コビト物語Ⅰ 『異世界から帰ってきたら、世界はコビトだらけでした』
サラ
第1話 世界はコビトでいっぱいですが、普通にお勤めしています。
私の名前は、乙女小路桔梗。
ごく普通の社会人2年目で、誰でも名前を聞いたことのあるような大手の会社に勤めていて、友達からは『奇跡の就活』といまだに言われ続けている。
今日は母校の就職セミナーに呼ばれて後輩たちの前でお話をすることになった。
「就活に大切なものは、1に見た目。2に雰囲気。3にコミュニケーション。目標とする会社に合わせた戦略が必要で、その会社の採用責任者の求める人物像をしっかりつかんだ上で、個性を感じさせる受け答えを即座にできるようにしておく事が大切です。相手にこの学生は、〈伸びしろ〉があると感じてもらう事がポイントになります」
なんて、ありきたりの話を実際の面接の情景を交えながら話しをする。後輩の皆さんの反応は良く、就職課からもおほめの言葉をいただいて無事、お話も終了。
実際、知らない面接官と会うのだから見た目で判断されてしまうのは仕方ない。髪型、肌艶、爪。上品に見える動きとか、さり気無い気配り、穏やかな笑顔、普段からきれいな猫をかぶるくせを付ける事が就活の一番近道になるんじゃないかとは思う。
「お疲れ様です」
「良いお話でした。今日はありがとうございました」
以前、お世話になった就職課の方に声をかけられたので、
「どういたしまして」
とにこやかに会釈をしながら帰途に着いた……。
でも実は私、人には視えないものが視えてしまう。本当はそれが、就活に成功した一番の理由だと思うのだけど、だけど……言えない。
異世界から帰ってきたら、人様にくっついているコビトが沢山、視えるようになっていたなんて……。
道行く人には皆さん、コビトがくっ付いていますよ~♪。
というか、ほとんどの人は頭の上にコビトを乗せている。
なかには、肩の上や腕にぶらさげている人もいるけど、赤、青、黄色、空色、ピンク、黒、白、紫、グリーン、様々な色の服と帽子をかぶった3頭身、いえ、2.5頭身? 三角帽子をかぶった小さなコビトが人の頭の上で踊っているのが視える。
その踊りも様々で、ロックにあわせて激しく踊っているコビトもいれば、太極拳のようにゆったりと体を動かしているコビトもいる。サイレント映画をみているように、音楽は聞こえないのに雰囲気は伝わってくる。
聞こえないのに、音が見える感じかな。なぜか、どんな音楽が流れているのかわかってしまう不思議。
コビトと目が合うとアピールするように踊ってきて、コビト以外の観客に向かって、一生懸命踊りを披露しているように見受けられる。
だけど多分、コビトが視えるのは私だけみたいで、それはもう賑やかでうざくて、最初は出かけるのがいやになった。
でも、人間は慣れる生き物なので、今では普通のコビトはスルーして、レベルの高い踊りや変わった服や、すごい美形とか、印象的なコビトだけ目に留まるようになってしまった。我ながら頑張ったと思う。
コビトって小さくて可愛いんだけど、それぞれ顔が違う。引っ付いている人にそっくりのコビトもいれば、赤の他人だよねというほど顔の違うコビトもいる。
どうなっているんだろう。
ち ょっと、危ない雰囲気の人はコビトも変なのが多い。
遠くからでもモヤッとした灰色のオーラに囲まれているのが見えたりするので、近づかないようにする。ただ、遠目で見ても、そういう人のコビトはそっぽを向いていて此方を見ようともしない。
なんだか、コビトは乗っている人の本質や本音を伝えようとしている気がする。
おかげさまで、友達の本音がなんとなく分かってしまって、ちょっと複雑な思いもした。
でも、距離を感じていた友達が、私の事を大切に思ってくれているんだなぁと感じられた時は、本当に嬉しかった。
人って見た目だけではわからないものだと思う。
就活の時も面接担当の方の気持ちがどことなく伝わってきたし、何故か面接官のコビトがジェスチャーで、色々知らせようとしてくれるので、とてもスムーズに面接を進める事ができたと思う。
