第4話 『九番目の森』と『始まりの森』
この世界は森が基本になっている。各大陸に主たる森がありその森の主たる木に精霊がいて、その森からマナがあふれていって世界を満たしていく。精霊はそこに常駐しているわけではなく通いで通勤しているような感じ。いや、短期間アルバイトの感じかな。度々主たる木に宿りに行くというかつまり、そこの木の中にお昼寝をしにいく。精霊はお昼寝が大好きなのだ。
この世界には『始まりの森』から『13番目の森』まである。それぞれの森に主たる大木があり、その大木よりマナが世界に流れるようになっている。
大陸は、ハジーマ大陸(始まりの森)、ニバーン大陸(2,3,4番目の森)、サバーン大陸(5,6,7番目の森)、シバーン大陸(8,9,10番目の森)、ゴバーン大陸(11,12,13番目の森)と5つあり、各々の大陸にハジーマ国、ニバーン国、サバーン国、ゲスターチ帝国、ゴバーン国がある。
ゴバーン国だけが獣人の国で後の三国は人間の国になっていた。
ゲスターチ帝国はシバーン国だったけど勝手に名前を変えたらしい。そして、海を隔てた隣の大陸のニバーン国、サバーン国に時々、ちょっかいをだしてくる。
四つの大陸の真ん中に位置するハジーマ大陸は渦巻きの激しい海に囲まれていて、どこの大陸からも渡る事はできないし、そこには精霊の国しかないので人間がくる事はない。
完全な鎖国状態になっている。精霊は人間の事をあまり気にしていない。
私が以前、この世界をフラフラできたのは海の上もフラッーと飛べるのだけど、各地にある主たる大木の洞から洞へと自由に移動できたというのが大きいかもしれない。各大陸に三つずつ主たる森があり、その主たる森からあちこちにある森の主たる木の洞に移動できる。これは本当に便利だった。
この洞から洞への移動は人間たちには使えない。入ろうとすると見えない壁に弾かれてしまう。精霊たちだけが利用できる移動手段だった。
各大陸の人の営みや風俗、めずらしい風習、そして異世界の景色はすばらしいもので、かなり長い観光旅行みたいな感じで異世界見聞を楽しむ事ができた。ほんと、異文化って見るだけでも楽しい。
これで、ご飯を食べる事ができたらどんなによかったか……。各地の民族料理みたいなのが美味しそうだった~。
あぁ、主たる木の洞から移動できるかもしれない。今回は実体があるけど取りあえず行ってみよっと。さて、主たる木はどこ? 目を瞑って主たる木を捜してみる。
あった! マナが流れくるのがわかる。でも、弱い。
しかも、途切れ途切れ……それで、森が弱っているの?
主たる木は見つかったけど、本来の主たる木の大きさではなく普通の木の大きさ。洞も小さい。
こんなに小さいと、入れない!
でも、洞にそっと触ってみた。すると洞がスルスルと拡がっていって人ひとり充分入れる大きさに。
――ありがとう。使わせてもらいます。
私は洞に入ると主たる森の洞へと想いをこめて木の壁に触れた。
景色がゆれると、其処はもう主たる森の洞だった。かなり大きい洞。ここは『ゲスターチ帝国』なので、『9番目の森』ね。
洞から外の森をのぞくと森全体がくすんで見える。以前に比べると色が褪せているというか、まるで絵に薄っすらとすごく薄いうすい靄をかけたみたいな感じになっている。でも、薄すぎて普通の人は気づかないかな。気づかないという事はある意味幸せな事かもしれない。
主たる木の根元には、ちょっと見にはよくわからない扉がある。そこからあわてて美しい若者が転がり出てきた。
「姫さま、お久しぶりでございます。」
美しい青年がハラハラと涙をこぼしながら跪いた。
えーと、どちら様でしょう?
