでさえ思わず、
「た、確かに、めっちゃ悔しいけど似合ってるわ……ギルの100倍似合う」
と、何故かギルを引き合いにして、不服そうに褒めた。
途端、ギルが笑顔で震え始める。
「似合わねェのはわかってんだよ、けど我慢して着てんだよこっちは……珍しく我慢してる俺の気持ち、考えたことあんのかぁ!? あぁん!?」
「ちょ、荒ぶるなギル。あとあんさん、普段ワガママなの自覚あったんか」
「あるわ! あってやってんだよ毎回よォ! つーかそもそも、ンな肩幅のでけえメイドが居るか! そっから可笑しいよなぁ!? アイツ何考えてんだマジで!」
慣れないヒールを履いたその足で、地団駄を踏むギル。
その威力が強過ぎて、床がみしみしと抜けそうな音を立て始める。
しかし、彼の言い分はもっともだった。彼の身長は178センチ、体格的にもかなり男性的で『ちょっと筋肉質な女』では通らない風貌をしている。
他の3人はともかく、彼をメイドだと言い張るのは無理があるだろう。
「うーん、やっぱジュリさんの意地悪だろうね」
流石に巨乳とは形容できずとも、そこそこついたギルの胸筋が、給仕服の胸元を押し上げているのを目に、シャロは眼鏡の青年のことを考えた。
恐らくはギルにこの格好をさせて、彼を
――さて。皆がぎゃあぎゃあと騒ぎ立て、場も暖まったところで振り返るが、今回の作戦はこうである。
まずは、世間にその存在を
わざわざ女装までしたのは、城の外からちまちま情報を集めていた前回のウェーデン遠征に比べて時間に余裕がなく、内部まで切り込む必要があるのと、メイドのふりをするのが1番効率的に動けるためである。
(まぁ、正直なところ、ジュリオットの遊び心というのが1番大きいのだが。)
なお、アンラヴェル宮殿へは、ペレットの能力『空間操作』で潜入する。
以前、港町オルレオ出発前の渡航船にて、『知らない場所にはいけない』とシャロに説明していた彼のこの能力であるが、ペレットの視界に映る範囲なら、好き勝手に移動することが出来るらしい。なんとも便利な能力だ。
そうして潜入を果たしたら、メイドのふりをしつつ神子を探す。
恐らくはマオラオのとある特殊能力が神子を容易に見つけてくれるので、神子が実在するのであれば見つけ出すことなどすぐだろう。
もし神子を見つけた場合は、話が通じるようであれば穏便に誘拐する。
話が通じず抵抗するようであれば、乱暴に誘拐する。神子に言語能力が与えられていなかった場合も右に同じだ。これで計画は完璧である。
そうすれば神子は、神子の『洗脳』の力を欲する何者かに利用されず、アンラヴェル神聖国も没滅せず、フィオネが気にしている『同盟が出来なくなる』やら『貴重な文献が死ぬ』といった問題も生じなくなる。めでたしめでたし。
「――はぁ。じゃあ、転移陣を作るんで待っててください」
全てを諦めた表情のペレットが、スカートが汚れることも意に介さず、半ば魂が抜けたようにしゃがみ込んで、部屋の床に手のひらをつける。
しばらくしてふと、手のひらが触れた箇所からじわじわと広がるように、記号や曲線が浮かび上がってきた。それらは皆、紫色の淡い光を放っていた。
その不思議な光景を前に、マオラオが『そういやオレ』と口を開く。
「気になってたんやけどさ。ペレットって転移陣なしでも移動できるやん。でも、今みたいに転移陣を描く時もあるやろ? ほんでその、転移陣が必要な時と、そうじゃない時の違いがずーっとわからへんねんけど」
「あぁ、それは転移する人間の問題っス。俺だけなら転移陣はいらないんスけど、俺以外の人間も移動するってなると、転移陣が必要になるんスよ。便利なようで不便なんスよねぇ……あ、出来ましたよ」
床に広がる転移陣の動きが止まり、ふぅっと息をついて立ち上がるペレット。
そこへマオラオが『ありがとう』と慰労の言葉をかけ、更に『褒めて遣わす』『よくやったクソガキ』と捻くれた賞賛が飛んだ。
「……あんまり持続しないんで、消える前に早く入ってください。ただ、宮殿内の造りがイメージ出来てないんで、一体宮殿のどこに飛ぶかは俺にも――」
と、言いながら、ペレットが身体をほぐそうと肩を回した、その時だった。
「うっし、そんなら突撃するぞ」
「――ちょ、ギルさん!?」
驚くペレットの手前、ギルが真っ先に転移陣に飛び込んだ。
隣に突っ立って、完全に転移陣に気を取られていたマオラオを引っ張って。
「うぇッ、ちょまっ、ギッ……!」
次の瞬間、2人を乗せた転移陣が眩い光を放った。
直後、ギルとマオラオの姿はその場から消え去っていた。
「……あ、消えちゃった」
「はー! ったく、あンの人は……!」
目をぱちくりとさせるシャロの隣、拳を震わせて怒りを露わにするペレット。
彼は『あー』と唸り声にも近い溜息を吐くと、わしゃわしゃと頭を掻きむしり、後ろに立っていたシャロの二の腕を掴んだ。
「行きますよ、シャロさん」
「ちょっと、痛い、待って引っ張んないで、八つ当たりしな――」
しないで、と言おうとしたその瞬間、2人は転移陣に足を踏み入れた。すると、彼らの姿は先の2人と同様に、室内からパッと消え去った。
そうして部屋からはありとあらゆる音が失われ、静寂だけが残った。
少しして、どこかで朝を主張する鳥が小さく鳴いた。
*
転移陣を踏んだ瞬間、視界に映る光景がガラリと切り替わった。
