第31話 アフガニスタンのライバル

 エグゼクティブルーム宿泊者の専用ラウンジは最上階にあり、人が少なく、静かで落ち着いていた。それ以外の宿泊者は、一階の大きなラウンジが朝食場所となっている。

 それ故に来場者が少なく、朝食をとる客のテーブルも、充分間隔があいている。壁際に連なる窓からマニラ湾が望めた。朝からゆったり食事を楽しむ事のできる演出が、至るところに散りばめられた空間だった。

 私はポールと向い合せのテーブルで、海を眺めながらぼんやりしていた。

「一体、何を考えてるんですか?」

 ポールはクロワッサンをほおばりながら、私の顔にちらりと視線を向ける。

 バッフェは、フィリピンのローカル料理から、和食や欧米風までを対応する品数の料理が揃っていた。

 私はサラダとスモークサーモンにオムレツを取り、ポールと同じく、クロワッサンを皿の上に並べている。

 コーヒーはただの南米産豆だし汁と言っても差し支えない、香りもこくもない代物だった。一流どころでも、コーヒーにまで細心の注意を払う事のできるホテルは、フィリピンに少ない。

 いや、元々文化として、アラビカ種に慣れない国だから、致し方ないのだ。

「朝から中々、贅沢な食事だなと思ってな」

 当然ポールは、そんな私の回答に満足していないだろう。それでもあからさまな顔や態度を見せないところに、彼の懐の深さが伺える。

「コーヒーを除けば、ですかね」

「そんな事まで分かるなら、わざわざ訊くまでもあるまい」

「見える事なんて、大概氷山の一角ですよ」

 ポールの目が一瞬ねっとりとしたものに変わったが、彼は直ぐに視線を手元へ戻し、何食わぬ顔でソーセージをつつき出す。

 私は思わずカップを口に運び、レイチェルの淹れたコーヒーが、無性に恋しくなった。

 私は、声のトーンを落とした。

「マラカニアン宮殿へ行こうと思っている」

 途端にポールの食べる手が止まる。彼は顔を上げ、呆然と私を見つめた。

「勿論、観光ですよね」

「そうだったら気楽だがな」

 またしても、ポールは考え込んだ。彼は既に、私の考えの一端を理解したのだ。

「大々的な国際問題になりますよ」

「そうかもな」

 いつも落ち着いているポールが、動揺している。彼の食事は、完全に中断されていた。逆に私は、そんな彼の様子を無視して、食事を再開する。

「私の一存では、何とも言えませんよ、それは」

「俺の一存でやる」

 ポールが絶句する。フィリピン大統領官邸に忍び込もうというのだから、無理のない事かもしれない。

「もう一度確認しますが、行ってどうするんですか?」

「拉致しようと思う。いや、脅迫だけでもいいかもしれない」

 彼はとうとう、天を仰いでしまった。考えが纏まらないといった様子だ。

 潜入や拉致そのものに、技術的な問題は意外に少ない。しかし、その後の処理が難しいのだ。

 生かして開放すれば大問題となり、殺しても大問題に発展する。フランスの関わりが公になれば国際的に非難され、しらを切って逃げ通せるかは分からない。

 それでもフランスに疑いの目が向けられたら、最後まで知らぬ存ぜぬを通すしかないのだが。

「ばれたら、戦争になりますよ。フランスは、間違いなく孤立する」

 非道を働くにも、限度があるという事か。しかしそれなら、フィリピン側にも瑕疵かしがある。ダークブルーを手中に収めるため、一般市民を追い詰め殺そうと考えていたのだ。

「他にもっと安全で確実な方法があったら、教えてくれ」

 彼は一旦息を飲み、「残念ながら、ありません」と言った。ポールはトンネルを掘っているが、それで上手くいくと、彼も考えていないという事だ。

「悪いが今回は、どうしても死なない作戦でいくしかない。つまり、大統領を盾にする」

 ポールのいつものへらへらした顔が、引きつり気味になっている。

「彼を人質にして、正面突破ですか?」

