神ってんじゃねーよ
ベイルガード殿下はその秘密の部屋の中に置いてある、ソファに座った。手招きされたので私も殿下の隣に座った。
殿下は私と体を密着させて腰を触ってくる。今はふたりきりなので、砕けた感じになっているみたい。実はベイルガード殿下はスキンシップが大好きらしいです、オホホ。
「クリュシナーラから見ると恐らく馬鹿馬鹿しいことだとは思うが、私達のご先祖が兄弟同士で一人の女性を取り合い?というものではないかもだが、兎に角…そういう状態になっているらしい。ここまでは分かるな?」
「うん、そうね」
「どうやら今までの聖女やらビィブリュセル神の行動から察するに、神は直接には人間界の事情に絡めないようなんだ。だから聖女を連れて来ては…揺さぶりをかけてくるというか…」
私はポンと手を打った。
「分かりましたよ、ベイルガード殿下。つまりは男女の痴情の縺れで今のステライトラバンの聖女の件が起こっている訳ね」
ベイルガード殿下は困ったような顔をした。
「あのね、歴代の聖女の為に言うと…こんなに使えない…ゴホン、難しい扱いになる聖女は今回が初めてなんだよ。いつもは神力で人々の為に奉仕することを率先してくれる方ばかりで…だから今回の彼女達は、異常事態なんだ」
ニジカ=アイダもマユリ=ササキも異常事態扱いだ。
「そもそも、ビィブリュセル神からユキをよこせ~みたいなことは今も言われているの?」
「神殿にたまにユキの行方を捜せとご神託があるらしい…ここ数年は無いらしいけど…」
なんだそれ、神様のくせにストーカーじゃねぇか。ていうか、神様なのにユキさんのことが分からないの?
ベイルガード殿下はちょっと唸った後に私の耳元に口を寄せた。
「これも秘匿の事だが…ユキ、初代ステライトラバンの国王妃になられた方が日記を残されているんだ」
「まあ!それで?」
「ユキ様がご存命の時でも、ビィブリュセル神からちょっかい…というのかな?が、かけられていて一族で話し合った結果、弟神夫婦の神力の使ってステライトラバンの王族全員の受け継がれた神力に封印をかけたらしい。つまりビィブリュセル神に一族が見つからないようにする為かな?だから私達、直系の王族でも神力は封じられていて使えないんだよ」
なるほど~どうりで殿下達からはあの怖い神力を感じないと思ったよ。聖女の息子の神官長からは感じるもんね。
ん?聖女の息子?あれ?今引っ掛かりを感じたが…
「だからユキ様が亡くなられているのも…実はビィブリュセル神は気が付いていないんじゃないかと思うんだ。だから今でも聖女を異世界から呼び続けている」
そっか…それを考えるとビィブリュセル神が可哀相な気もするし、でもそんな勝手な理由で呼ばれる異世界人もたまったもんじゃないよね。
「異世界人が選ばれる基準とかあるのかな…」
「聖女に聞き取り調査をして一応、報告はあるよ?」
なんだって?!そんなデータがあるのか?ベイルガード殿下は本棚から何か取ってきた。横から覗くと文字ばっかりの、聖女の関連の書物だということは分かる。
「え~と聖女の年齢は平均で二十才、ニホンという国から来た聖女の数が圧倒的に多いな。共通して言えるのは皆、真面目で大人しい」
なるほど…それは国民性といいますか…そうだ!今引っ掛かりの正体に気が付いた!とんでもないことだけど聞いてもいいのかな?
「あの…聖女って処女を失くすと聖女じゃなくなるんですよね?でも神官長は神力ありません?聖女じゃなくなった女性から生まれても神力って遺伝するんですか?」
ベイルガード殿下はニヤッと笑った。
「ああ、あれ?実は処女性は関係ないという調査結果があるんだ。実は聖女に入念に聞き取り調査をしたが、聞かれて恥ずかしくて未経験ですと嘘をついた…と言った聖女が全体の三割いた」
ええっ…とも思うけど、初めて会うおっさん達にお前は聖女か(処女)か?と聞かれて何そのセクハラ、くそオヤジキモイ状態になるだろうし…私だったら聖女じゃねーし、そんなセクシャルな話題、誰が言うかっボケ!