でも、扉から出てきたという事は九番目だし私の事も知っているようだし……。
「クリンでございます。姫さまより九番目の長を拝命し、永の年月、姫さまにまたお会いできる日をお待ちいたしておりました。あまりにお会いできないので、もう、あきらめかけておりましたが、今、またお姿を拝見し、嬉しくて……、嬉しくて……」
青年はポロポロと涙をこぼしながら私の顔を見て、また、感極まったように泣き出した。
――そういえばあの時に少年、少女になった精霊の長老たちに名前をつけて『主たる森の長』に任命したのだった。『二番目の森』の長が『ニリン』『三番目の森』の長が『サンリン』……『九番目の森』ですから『クリン』ね。忘れないように覚えやすい名前にしてみた……。でも、大人になったね~。私と変わらない歳にみえる。
「ず、随分、大きくなりましたね。立派になったものだから分かりませんでした」
「ありがとうございます。姫様はお変わりなく」
私は5年年取ったから23歳。……十代とはだいぶ違ってきているような気がしないでも……まぁ、いいとして。
「なんだか森が少しくすんで、元気がないようにみえるのですけど……」
「300年ほど前から少しずつマナが減りはじめ、世界は再びゆっくりと滅びに向かい始めました」
「えっー、また! ですか」
「はい、さようでございます。でも、姫さまが来られたからにはもう安心です。それに再び、姫様にお会いできるとあれば最長老はじめ皆どんなに喜ぶことでしょう」
「えーと、会いたいと思ってくれていたのですね」
「はい、姫さまにお会いできてうれしいです」
「ところで、他の土地もくすんでいるのですか?」
「世界は荒れ始めております」
「荒れて……」
「…………はい」
「『始まりの森』は……」
「まだ、それほど変わりはございません」
「『始まりの森』にいきます」
「お供させてください」
「えぇ、行きましょう」
クリンと『始まりの森』に向かう事になったけど、何かさっき300年とか……言っていたよね。私にとっては5年ぶりだけど時間の流れが違うの?
そういえば異世界で100年過ごしたはずなのに、帰った時には元の時間とほとんど変わりがなかった。
夏休みだから良かったけど帰ってしばらくは精神的浦島太郎状態というか、心のリハビリを必要とした。でもあの時は久しぶりに食べたご飯がとても美味しかった。
帰った時に、人についているコビトが視えるようになった事にびっくりしたけど、精神年齢的には既に100歳越えの気分だったので、何事にも動じない、精神的強さをもって対応する事ができたと思う。図太くなったともいえるけど……。なんか、年取ると開き直っちゃうみたいな。見かけは若者、中身はオバサン……。いやいや、私はまだ乙女。名前も乙女だし。
主たる木の洞から『始まりの森』の『始まりの木』の洞まで跳んだ。私は洞の部屋の中に出たが、クリンは一緒ではない。
同時に転移しても、私以外の精霊たちはこの大木の下に現れるのだ。
『始まりの木』から他の大木の洞へと出かける時は、精霊たちもこの洞の前室から移動しているのに……帰ってくるのは『始まりの木』の下になる。
懐かしさにドキドキしながら洞から外を覗いてみると、クリンはすてきな小父さまと一緒にこちらを見ていた。
――あれは間違いなく最長老のリヨン。面影がしっかりあるもの。美少年だった長老は素敵な中年なりかかりといった風情だった。美形は歳をとっても美形で、やがては美老人になっていくのだろうか。
「姫さま……」
最長老のリヨンは涙目でこちらを見つめている。あっ、涙が、ぽたぽたと…… みんな、涙もろい……。
「お、お帰りなさいませ」
やっぱり……ただいまと言わなければいけないよね!?