「いや、それだと芸がない。スナイパーに狙い撃ちされる可能性も高い」

「だったら、一体どんな手で……」

「それをこれから、相談したい。調べてもらいたい事も色々ある」

 彼は、相談の余地などあるものか、という顔をしている。明らかに、腰が引けていた。

「先ずは話を聞きましょう。結論は、それからです」

 その言葉を最後に私たちは一切の会話を止めて、黙々と朝食をとった。


 部屋の窓を通し、マニラ湾が強い日差しを反射し煌めいていた。外気温は、随分上がっているだろう事が、その様子から伺える。しかし部屋の中は静かで、ひんやりとしていた。

 私とポールは、テーブルを挟んでソファーに座っていた。私の淹れたコーヒーが、テーブルの隅に二つ並んでいる。彼はそれに口を付けず、顔を紅潮させ、テーブルの上に置いた私の作戦メモを、腕組みをして見つめていた。

 私は彼に、自分の考えている事を、一通り説明したのだ。

 朝食時に難色を示していた彼は、私の作戦を聞いた後、唸り声を出して黙り込んだ。

 彼はそれまで、聞き手に徹していた。私の説明に対し、質問も一切なかった。時々私の顔をちらりと見て、頷いたり唸ったりしてから、テーブルの上に置いたメモに視線を落とす事を繰り返すのみだった。

 作戦案概要を知った彼は、そこに重大な見落としや欠陥がないかを、じっくり見直しているのだろう。

 彼の言う通り、下手を打てば、重大な国際問題へ発展する微妙な作戦だ。とかげの尻尾切りで収まればいいが、それでどうにかなるかも怪しい。慎重にならざるを得ないのは当然だ。

 しかし、完璧な作戦などあり得ない。作戦行動には、その場の状況次第で、常に臨機応変な対応が求められる。となれば、大きな落とし穴でもない限り、後は踏ん切りの問題と言えた。ポールに、どれだけの度量があるかという事だ。

 それは、国家としてのフランスにも言える事だった。聞かなかった事にするからやってみろと言うか、あるいはそんな危険過ぎる作戦には加担できないとなるか、それは全く予想できなかった。

 一国の大統領に手を出すという事は、余程の大義がなければ禁じ手だ。ポールにもそれが分かっているから、彼は弱気になっている。

 彼はメモをじっと見るだけで、内容については良いとも悪いとも言わなかった。

 私は沈黙するポールへ、畳み掛けるように言った。

「いいか、あんたはこの作戦内容を、上に報告する必要はない」

 彼は短い驚きの声を上げて、私を呆然と見る。意味が分からないといった様子だ。実際、彼は私の言う意味を、理解できていないだろう。

 私は放心しているポールの前に、もう一枚の紙を置いた。

 彼は手に取った紙を上から下へ素早く読み、再び顔を上げる。

「こっ、これは一体、何ですか?」

「報告用の作戦だ」

 私は、ポールがボスに上げるための偽作戦計画を、予め用意していたのだ。そこには、大統領など全く出てこない。しかし、仕方なく本物の作戦へ移れるよう、二つの計画は微妙にオーバーラップしている。

 彼はその偽計画を、「こちらも悪くない」と言った。

「しかし、やや粗いですよ。所々に穴がある」

 そこまで言った彼は、驚きの表情を張り付けた顔を上げる。

「まっ、まさか、失敗前提の計画?」

 私はただ頷いた。彼は二枚の紙を見比べて、再び低い唸り声を出した。

「ブライアンには私から、既に二枚目を報告済みだ。一応、了解をもらっている」

「つまり私にも、上にはこちらを報告しておけと」

「どうせ奴らには、作戦の細かな良し悪しなど分からない。全ては現場で起こる」

 彼はまたしても、瞳を左右に動かして、ニ枚の計画を見比べ出す。

 ポールは暫く顔を上げなかった。真剣に考えてくれているようだ。そうでなくては、私も困る。私は彼を盟友と信じて、自分の考えを打ち明けたのだ。信用も信頼もおけない奴なら、私は全てを秘密にして、独断行動を取っただろう。