…と言ってしまうだろうしね。
「じゃあ、ニジカ=アイダに散々言っていたのは関係ないの?」
「関係ないね、私があの人と婚姻したくなかったから理由付けにしただけ」
ハハ…そうですか。まあ気持ちは分からんでもないけれど…
「だったら何故ニジカ=アイダに聖女の力が無いのか…気にならないか?」
「そうですね…神力無しの聖女?変ですね…」
「私が思うにマユリ=ササキに関係しているのじゃないかなと考えている。転移してきた同時期に同じ場所に居た…とマユリ=ササキが証言していただろう?」
「していたね…オバサンが現れて…神官が来て聖女だ…とか見てたって言ってたし」
マユリ=ササキのオバサン発言を思い出してしょっぱい気持ちになる。何もあんな言い方しなくてもいいのにさ…
「事例が無いので、神官長もまだ明確には賛同してくれてはいないが…たまたまマユリ=ササキと一緒に来てしまったのじゃないか…と」
「たまたま……」
そういえばニジカ=アイダは玄関開けたら異世界だった…と言っていたけど、マユリ=ササキはどうだったんだろうか。
色々調べてみないと分からないことがあるね…
結局謎のままだね…という結論が出て、ベイルガード殿下と秘密の部屋から出て、お互いの執務室の前で別れた。
私が部屋の中に入ると、クールベルグお兄様とお兄様付きの侍従のミイチェと私付きの侍従のマネージさんが必死の形相で書類を作成していた。
「聞いたか?この忙しい時にルーロベルガ帝国の皇太子殿下が表敬訪問に来られるんだって。砦の術式を盗むのは止めて、公共事業や政策の取り組みを堂々と盗用してやろうってつもりなんだろうな」
お兄様、言い方!
「ステライトラバンの良い所を真似してくれたらそれはいいのよ。あんな卑劣で恐ろしいやり方をしないでくれたのならそれでいい…」
「…そうだな」
私がそう言うと、ハッとした顔のお兄様は小さな声で同意してくれた。
そう…勝手に蹂躙してきて、傷付けておいて謝罪無しなんて…やり方が酷過ぎる。あの事件の首謀者は皇太子殿下なのか?それとも第二皇子なのか…ああ、ムカつく。
私とお兄様が書類に潰されそうになっていた頃……ベイルガード殿下は見付かった聖女とご対面していたらしい。
ところが、夕食時にベイルガード殿下にお聞きしたところ、本人は聖女だと言い張るのだが
「神力ゼロ?」
私はベイルガード殿下に聞き返していた。
「確かに、神殿の中にあるビィブリュセル神の神力が籠った神石が輝いて、聖女の居る方向を光りが指し示した。それで神官達が聖女を迎えに行ったが…本人は選ばれた!とか異世界ウエイ?とか言っていたけど……ニジカ=アイダのこともあるので、その場で治療が使えるか、魔が祓えるか、確認したら全然ダメだったらしい」
異世界ウェーイ…かな?既にポンコツの兆しあり…だ。
「それは…ではその異世界人はどういう扱いになるのですか?」
一緒に夕食を食べていたクールベルグお兄様の問いかけに、ベイルガード殿下は苦笑した。
「ただの異世界人…という形になったらしい。孤児院で一時身元を引き受けて…成人ならばいずれは働きに出なくてはいけないだろうな…」
「そりゃそうですよ、働かざる者食うべからず…です!」
それって何?とかベイルガード殿下に聞かれて、ド庶民魂について説明したり…してその日は一日を終える予定だった。
え~とね?
王太子妃の部屋の前なんですよ、うん。隣は王太子殿下の部屋ですね!あ~でね、ベイルガード殿下と部屋まではいつも一緒なんだけど、今日は…ベイルガード殿下が手を離してくれないだよね~?アハハ…なんだろ…
「もう少し一緒にいたい…ダメか?」
あ……この殿下スキンシップが好きだったね、と周りを見ると護衛のお兄さん方もメイド達の姿も見えない。近くにはいるんだろうけど、隠れている。
気を利かされたのだろう。
繋いだ手は温かい……嫌なら近付かれるのも駄目なのだろうし、ここまでの接近を許しているあたり、私も絆されている。
「いいですよ…」
静かに自分の部屋へと誘った。
室内に入ると、ベイルガード殿下が私を抱き締めてきた。殿下ってめっちゃ筋肉質だね…硬い体…でも嫌じゃないんだよねぇ…はぁ心地よい。
ゆっくりとベイルガード殿下の顔が近付いてくる。
私もそっと目を閉じた。
私の唇に殿下の唇があたる…その瞬間
「殿下っ?!殿下?!」
「っ!?」
私は突然の廊下からの声に驚いて抱き合ったまま飛び上がった。
声の主は殿下のお付きの侍従の方だ。
ベイルガード殿下は、なんだよ…とか小声で呟きながら廊下に出て行った。
私も廊下に顔を出すと、廊下で殿下と侍従の方は何か話している。
ベイルガード殿下は難しい顔をしながら私の方を顧みた。
「今日見付かった聖女がいなくなったそうだ」
「ええっ?!」
ベイルガード殿下と侍従と近衛のお兄様方と共に、足早に移動しながら状況を確認した。
神殿で一時保護した後、神力無しの判定を受けた異世界人、リカ=タケジマは最初は文句を言っていたそうだが、異世界からの迷い人だと諭されると渋々だが受け入れたそうだ。
「孤児院へ行って手続きした時は大丈夫だったのですよね?」
廊下を歩く途中、内務省の役人棟に行って、神殿の神官と一緒に聖女判定に立ち会って役人の三人と話しながら再び移動をした。
年配の役人のおじさんは顔色を悪くしている。
「クリュシナーラ様が打ち出された政策の一つの、就職準備金制度を利用して…当面の生活費は借り受け出来ますから…職さえ見つかればこちらでの生活は安定しますよ…とお伝えしたら、少し笑顔を見せて頷いていて、そんなおかしな様子ではなかったのです」
もう一人の若い役人の方が言葉を続けた。
「孤児院で女性職員の方と同部屋にしてもらって、ここでの生活に必要な知識を少しづつ学んでいけば…なんて孤児院の院長とも話してお願いしてから我々は帰って来たんです。そうしたら…部屋に入った所までは女性職員の方も見ているのですが、女性職員の方がお手洗いに行って帰ってきたら…もう部屋にいなかったと…」
更にもう一人の若い役人の方が
「逃げたのでしょうか…」
と、ベイルガード殿下の方を見て、顔を引きつらせている。
「逃げてもアテがある訳ではないだろう?」
「そうですね…」
異世界から来たばかりでどこに逃げるというのか…
ベイルガード殿下は警邏部隊の隊長と捜索の打ち合わせをしてくると行って、軍部の方へ行ったので私は役人の方々と魔術師団の詰所に行った。
ちょっと試したい魔術があるのだ。
生憎と師団長のケイルは帰宅していて不在で、副師団長のビールさんしかいなかった。ビールさん…名前がヤバイ、生ビール中ジョッキが飲みたい…乾杯ー!
