第2話 困った事になっていますが、私のせいではありません。なのに……もっと、困ったことになってしまいました。

 買い物を終えて早めに帰ってきた。菜っちゃんに電話しなくては。

まだ会社のはずなので、留守電に伝言をいれた。


「緊急事態! お家に帰還しだい連絡ください。……ただし、ご飯食べた後でね」

 一人で抱え込むのは無理な案件なので、お友達に相談、というか、まぁ、巻き添えになってほしいというか……。


「きーちゃん、何々、何があったの~」

菜っちゃん、声がわくわくしている。

「手をつないだ亀さんと真紀さんに遭遇しました!」

「うっそ――! 大胆!」

「ほんと、ほんと、あの『サルルサ』で手をつないだまま、ケーキ選んでいた――」


 手を繋いだままケーキを選ぶカップルってあまり見ないと思う。ラブラブ? なのかな~。

ケーキの美味しいお店の名前は『サルルサ』。この名前って猿に何か、所縁があるのかしら。


「今日、亀さん、会社に居たよ。じゃぁ、仕事中にデートなの! 本当に周りが見えなくなっているのね」

「これは、他にも、目撃者がいるかも……」

「でも、直接会ったのは、きーちゃんだけだよね。」

「たぶん……。う~ん。これは……」

「まずい! やばい! 真紀さんっておヒスタイプだし。早めに手をうたないと誤解されるよ 」


 という事で、明日にでも菜っちゃん同席の上でお話し合いをすることにした。当事者どうしだけでなく、第三者に立ち会ってもらうのは何かあった時の基本だよね。はぁ――。

困った事になってしまった。


 翌日。

亀さんが事務用品請求書を持って総務に来た。笑顔がこわばっています。まぁ、無理もないですけど……。請求書の下のメモ用紙にアドレスが書いてあって、お昼休みにご一緒しましょうとの事。はい、了解です。


 お昼休みの前に連絡をとり、ハヤテンビル(飲食店がいっぱい)の個室居酒屋で会う事にした。もちろん、菜っちゃんも一緒。


 亀さんは一人で来た。

真紀さんにはあの後、ほとぼりが冷めるまでちょっとだけ距離を置こうという話をして泣かれたそう……。

 亀さんもこのままでは良くないとは思っていたけど、一途に慕ってくれるのが嬉しくて、こういう、わくわく、ドキドキしたのも初めてで、これが生涯一度の恋なのではないかと悩みつつ、ついつい流されてしまって。かなりの人に気づかれて既に給湯室の話題にあがっているという話を聞いて、ガックリしていた。


 あの時、私に出会った事で熱に浮かされた状態から急に現実に帰ってきたとの事。仕事をさぼってケーキ屋で手をつないでいるなんて、俺は何をしているのだろうって――。


「亀夜目さんは、どうしたいのですか」

「真紀のことは好きだ……。でも、家族も、大切に思っている……」

「両方は、無理ですよ」

「そう……、あれから、ずっと考えていた。自分はやってはいけない事をしていたと思う。どんなに理由があろうとも、人の道からはずれる事は……、いけないと―――思う……」

「…………」

「……」

「真紀………と、別れようと……思っている」


 真紀さんには既にうわさになっていて、とてもまずい状態であるという事を伝え、少し冷却期間を置いてから別れを切り出すつもりだと言う亀さんは辛そうだった。


 亀さんが話をしている時、亀さんのコビトは亀さんの髪の中から時折顔をだしては頭を下げてまた、髪の中にひっこんでいく。

それを何度も繰り返すし、頭のてっぺんとか側頭部とか色んなとこからピョコンと突然出てくるので、不謹慎とは思いつつ、モグラたたきみたいと思ってしまった……。

ごめんなさい。笑わなかった私をほめてください。ホント……。



 翌日、亀さんが人事に呼び出された。これは、やはり誰か関係者に見られたのかもしれない。このタイミングというのは私的には、まずい。真紀さんに誤解される。

真紀さんが私を睨んでいる。違います。私では、ないですって!