「……うぁ?」
驚きのあまり、変な声を上げるギルとマオラオ。
彼らの視界に映ったのは、所々を灰色のモヤに覆われた一面の水色だった。
それを、雪雲が浮かぶ朝の空だと認識すると、途端に妙な浮遊感を感知。直後、重力に引っ張られ、彼らと青空との距離が少し遠くなった。
どさっ。
気がつけば今度は、そんな音と共に視界の端が白くなっていた。よく見ると、その白の正体はシャーベット状になってキラキラと陽を反射する雪であり、
「――?」
混乱するギルとマオラオは、状況を整理しようと頭を回転させる。少しして、状況を飲み込むと、2人は慌てて雪の中から上半身を起こした。
最初に目に飛び込んできたのは、今居る空間を囲む石造りの回廊と、その真上に乗った巨大な城壁だった。
上から見ると恐らく『0』のような形をしたその城壁は、回廊のついた1階を含めて3階建てになっており、各階に窓がずらりと並んではめ込まれていた。
ただの防壁ではなく、壁の向こうに生活エリアがあるようだ。
『0』の中央には、見上げるほど大きな白亜の宮殿があった。
宮殿のあちこちには石の塔が建っており、総じて壮大な見た目となっている。宮殿と城壁は渡り廊下で繋がっていて、どうやらそこで行き来できるようだった。
初めて目にする特殊な建築構造に、ギル達はぽかんと口を開けていた。
「おぉ……すげぇ、ウェーデンのよりは小せえけど、迫力あんな……」
そう言って、ギルは周囲を見回す。降り積もった雪さえなければ、のびのびと身体を動かせそうな広い空間である。中庭と呼ぶのがしっくりくるだろうか。
完全に城壁の中の生活エリアからこちらが丸見えだが、人が傍に居ないところへ転移できたのは運が良かった。
「……って、シャロとペレットがおらんやんけ!?」
「あれ、もしかして俺ら、面倒なことした感じか?」
「いやいやいや、『俺ら』じゃないで、オレは被害者やぞ!!」
さらっと連帯責任を押し付けてくる青年に、白目を剥く勢いで声を荒げるマオラオ。しかし、青年はそれをじゃれつく犬を見るような眼差しで見つめると、
「あー、まぁその、悪ィとは思ってるぜ」
と、大して反省してもいなさそうに頭を振った。
その振動で、彼の頭にかかった雪が細かくなって地面に落ちる。さらさらとした雪が空中を舞う様子は、さながら粉砂糖が降りかかるようであった。
「あー、とりあえず、お前の能力使ってみねえ?」
「え?」
「あれだ、『監視者』。お前が無線機でシャロのサポートしてっときに使ってる、千里眼の能力があんだろ? あれ使えば、アイツらの位置もわかんじゃねーの?」
耳に入った雪を小指で掻き出して、ギルは何故か開き直りながら提案する。
マオラオの特殊能力『監視者』。
それは、どんなに離れたところでも見ることが出来る『千里眼』の能力である。使用時間に比例して、目に負担がかかるというデメリットを除けば、障害物の有無も関係しない強い力だ。つまり、逸れた仲間を探すのにはうってつけ。
マオラオは、『せやな!?』と紅色の目を輝かせた。
「いっつも物騒な使い方しかせえへんから、思いつかんかったわ。ほんじゃあ、早速使ってみるな。ギルはその間、周り警戒しててくれるか? 使っとる間はオレ、周り見られへんようなるからな」
「うーい」
ギルは、片手を上げて了解の意を示す。それを確認して、マオラオは雪の中から立ち上がると、焦茶色の髪を寒風に揺らして深呼吸。
意識を自身の双眸へ集中させると、紅玉のような瞳を輝かせようとして、
「待てマオラオ、左に避けろ!」
何かの気配を察知したギルが、突然叫び声を上げた。
同時、マオラオは自身の身体を大きく横へ捻る。実際は反射神経が良いだけで、マオラオにはその『何か』がわかっていなかったのだが、それはまるで、ギルに言われる前から『それ』に気づいていたかのような、素早い動きであった。
直後、マオラオの傍を白い光が高速で通過。
そのまま空中を走って、回廊の柱にぶつかった途端、光は霧のように離散した。
その、瞬き2回分くらいの間の出来事に、マオラオは呆然と目を瞬かせる。
「なっ、なん……なんや、今の」
「向こうの柱の後ろに、隠れてる奴が居る……ソイツの仕業だ」
低い声で囁きながら、ある一点を睨みつけるギル。その獣のような緋色の目が捉えていたのは、白い光が飛んできた方向にあった回廊の石柱の1つだった。
そのまま、ギルは柱を睨み続け――ふと、石柱の影から1人の男が現れた。
「ふふ。そんなにじっと見つめられると、照れるな」
「――!?」
「……おや。2人とも、ボクの事を覚えていてくれたのかい?」
唖然とするギルとマオラオの顔を見て、男は驚いたように笑う。
そして、やけにフレンドリーな口調の彼は、細縁メガネの奥に宿る緑色の目で、2人の視線を真っ直ぐに受け止めて、
「確か君達は、何日か前の夜に酒場の席に居たよね? ふふ、驚いたかい。ボク、人に関しては記憶力が――っと、その前に自己紹介をしよう」
「――」
「ボクはアンラヴェル神聖国管轄・聖騎士団長【フロイデ=グラッパーノ】。よろしくね」
そう言って、2人がいつか見た白い制服の男は、柔らかい笑みを浮かべた。
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