「追跡…ですか?」
ビールさんはキョトンとした顔をしている。そりゃそうだ、魔力を追跡なんて出来るのか?なんて思っていても仕方ない。
「普通の人でも魔力を感じることは出来ます。これは魔力持ちの方では当たり前です。ですが、私からすると『魔力を感じる』なんて有り得ないことなのです。つまり、魔力を感じる能力があれば、どなたでも魔力を見付けることが可能なのです。魔力感知です!という訳で、まずはこの持参した魔石にとある方の魔力を籠めて頂きました。早速私が開発した魔術式で探索してみましょう」
私は副師団長に魔石を見せて、描き上げてきた魔法陣の上に魔石を置いた。魔法陣が光り輝き…魔石が空中に浮くと魔石から光が一筋放たれた。西南西の方角。
「光が差す方向にとある方が居ますね、地図を…」
魔術師団の団員が周辺地図を持って来てくれた。
「魔術師棟から西南西…ズバァリここだぁ!」
私はビシッと地図のある建物を指差した。
「ここは魔術師の、ど…独身寮ですか?え?」
ビール副師団長に笑ってみせると光りが指す方向、王城に阻まれて視えない方向にある、魔術師団の術者専用独身寮の方角を指差した。
「この魔石の魔力の持ち主はズバァリ、師団長のケイルです!」
「おおぅ!」
「今、独身寮で就寝していることは確認済みです!」
「おおっ!」
「今回は大雑把な特定方法だったのですが、例えば行方不明の方の捜索に役に立てるかな~と思いまして…」
魔術師団の皆様や内務省のお兄様達が詰め寄ってきた。
「魔力の籠った…普段から本人がよく使っていた日用品などがあれば魔力を感知しやすくなりますよね~」
この感知魔法は名付けて…『ココホレワンワン』だ!
「ただ…今回の聖女の行方不明で使えるかも…と思ったのですが、聖女は魔力が無いのですよね…うっかりしていました」
私はこの感知魔法が使えることに気が付いて、慌てて魔術師団に来たものの…コレの説明をしている時に肝心な事を忘れていたことに気が付いてしまい、ショックを受けていた。
聖女は神力を持つ。そして魔力を持たない…これじゃ、この感知魔法が使えないじゃない…かと。
するとビール副師団長は首を捻っていた。
「魔力が無い?おかしいですね、聖女といえども必要最低限の魔力はあるはずなんですが…異世界人が特殊な訳じゃないですよ?だって歴代の聖女方は皆さん、神力も魔力も両方お持ちだったですし…」
「なぁ…んだってぇ?!」
え?でもニジカ=アイダって神力ゼロ、魔力ゼロ…だったよね?聖女じゃなくても魔力はあるはず、なの?待って待って?マユリ=ササキは?神力はあったよね?
じゃあマユリ=ササキは魔力は?
「あの、聖女って神力を失うことってあるんですか?」
「年齢と共に減少する…とは聞きますが、そうすると入れ替わりに魔力量の方が増えると聞きますよ?」
これは新たな発見だ…いや今知った所でどうしようも無いんだけど…じゃあマユリ=ササキは神力が強い代わりに、今は魔力は少ないということか。
私じゃそこまで魔質が視えないから、見落としていたのか。そうか…何も改めて聞いたり確認したりすることじゃないんだ。
だってこの世界の人にしてみれば、魔力があるのが当たり前なのだから。
「あなたの体に血液無いの?」
と聞くのと同じようなものなのかもしれない。つまり魔力無しのニジカ=アイダが異質過ぎる…ということだった。
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