その後、真紀さんが呼びだされて、二人共に就業時間内には帰ってこなかった。


「きーちゃん……」

菜っちゃんが困ったような顔をしてこちらを見た。

「あ~ぁ」

「まぁ……、そろそろ、ばれる時期だったのだね」


 何故か、不倫は発覚する。隠しても隠し切れないというか……。呼び出されたという事は、もう動かぬ証拠があがっているという事だ。

その日の給湯室の話題は亀さん達。営業事務で真紀さんと同期の先輩たちは、「止めなさい!」って言ったのに、聞かないから……と愚痴っていた。


 先輩たちの頭の上では、色とりどりのチュールスカートを着たコビトたちが皆であわせてドナドナを踊っていた。もちろん、給湯室の先輩方は皆さん、会社の制服を着ている。この制服、結構センスが良くて誰でも似合う感じなので、私も気に入っている。


 で、チュールスカート、絶対着ないと思われる先輩のコビトも着ていたから、コビトの世界での流行かもしれない。真紀さん、強気なタイプで、あまり女性のお友達はいないように見えたけど、心配してくれる人もいたのね。

 実は、入社してすぐの女子社員懇親会で、不倫は必ずばれるし不幸になるのでやめましょう! と先輩方からのお話がある。その時になんと、男性社員の独身リストが全員に渡されるというのが、ちょっと驚き。しかも、彼女がいる人にはチェックが付いている。――どうやって調べるの?


 就業中に、亀さんから、メールがきた。取引先からの目撃情報でばれてしまっていたとの事。私たちと話をした事である程度覚悟していたので、取り乱さず左遷の話も受ける事ができたそう……。

 行先は海外。きちんと奥様にすべて話して、許してもらえないようなら離婚して一人で赴任されるとの事。左遷なので、海外でもあまりいいところではない。真紀さんは泣いていて話にならなかったって。でも真紀さんの退職は決定で、なんと明日から来ないそうだ。


なんだかな~。何とかならなかったのかな~とは、思う……。


 ちなみに、営業事務のお仕事は引き継ぎなしでも大丈夫。担当する営業の人が変わるだけで、お仕事内容は皆ほとんど同じだし、必要な情報は全てパソコンに入れるので誰でもいつでも仕事がわかる仕組みになっている。


 何年か前に事務の大改革とかで、誰でもわかるマニュアル、入った情報は即入力とか、末端の平社員のレベルだと上司がいつでも仕事の状況を見られるように会社の仕組みが大きく変わった。

まぁ、それはそれでちょっと、とは思うけど……。

 

「菜っちゃん」

「うん。しょうがない。自業自得だよ。先輩たちに止めなさいって言われていたのに」

「……」

「私たちにできる事はないよ。人様の人生だもの」

「う、ん」

「美味しいカクテルが飲めるお店、見つけたの。行こう。飲んで食べて、それから歌おう」

「そ、うだね」

という事で、仕事帰りに飲みに行くことになった。もやもやする気持ちをお酒で紛らわせる事にした。


 会社を出て地下鉄のホームに降りる階段に差しかかった時、突然、後ろからドンと押された。

うわっ! とりあえず、手がつけたから何とか、大丈夫。あー、スカートなのに。

偶然、前に人がいなかったから、そのままズルズルと階段を滑り落ちていく。ちょっ! 足をひねったみたい。


「きーちゃん!」

菜っちゃんの悲鳴が聞こえる。


「あんたなんか、死んじゃえ!」

上の方から、真紀さんの声が聞こえてきた。八つ当たりじゃないの! それ。


 でも、階段を滑り落ちたくらいじゃ死なないし。電車に向かって落とされなくてホント、良かった……。

あれ、 私、光に包まれている?

うそ! これくらいで死ぬの! 足首が痛いのと、擦りむいたくらいだと思ったのに……。

いや、それはないけど。

えっー! なにこれ! 

体が光の粒に変わっていく!


あっ-! まさか、また、異世界!? トリップとか!?


こんな時に止めてよ――――!!