でも、就活で出逢った方のコビトたちは、みんな私に好意を持っていてくれていたみたいなので、ひょっとして、コビトの感情に人間の気持ちがひっぱられて、面接官に好感を持たれたのかもしれない。
なにはともあれ、今の私は真面目に働いているちょっとコビトが視えるだけの、ただの会社員である。
月曜日、今日も一日が始まる。
都内の通勤ラッシュは大変で、初めて朝の電車に乗った時には本当に驚いた。
絶対にもう乗れません! ドアまでぎりぎりに詰まっています! という状態で後ろ向きにドアの上に手をかけて乗るし、駅員が通勤客を両手でグイグイ押し込む。
もう、びっくり。
四月に始業時間に合わせて電車に乗って、朝だけで疲れ果てた。先輩によると、満員電車の中では流れに身をまかせて揺れるのがコツで、頑張ってはいけないそうだ。あの、手すりが以外と曲者で、運悪く骨折したお友達もいるとか……。
ちなみにコビト達も通勤客の頭の上で揺れている。立ったまま人の頭の上でゆらゆらと揺れながら寝ているコビトもいれば、体操しているコビトもいるし、朝からアクロバチックな踊りを披露しているコビトもいる。
何故か皆こちらを向いているが、見ないふり、気づかないふり、すべてスルー。私には何も見えていません! という事にする。
今は一時間半ほど早めに目的の駅に着く事にしたので、あのすごいラッシュは避ける事ができるようになった。早めについて駅の喫茶店でモーニングをいただく。ファミレスでもハンバーガーのチェーン店でもモーニングをしているので、色々なお店に行くのも楽しみ。時々、会社の人ともお会いします。
「おはようございます」
「おはようございます」
あちらこちらから朝の挨拶が聞こえてきて一日が始まる。
会社の始まりはラジオ体操から。当番の人が前に出てラジオ体操をフロア全員で一斉におこなう。最初はちょっと戸惑ったけど、以外と体が覚えていた。ラジオ体操って全身運動で、ふだん使わない筋肉も動かすので、健康にいいそうだ。
そのあとは、所長と部長にお茶を出しにいく。お茶をお出しするのは管理職の方だけ。他の人は飲みたいときに自分で用意するようになっていて、専用の茶葉とかの持ち込みもOKになっている。
私はフルーツ系のフレーバーティーを持ち込んでいる。ほのかに桃のかおりのする紅茶とか、美味しいよね。
営業所内の男性は正社員ばかりだけど、女性は正社員と契約社員と派遣社員とがいて、人間関係は少々複雑で、給湯室では女性特有のおしゃべりがどうしても聞こえてきてしまう。
私が勤めているのは会社のとある部門の営業所だけど、自社ビルの高層二階分を営業所として使っていて、第一、第二、第三営業部が、それぞれワンフロアーになっている。
私は総務経理部の総務課で何でも屋かな。一番数が多い営業事務の女性たちは契約社員と派遣社員で、総務と経理は正社員。
私はどちらかというと平凡な女性だけど、……なぜか、営業所の女性陣は美人が多い。顔で採用しているのではないかと思うほどで、特に契約社員は美人だけどかわいい親しみやすいタイプが多いみたい。男の人がお嫁さんにしたいと思うような女性たちで、ほんとの話、この会社は社内結婚がとても多い。
会社内の他部門と共同で行う若い社員向けの会社のイベントもかなりあって出会いの機会に恵まれていると思う。
たぶん、契約社員で採用して社内結婚で寿退社して、また、若くてきれいな新しい女の子を採用してという暗黙の了解の流れができているのかもしれない。
総務は第一営業部と同じフロアで、外部からのお客様の対応もここになり、会社の顔と言えるかも? しれない。営業関係で来られる方は、あまりいないので総務で受付を兼ねている。
経理から小口管理として同期の女性がひとり、総務にデスクを置いてくれているのは心強い存在。名前を加賀陽菜といって、窓口と上司のお茶だし、電話応対も一緒にしてもらっている。
「おはよう。きーちゃん。」
私は同期や歳の近い先輩からは、きーちゃんと呼ばれている。桔梗という名前と鍵の管理をしている事から、らしい。
「おはよう。菜っちゃん。今日も暑いね」
「ほんと!今年の暑さはすごいよね。電車がつらいよ。」
「もうちょっと、早くくれば楽だよ。」