「ただいま、帰りました」
「お待ち申し上げておりました。また、お会いできて嬉しいです」
「姫さま」
「姫さま……」
「帰られたのだな」
「良かった」
「嬉しいです」
「姫さま……」
あちらこちらから、あっという間に精霊たちが集まってきた。あんなに小さかったのに、いつの間にか大きく育って……。
私と同じくらいの年に見える。美形だけど……。大木の下におりていくと精霊たちに囲まれた。
「皆大きくなりましたね。また会えてうれしいです。」
「姫さま」
「姫さま」
「本物だ」
「やっと、会えた……」
「嬉しいよぉ」
「変わらない」
「姫さま~」
「よ、喜んで迎えてもらって嬉しいです。でも如何して、森が弱ってきているのですか? 何があったのでしょう?」
最長老のリヨンが私を見つめながら嬉しそうに答えてくれた。
「姫さまが前に加護で世界を満たしてくださったので『始まりの木』から世界に向けて豊かにマナがあふれていたのですが、300年ほど前より少しずつ『始まりの木』から出てくるマナが減りはじめました。今では世界のマナも、減り始めてきています。」
「姫さまが帰ってこられない事に『始まりの木』が悲しんでいるのかもしれません……」
「私が居ないから、マナ不足になったのですか!?」
「それは、そのとおりでございます。姫さまがいらっしゃるだけで、この世界は喜び歌うのです」
「私って何なのでしょう?」
「尊いお方でございます」
「私、地球の日本で生まれて……、5年前までごく普通に暮らしていた普通の人間だわ。精霊でもないし前回は半透明だったけど、今回は実体があるし……」
「姫さまは、以前こちらへ来られた時は精神体のみでいらっしゃいましたが、今回は体を持ってこられました。今ならわかります。姫さまは精霊でいらっしゃいます。人間ではございません。もしかすると伝説の存在かもしれません。」
「精霊って……」
「その事については、後ほどお話させていただくとして……実体があるのでしたら、お食事もできるのではないですか?」
「そう、そうです。実は捨てられた森で木に触ったら、桃の実のようなとても美味しい果物がむくむく~となって食べたらとても美味しかったのです。」
「姫さまが望めば、すべての果実は喜んで実をつけると思いますよ。でも捨てられた、とは?」
「実は、ゲスターチ帝国の勇者と巫女の召喚に巻き込まれてこちらへ来たらしくて、一般人なのでと森の奥に捨てられました」
「また、あの国ですか!」
「そう、あの国です。神官もたくさんいましたね」
「あの国だけが世界の成り立ちを理解しようとせず、勝手なことばかりしています。森の精霊の言葉に耳を傾けようともしません」
「勇者と巫女の召喚をしたという事は、また『封印の精霊』と称して精霊狩りをするつもりなのでしょうか」
「ここ最近は、マナ不足のため人間の国でも魔法が使いにくくなってきたようです。精霊を封印してマナをとりだす事で魔宝玉をつくり大きな魔法を使えるようにするつもりでございましょう」
「では、クリンが危ないですね」
「ええ、勇者と巫女は、『9番目の森』のクリンのところに向かうでしょう」
「でも、クリンは今ここにいますね」
「さようでございます」
「ここにいれば、いいのではないかしら」
「はい、姫さまがお戻りになられたので世界のマナはすぐにでも満たされるでしょう。クリンが主たる森にいないために多少あの国のマナの戻りが遅くとも問題はございません」
「8と10の森のハリンにトリンはどうしましょう」
「すぐにこちらに呼びよせましょう。姫さまのおそばにいられると喜びますでしょう」
「森への影響は大丈夫ですか」
「他の大陸よりシバーン大陸の回復が多少遅れるというだけでございます。ところで姫さま、そのお衣装の後ろにくっつけている者たちは?」
――えっ、なんの事?
後ろを向くとコビトが2人、縮こまるように小さくなって両手で私の上着の裾につかまっていた。私の体に触れないように空中でバタ足をしている。今まで気がつかなかった。コビトって空を泳げたのね。
このコビト達は勇者と巫女、つまり高校生と真紀さんに付いていたコビトだ。高校生のコビトは学ランを着ていて、真紀さんのコビトは朱色のワンピース。
コビトがついていた人から離れて移動できるなんてビックリだけど、どうして私に引っ付いているの? バタ足はかわいいけど、下を向いているので顔は見えない。
「この子たちは勇者と巫女のコビトです。いつの間にか付いてきていたのです」
「変わった形の妖精に見えますが」
「私にも何かよく解らないのですが、私のいた世界に戻った時から人に付いているコビトが、見えるようになったのです」
「話しをすることはできないのですか?」
「言葉は出ないようなのです。ただこちらの言うことはよくわかるみたいで、身振り手振りで伝えようとしてくれるコビトもいます」
「人間の国で時折見かける妖精に似ていますね」
「そうですか。君たち、私の手の上に乗ってもらえますか?」
私がコビト達に話しかけると、二人は空中を泳ぐようにして回ってきた。そして、私の手の平に留まると正座をして頭を下げた。これは土下座? 手のひらの上で、だけど……。
そうされても、どうしよう。あの二人の代わりに謝ってくれているみたい。それは、解るけど。でも……コビトっていったい何なの?
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