 ようやく彼が、私に視線を向ける。前歯を下唇の上に置きながら、彼は食い入る目付きでこちらを見た。

 十秒もそうしただろうか。私の方が視線を反らしそうになった時、彼がようやく口を開いた。

「いいでしょう。この作戦に乗りますよ。後で首になるかもしれませんが」

 思った通りの答えだった。彼にはどこか、通じるものを感じていたのだ。私は、思わずにやけてしまいそうな感情を封じ込め、憮然と答えた。

「死ぬよりはましだろう」

「確かにね」

「紙に表し切れないところが多くある。詳しい説明をしたいが、時間は大丈夫か?」

 彼の顔に、ようやく笑顔が戻る。どうやら彼も、吹っ切れたようだ。

 それから私たちは、夕方までぶっ通しで、細かい作戦の協議を重ねた。彼の意見を取り入れ、部分的に修正が入る。彼は、必要物資のメモを取った。

 フランスから運び入れる物は偽計画に関係する物だけで、本命にしか関わらない物資は、マニラで調達する事にした。この計画を、事前にフランス政府や軍に、悟られたくなかったからだ。


 この協議を通し、私はポールの見識、洞察力、きめ細かさに驚いた。彼の意見が、いつでも随分的確だったからだ。私は思わず、一体どこでそれだけの経験を積んだのか、彼に訊いてしまったくらいだった。

 通常、エージェント間でプライベートを訊く事はないし、仮に訊かれても答えることはない。

 しかし彼は、自分の素性を私に語った。語る理由も教えてくれた。

 孤児だった彼は、某国共産党の秘密エージェント養成組織で、子供の頃から訓練を重ねたメンバーだったのだ。噂に聞こえる、虎の穴出身という事だ。

 五歳になる前から思想教育を受け、同時に命懸けの訓練を積んだようだ。激しい訓練の中で、九割は命を落としたり脱落するらしい。座学は三桁の掛け算を暗記するのは当たり前で、世界地理、歴史、化学、ITや銃器に至るまで、徹底的に叩き込まれる。

 戦闘訓練に至っては、ナイフ一つで生きたワニや虎と闘ったり、紅白に分かれて実弾を使用した戦闘訓練もあったようだ。そして十八歳迄に九割以上がふるい落とされ、生き残った一割に満たない人間が実践配備される。

 つまりポールは、一握りの生き残りという、戦闘部員でエリート中のエリートというわけだ。

 そんな彼がフランスのエージェントとして活動する背景には、驚くべき事実があった。


 ニ○○一年九月十一日、アメリカ国民にとって忘れる事のできない、アメリカ国内同時多発テロ事件が発生。

 当時アメリカ大統領であったブッシュは、テロ組織と徹底的に闘う事を宣言し、これが世界を巻き込むアフガニスタン紛争へと繋がる。

 アメリカは、アフガニスタンを実効支配していたターリバン政権の庇護下にあるアルカイーダをテロ実行犯と認定し、ターリバンの積極関与をも疑った。

 そして国連決議を必要としない集団的自衛権を根拠とし、ドイツ、イギリス、フランス、カナダと共に、アフガニスタン攻撃を開始したのである。

 約二ヶ月後には反ターリバンのアフガニスタン北部同盟が首都カーブルを制圧、アルカイーダはパキスタン国境付近へ逃亡し、それから紛争が予想外に長期化した。

 この紛争には、某国が非公式に関わっていた。某国の本紛争に関する利害は、インドとの関係である。

 インドと某国の国境で両国がいがみあっていることは知られているが、インドはパキスタンとも対立していた。

 パキスタンの戦力はインドに比べて半分程度と小さいため、パキスタンは敗戦の度、インドに領土を奪われていた。カシミールの維持も危うくなっていたパキスタンは、アルカイーダのインドに対するテロ攻撃に期待せざるを得ない状況があったのだ。よってパキスタンは、表でアメリカに協力姿勢を見せながら、水面下でアルカイーダを支援、擁護していると言われていた。