 光の粒となって高速で移動中。体はないけれど意識はしっかりしているので手持無沙汰……。もう、あきらめた。

まな板の上の鯉です。恋ならいいのに……。


 私の趣味は読書で、図書館が大好き。中学校とか高校の図書館は物足りなかったけれど、勤めだしてからは市の図書館とか大学の図書館によく行っている。去年、新築された市の図書館はきれいで椅子の配置がいい具合なのが嬉しい。

読んでいる本を後ろから見られるのは好きじゃない。昔からの図書館の椅子は固くて座り心地も悪いし、大きなテーブルで本は読みづらい。


 新しい図書館は程よくあちこちにクッション付き椅子が置いてあり、ひじ掛けから小テーブルが引き出せるし荷物も椅子の下に収納できる。

クッション付き椅子は番号が振ってあって機械の受付で場所を選択するようになっている。椅子を選ぶには登録しなくてはいけないけれど、最初に登録してしまえば、最寄駅や公民館までの宅配サービスもあるし、本を借りる時もまとめて機械でパパッと借りられるので便利。


 図書館の内庭にはテラス席や木陰の椅子もあってそこでも本が読める。3時間という時間制限があるけど、それだけあれば充分ゆっくり読める。欠点はちょっと不便なところにあることだけど、かなりゆったりとした造りになっているから、土地が安かったのかなと思う。ほんと、ここの図書館はすばらしい。


 小説に実用書に伝記に旅行記、日本の城郭や海外のお城の写真集、等々何でも手当り次第。本は大好き。もちろん、ファンタジーも好き。スマートフォンにしてからは、通勤途中やちょっとした空き時間にネット小説を読んでいる。


 そして、ネット小説でよくある異世界召喚とか、異世界トリップだけど……。

 私は、リアルで経験者。自分でも嘘みたい、と思うけど。


 たまたま大学1年の夏に異世界に吸い込まれるように迷い込み、100年ほどフラフラと異世界で過ごして、たまたま、とある国の召喚された勇者と巫女の諸々のどさくさに紛れて、無事、現実世界に帰還をはたした。あれは5年ほど前の夏休みの出来事だった。


 精霊たちとの交友というか、良くしてもらった……というか、すごく懐いてもらった……いや、慕ってもらった……といえばいいのだろうか、まあ、あれやこれやあってその辺はすごくいい思い出になっている。


 もちろん、その異世界トリップ体験は信じてもらえないと思うので誰にも言わないまま。

でも、一緒にあれこれしたその当時の勇者と巫女とは、いまだにリアルで親交が続いていて時々お茶や食事をしている。だって、異世界の出来事をあれこれ語れる友達って貴重だよね。


 当時、勇者が中3、巫女が高3で、受験生なので早く帰りたいと、二人とも泣きそうになりながら一緒にがんばった。いまでは、二人は同じ大学の大学2年生と大学院1年生で、仲良くお付き合いしている彼氏と彼女です。羨ましいくらい仲良しさん。いいなぁ~。


 ところで、彼らのコビトが二人から離れて仲良くしているところは見たことがない。彼氏のいない私に気を使ってくれていたのかもしれない。そういう気遣いはホント、大切だと思う。


 そういえば、あの時も光に包まれて光の粒になって空中に吸い込まれていったのだった。 そして、大木の洞の中に着地した。本当に大きな木で洞が部屋みたいだった。

でも、前回と違い今回は森の中の神殿。

神殿の屋上部がなくて一方向だけ森に向かって開けている。三方向が壁に囲まれ屋根のない囲いの中に大きな魔法陣が書いてあって、そこにドサッと3人そろって転がり落ちた。

 3人……。

光に包まれて光の粒になって空中に吸い込まれていったのは前と同じだったけど……。私以外の2人はまだ光の塊で、徐々に人の形になっていっている。私が巻き込んでしまった?


