怪談アーリーデイズ

蒼 隼大

通り雨 (テーマ:熱帯夜)

 面白くもないTV番組をなんとなく観ているうちに、気が付けば時刻はすでに深夜。今日はいつにも増して蒸すなぁ、などと思っていると突然、開け放した窓から雨の匂いを含んだ涼しい風が吹き込んできた。しばらくして、サァーッという激しい雨の音。やはりいつもの通り雨か。山沿いのこの辺りの、突然降りだして短時間で去っていく深夜の通り雨は夏の風物詩のひとつと言っていいだろう。

 やっと涼しくなったところで窓を閉めてしまうのはちょっと惜しい気もするが、放っておくと窓際が水浸しになってしまうので、とりあえず雨が止むまでは窓を閉めておかなくては……そう思いながらもサッシにかけた手が思わず止まってしまったのは、眼下の道路に異様な光景を見てしまったからだ。降りしきる雨の中、傘もささずにゆっくりと、足を引きずるようにして無言で歩く白装束の行列。辺りの暗さと、路面を叩く雨の白い飛沫のおかげで顔まではよくは見えないが、どうやらその集団に年齢や性別の統一性はないように思える。何かの祭りか儀式だろうか?それにしてはこの住宅地に住み始めて数年間、そのようなものがあるとは一度も聞いたことがない。第一、最近になって造成されたこの地域にそんな古い風習があるはずもないだろう。

 では、この行列は何なのだろうか?その行く先に興味を覚え、進行方向に眼を向けた私はギョッとして思わず言葉を失った。真っ直ぐな道路を行く行列は何処までも続いており、その先頭ははるか彼方の闇に消えていたのだ。では、最後尾は?慌てて逆の方へ眼を向けると、同じくそちらも視界のはるか向こうまで続いているようだ。少なく見積もっても数百人程度ではあり得ない。例え祭りか何かだとしても、とても考えられない人数だ。いったい、これは何なのだ?呆気にとられながらも、家の前を通過していく無数の白装束を見送ってどのくらいの時間が経っただろう?やがて雨が小降りになって止んでしまうと、行列はそれに合わせるかのようにスウッと闇の中に消え失せてしまった。残されたのはただ雨に濡れ、街灯の明かりをてらてらと反射する黒々としたアスファルトの道路と、通り雨が去ると同時に蒸し暑さを取り戻そうとする夜の空気のみ。

 暑さとは異なる原因でにじみ出た冷たい汗が、つうっと背中を流れていった。彼らが何者なのかは判らないが、恐らく通り雨の中に棲む、人間以外の「何か」だったのだろう。どちらにしろ、見てはいけないものを見てしまったという思いだけが強く感じられ、逃げるように窓を離れた。いつの間にか足元に吹き込んできた雨が部屋の中に大きな水溜りを作っている。 

 その中で、あの白装束の行列はまだどこかに向かって歩き続けていた。


*幽vol8(メディアファクトリー刊)掲載作品

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