第16話 あれやこれやしている間に

 そして、あれやこれやしている間に、週末はすぐにやって来て、演劇コンクールが始まった。会場の客席は、関係者や学校の生徒たちで、ほぼ、満員状態。その中には、もちろんローズがいた。そして、ローズの隣にはローズが電話を掛けていた佐藤もいたのだ。

 各校が舞台を演じる中、天翔学園の順番もどんどん近づいてくる。

 各校は、いじめや不登校、ひとり親家庭に援助交際など社会問題を、オリジナルの脚本で苦悩や葛藤を表現している。

 それに、迫真の演技で、思わず見入ってしまうほどなのだ。

「愛、高校生の演劇も、捨てたもんじゃないな。思わず、舞台に引き込まれちまう」

「そうね。脚本だってしっかりしているわ。思わず現実に在った話かと思ってしまう」

「これに比べたら、俺らの劇は中学校のクラス発表会だな」

「そうね。まったく、心配して損しちゃった。大体、演目がシンデレラなんて笑っちゃうね」


 そう、シンデレラである。

 一応ストーリーをおさらいしておくと、父親が再婚することになって、継母(ままはは)に育てられることになったシンデレラは、貴族にも関わらず、ぼろぼろの服を着せられ、朝から晩まで家事一切をやらされ、寝室もなく、あまりに寒いため、シンデレラは暖炉の灰にくるまって寝ているので、シンデレラ(はいかぶり)と揶揄され虐待を受けている。

 ある時、王国の王子の花嫁を決めるために、王国の年頃の女性を王城に招き、三日間、舞踏会が開催されることになった。

 当然、継母や姉たちは勇み立ち、大金を掛けて、衣装を用意万端整えて、舞踏会へと出かけていく。もちろん、シンデレラに来た招待状は、死んだことにして握り潰している。

 継母や姉たちがお城に出替えた後、シンデレラが泣いていると、そこに、魔法使いのおばあさんが現れて、魔法で従者と馬車それにドレスを作り、魔法のガラスの靴を渡すのだ。

「ただし、真夜中の十二時を過ぎれば、魔法が解けるわよ」

とシンデレラに伝えて……。


 そして、お城に出かけたシンデレラは、王子様に見初められて、一緒に踊ることになったのですが、真夜中の十二時の鐘を聞き、魔法が解けるのを恐れて、王子様の手を振り切り、お城を逃げ出すのだ。

 その時に、魔法使いから貰ったガラスの靴を落としていってしまうのだ。


 王子様は、舞踊会で踊ったシンデレラのことが、忘れられずに、娘が落としていったガラスの靴をたよりに、シンデレラを探して、国中を歩きまわります。

 そして、シンデレラの家にもやって来て、ガラスの靴を姉たちに履かせようとしますが、上の姉二人は、足が大きくて入りません。そこに、シンデレラが進みでて、ガラスの靴を履くと、ピッタリはまって、あら不思議、シンデレラは舞踏会のドレスに変身して、王子様と結婚して、めでたしめでたし、だったはず?

 達也は、実際にはうる覚えだったのだ。


 そして、天翔学園演劇部の舞台が始まる。

舞台上では、シンデレラと優しかったお母さんが病気で、死に別れるシーンが演じられている。

「いつだって、神様を信じるいい子でいてね。おかあさんはいつも、あなたのそばで見守っていますからね」

 女の子の頭を優しくなでた後、目を閉じ、息を引き取るおかあさん。


「息を引き取るところから始めるんだ。それにしても、悲しい演技だね」

「そうね。思ったより、全然上手ね」

 舞台そでから、見ている達也と愛は、すでに胸が熱くなっている。


 そして、継母が女の子の家にやって来て、傍若無人な振る舞いを始める。

 部屋にいた女の子に向かって、

「この部屋は、娘が使うのよ。あんたは台所で寝泊まりしなさい。それに、そんな綺麗な服はあんたに似合わない。これを着るのよ」

 そういって、女の子を部屋から追い出し、みすぼらしい灰色の服を着せるのだった。

「それから、働かないとごはんは食べさせないからね」

 そう言うと、朝から晩まで、女の子をこき使うのだ。へとへとになった女の子に、今度は二人の姉が意地悪をする。台所のかまの灰の中に、豆をばら撒き拾わせるのだ。

 そして夜の寒さで、寝られない女の子は、かまどの灰にくるまって寝るしかありませんでした。

 それで、女の子はいつも灰だらけの恰好をしていました。

 継母たちは、女の子を灰かぶり(シンデレラ)と呼んではやし立てるようになったのです。


「くそ、あいつ等、恋さんを! 俺が人の道って言うやつを教えてやる!」

「達也、待ちなさいって、あれは演技なんだから」

 舞台に飛び出しそうになった達也の首根っこを摑まえて必至でとめる愛。

「それにしてもいい演技ね。私でさえ胸糞が悪くなる」


 ある日、父親は遠くの町に行く用事が出来ました。

「お前たちに、お土産を買って来てやろう。何がいい?」と父親は娘たちに訊ねました。

「私たち、宝石やドレスが欲しいわ」上の二人の娘は、贅沢を言いました。

「お父様の帽子に引っ掛かった小枝が欲しいです」シンデレラは言いました。


「おい、あの父親の目は節穴か? 一目でシンデレラがいじめられているって分かるだろうが!」

「達也、大人の事情があるのよ。もし、父親が咎めれば、シンデレラはもっと虐められるでしょ」

「そうか、それにしても、威厳のないおやじだ。それに、小枝ってこんなシーンあったかな?」

「ああ、これは、原作のグリム童話だわ」

「グリム童話? なんだそれ?」

「だまって観ていればいいのよ」

「ちぇ、わかったよ」

 達也は、おとなしく劇を見守ることにする。

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