 アルカイーダがインドへ攻撃を仕掛ける事は、某国の利益と一致するという、複雑な絡みがここにある。

 よって某国は、アメリカを始めとする国々のアルカイーダに対する攻撃に、情報収集や裏工作活動を密かに展開していた。その作戦に某国側の人間として加わっていたのが、ポールだった。

 一方でフランスは、表では非戦闘グループとして、アルカイーダが撤退した後の暫定政権を監視、治安維持を目的とした外人部隊の派遣を行っていたが、裏ではそうした某国の裏工作阻止を目的として、特殊部隊を密やかに展開していた。

 当時ここに、私とポールの接点があったのだ。

 アルカイーダは、一旦パキスタン国境の地下要塞、トラボラに立て籠もった。かつてのロシア戦でパキスタンが作った地下要塞だが、当時ロシアはこれを爆撃で破壊できなかった。アフガニスタン紛争の中でもアメリカ軍が地下要塞への爆撃を試みたが、やはり上手くいかなかった、難攻不落の要塞だ。

 しかしアメリカは、打撃を被ったアルカイーダが自然消滅すると考え、同時にアメリカ軍のリスクを考慮し、完全包囲やアルカイーダにとどめを刺す作戦に至らなかった。

 しかしアメリカの予想に反し、アルカイーダは息を吹き返し、アフガニスタン国内で、多くの自爆テロ攻撃を実施するようになる。そしておよび腰となったアメリカに代わり、国際治安支援部隊が、アルカイーダとの戦闘に巻き込まれていった。

 そうした背景の中で、パキスタン国境周辺でのテロ掃討作戦に、重点が置かれるようになる。

 この作戦こそ、まさに某国が妨害したいものであり、彼らは陰で私たちを攻撃し、テロを支えようとした。

 当時私とポールは、そうした対立関係にある組織の中で、お互い反目する目的のために活動していたのだ。

 私たちは主に、自爆テロ防止のため、それと断定できる人物がいたら狙撃をし、あるいは自爆テログループのアジトを襲撃する任務を担っていた。

 ターリバンが首都カブールで、自爆テロを激化させた年である。

 パキスタン国境付近に派兵を集中させていた連合軍は、首都カブールまで手が回らなかった。そこで私の特殊部隊が、カブールへ派遣されたのだ。

 現場で任務へ就くと、実際の自爆テロ実行犯は、大人とは限らなかった。時には愛らしい子供が身体に爆弾を巻き付け、我が陣営に近寄ったり民衆の集まる場所へ紛れ込もうとする。子供であっても、爆弾を抱えている事が分かれば、幼い身体へ銃弾を打ち込まなければならない。本当に爆弾を抱えているのかいないのか、スパイナーにとっては試練の確認作業となる。限りなく怪しければ狙撃するしかないが、その後に子供が無実と分かれば、一生罪の意識に苛まれる事になるのだ。

 引き金を引く際は、究極の緊張状態に置かれる。そして精神が少しずつ破壊されていく。

 それと同時に我々は、狙撃を阻止しようと敵のスパイナーに狙われている。狙撃対象がテロ実行犯かどうかを見極める事に集中する中で、自分が狙撃されて命を落とす者も少なくなかった。

 ある小雨交じりの日、私たち陣営のスパイナーが次々狙撃され命を落とす事件が発生した。それまでも同様の事件はあったが、それはかつての攻撃と明らかに違い、攻撃精度が異常に高かった。

 事態は、敵側に特別な部隊が加わった事を意味していた。高度な特殊訓練を受け、頭脳も腕も熟達した特殊部隊が投入されたという事だ。

 我々の中に、緊張が走った。私は部隊全員に、作戦を一時中断し身を隠すよう命じた。

 私は匍匐ほふくで場所を移動し、スコープで敵の存在を確かめるが、狙撃できそうな場所にそれらしい敵は全く見当たらない。

 次の瞬間、私の腕を銃弾がかすめた。それで私は、相手のおよその位置を推測できた。緊張の中で、再びスコープを巡らす。

 何と敵側の狙撃手は、ニキロも離れた建物の窓にいたのだ。目出し帽を被るスパイナーが、私に狙いを定めていた。殺気を感じた私が直ちに身を隠した直後、自分の脇で銃弾が跳ねる。ニキロの距離がある狙撃ではない。恐ろしく正確だ。