 周りをぐるりと神官たちが囲んでいる。

神官たちにはコビトは付いていない。コビトが付いていない人たちを見るのは久しぶりなのでなんだか新鮮。


 でも、囲いの影から透き通ったコビトのようなのが7~8人、覗いているのが見える。あれは、そう……。

以前に異世界にトリップした時、私は実体がなくフワフワと空中に浮いていたけど、それのコビト版みたいな感じ。透き通った白い影……幽霊? いや、幽体と言う感じかも。

今回、私の手足はよく見える。きちんと体があるみたい。これは……良いことなのかな。


「ようこそ、おいでくださいました。勇者さま、巫女さま」


 きらびやかな衣装をつけた神官たちが、いっせいに恭しくお辞儀をした。

勇者さま、巫女さま!? ―― 私、ここ、知っている。

ここって、私が前に迷い込んだ異世界のゲスターチ帝国。というか、この派手派手しい服装ってあの国の神官に違いないし。もう最悪。


「あの、ここは、どこですか?」


 高校生の男の子が困ったような顔をしながら神官たちに尋ねた。あぁ、階段から落ちた私の横で手を差し伸べようとしてくれた子。


「ここは、ゲスターチ帝国と申しまして、この世界で人族をまとめている神の覚えめでたき大陸一の国でございます」

「どうして、私がこんなところにいるのよ!」


 あっー、なぜか、真紀さんが来てしまっている。あなたと私は、かなり距離があったと思ったけど……。


「巫女様、貴方様は、選ばれし方でございます。あなた様のお力を、世界の崩壊をくいとめるためにお使い下さい」

「えっ! わたしが……」

「お願いいたします」


 神官たちは又、いっせいに頭をさげた。

「あの、俺は……」

「あなた様は、勇者さまでございます。巫女様を守って、封印の精霊を奪還し、国の礎を守りつつ世界が崩壊から救われるまで、巫女様と封印の精霊をお守りいただくようお願いいたします。」

「勇者……」

「どうぞ、世界をお助け下さい」

「でも、あの……、元の世界にもどれますか?」

「もちろんでございます。尊いお役目が終わりましたなら、責任をもって元の世界にお戻しいたします。どうか、わたくしどもをお救いください」

「でも、俺、受験生で……、早く帰らないと……」

「元の世界の同じ時間にお戻しいたしますので、ご心配は、無用でございます」

「私が巫女なのね!」


 真紀さんが大きな声で神官と高校生の会話に割り込んだ。


「さようでございます」

「では、その女は何?」

「あぁ、この女性でございますか。巻き込まれた一般人かとおもわれます。時々、召喚の時に一般人がくる事がございましたから」


 真紀さん……その勝ち誇ったような目つきは何でしょう。しかも、その女って……、私は先ほど、あなたが階段から突き落とした同僚でございますよ、あっ、元同僚になるのかしら?

 

「知り合いじゃないの?」


高校生が不審げにつぶやいた。突き飛ばされたところを見ていたのかも。


「ひきょうな、犯罪者よ」

「どっちが?」

「あの女にきまっているでしょう。私の大切なものを盗んだのよ。」

「ホントに?」

「本当よ! とにかく、顔もみたくないわ。追い出して!」

「承知いたしました。巫女様。罰をあたえますか?」

「私は寛大だから、追い出すだけでいいわ。知らない世界で苦労しながら生きていくといいわ。ふん!」


 真紀さんが憎々しげに言い捨ててくれた。「ふん!」と口で言う人が本当にいるんだ……。


「ちょっと! それ、ひどいよ!」

「いいのよ! 天罰よ!」

「あっー、せめて、お金と食べ物くらい……」

「勇者さま、巫女様、ご心配なく。最低限の用意はして出ていってもらいますので……、さぁ、お二人は、こちらへ」


 神官がさり気なく会話をさえぎりながら、二人を魔法陣の部屋の外に誘導しようとしている。

異世界召喚……みたいですが、私はいらないそうです。


「なんか、ごめん。なんとか帰れるようにするから、それまで頑張って!」

「ふん! あんたなんか死んじゃえ!」


 高校生は神官たちに押し出されるようにしながら私に向かって声をかけた。自分の事だけでも一杯だと思うのに、優しい子ね。それに比べて真紀さん……。

私は一言も話せなかった。

 すごい。なんだか疲れる展開だった。巫女と勇者の見分け方は召喚した時の印が手の甲にでるのと、呼んだ人は召喚陣のなかに現れるのでわかる。これは以前トリップした時に関係者から聞いた。聞いたというか透明人間だったから立ち聞きした。巻き込まれた人は陣の外にあらわれるんですって。


 その後、私は無表情な兵士に小突かれながら森の奥へ連れていかれた。もちろん、お金や食糧なんてものは貰えず、ぽいっと捨てられた。純真な高校生は人を疑う事を覚えたほうがいいよね。まあ、捨てられるだけですんだのは良かったかもしれない。

ちなみに、挫いたかなとおもった足首は痛みもなく治って擦り傷も消えていた。

異世界トリップの不思議。

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