 私は体勢を立て直し、銃を構えた。じっくり狙いを定める時間はなかった。勘を頼りに、引き金を引いた。発射五秒後、私の銃弾は相手のいる部屋の窓辺に当たり、敵も身を隠す。その間私は、じっくり狙いを定めた。いや、計算するのだ。風向き、温度、湿度、地球の自転方向、そして、少し前に定めた狙いと実際に着弾した場所の誤差を。

 目出し帽が、ゆっくり顔を出す。こちらが引き金を引くと、私の銃弾は目出し帽の額に風穴を開けた。しかし、手応えがなかった。それもそのはず、私が撃ち抜いたのは、手に持つただの目出し帽だったのだ。

 それを知ったのは、敵のスパイナーが目出し帽を持ち、物陰から姿を表したからだ。彼は目出し帽と一緒に両手を上げ、戦意がない事を表明していた。

 後ろ向きのため、顔は分からなかった。私は本部へ無線連絡を入れ、敵を逮捕するよう依頼する。誰かがやって来るまで、私は彼をスコープの中で監視し続けた。

 彼は微動だにせず、大人しく立っていた。撃ち殺そうと思えばできたが、私はそうしなかった。彼が一流のスパイナーだったからだ。彼は目出し帽を正確に撃ち抜かれ、素直に負けを認めたという事だ。そんなところにも、私は彼の、一流の気位みたいなものを感じた。


 ポールが語る過去の話に、私は全てを思い出していた。そんな恐ろしいスパイナーに出会ったのは、後にも先にもその時だけで、忘れようもなかったからだ。

 静まり返る部屋の中で、私はポールに訪ねた。

「なぜあんたは、すぐに白旗を上げたんだ?」

 彼は眉根を寄せ、少し悲しげな顔を作った。

「私はあのとき、一度死んだからですよ。あなたはあの距離で、正確に帽子の額を撃ち抜いた」

「逃げて出直す事もできたはずだ」

「撃ち抜かれたのが眉間じゃなかったら、そうしたかもしれませんね。帽子を外したら、私はまだ反撃しましたよ。しかしズバリ眉間のワンポイントだった。これはもう、脱帽でしたよ」

 ポールはへらへらと、軽率な笑いを漏らす。脱帽という表現は、彼の駄洒落だったのかもしれない。

「あの戦争は、酷かった。子供が自爆テロで利用されるなんていうのは、私でも嫌悪感を覚えましたよ。私も子供のときから、道具として利用されてきましたからね。私はあなたに殺されて、楽になれたんです。それでもあなたは、私の背中を撃ち抜かなかった。それでもう、共産党の犬を止めようと思った」

 ポールは着ているシャツを脱いだ。身体には、無数の傷痕が刻まれていた。

「これは実戦の傷痕じゃありません。全部子供の頃からの、訓練の痕跡です。よく死ななかったと思いますよ。私は共産党にとってただの道具であり、第一級の裏切り者です。ばれたら間違いなく殺されます。幸い彼らは、私が既に死んだと思っているようですがね」

「どうしてフランスの諜報部に?」

「あなたが口添えしてくれたと聞きましたよ」

 彼が逮捕されたあと、確かに私は本部へ言った。あれ程のスパイナーは滅多にいないと。様子を見て、使えるようだったら使った方がいいと進言したのだ。

「五年程監禁され、その間に色々な教育とテストを受けましたよ。それで軽い任務が言い渡されて、試されながら、気付いたらフランスの犬になってました。いつかあなたと一緒に仕事をしたいと思っていたんですが、あなたはさっさと退役してしまった。だから今回の件は、正直驚きましたよ」

「驚いたのは、こっちの方だ」

 私は不思議な運命の巡り合わせに、動揺に近い衝撃を覚えていた。

 

 

 

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