「無理、無理。あと少しでいいから寝ていたいというこのささやかな願いを、私はかなえてあげたいと思う!」
「もう、自分の事なのに……」
「まぁ、女性専用車両があるおかげで、男性陣よりは楽なのだけどね。なんだか申し訳ないような気がするけど、でも助かるよね」
「本当に。おかげ様だね。」
「今日は、なにかある?」
「特には、ないけど、第一営業部のパスワードを変える週だね。」
「なかなか、変えてくれない人がいるよね。」
「そうそう、まぁだいたい同じ人だけど……」
「まあ、きょうも一日がんばりますか。」
「だね。」
何ということもない普通の会話から一日の仕事がはじまり、メモに書き並べているお仕事を済ませていく。自分の手でメモを書いたほうが心に残るので、私は朝、日めくりカレンダーにその日の予定を優先順位順にざっと書いておく。棒線で済ませた仕事が消えていくのがちょっとした快感。
コビト達の踊りにも慣れてきた事だし、何事もない平和な毎日が明日も続いていくのだと何となく思っていた。
朝、いつもどおりに家を出る。
会社に行く道の途中にカラスが目の前をスイーッと横切り、こっちを向いて「カァー」と鳴いた。
不吉な感じ。やぁ~だな~。
「おはよう、きーちゃん」
声をかけてきた菜っちゃんの笑顔がなんだか黒い。
菜っちゃんの上のコビトもエンヤトット、エンヤトットから始まるあの民謡を踊っていた。
菜っちゃんの笑顔が黒い時、菜っちゃんコビトはいつもこのカツオ漁の祝い唄だ。菜っちゃんの見かけはできる女性って雰囲気なのに、カラオケでは迫力のある民謡を歌ってくれる。
サイレントなのに、頭の中に民謡が鳴り響く……この不思議。
菜っちゃん、わりとこの歌が多いような……、気にいっているのかもしれない。そういえば、この会社はいつも同じ踊りを踊っているコビトが多いかもしれない。やっぱり会社員だから、コビトもルーチンワークをしているのかもしれない。なんてね。
「おはよう」
「ねー。きーちゃん。知っている?」
「なにを?」
「第一の亀さん。不倫しているらしいよ」
「あ~、亀さんね。」
「営業事務の真紀さんとだって!」
実は知っていた。だって、亀さんのコビトとお相手の真紀さんのコビトが、変だった。
私の席から第一営業部の方を見ると、ちょうど亀さん(本名は、亀夜目さんという)の後ろ姿がよく見える。で、営業事務の真紀さんはその隣だけど……時々、二人のコビトがお互いに見つめ合って、真ん中の空間で手をつないでいる。うーん。
コビトって人から離れる事ができるの?!……と驚きつつ見ていたのがつい3週間ほど前。
なるべく見ないようにはしていたけど、コビトカップルのいちゃつきはどうしても目についてしまい、目をそらすべく本体に目をやると、さすがに手をつないだりはしていないけど、さりげなくボディタッチをしあったりしていた。
「ねぇ、まずいよね。」
「ほんと、本人たちは、隠しているつもりでも、隠せてないよ」
「なんだろう。深い関係になると、なんとなく、周りにわかってしまうよね」
「うーん。不思議だよね」
「なんだか、ピンクのオーラが出てくるのだよ」
「確かに」
これで亀さんが既婚者でさえなければ、幸せなお二人ですんだのに……不倫はまずい。ばれると間違いなく大問題で、先輩に聞いた話によると男性は左遷、女性は退社になってしまう。
亀さんは雰囲気イケメンという感じのやさしげな人だけど、いったい、二人に何があったのでしょう。
亀さんの奥様は同期入社の契約社員で、亀さんにひとめぼれして押して迫って、2年目で授かり婚したそうで、二人の間には、かわいい6歳になる女の子と2歳の男の子がいるし、亀さんは、マイホームパパという話だった。
が……今は、まちがいなく真紀さんに夢中みたい。ひょっとして、初めての恋かもしれない。
そういえば、真紀さんのコビトがなぜかお隣をよく向いているなぁ……と思った事があった。亀さんは、ほだされた? のかな。
「ねぇ、菜っちゃん。どうする」
「どうしようもないよ。もう、噂になってしまっているし」
「でも、なんとかならないかなぁ。このままだと亀さんたち、皆が不幸になるよ」
「今すぐ、けじめをつけて別れたらいいかもしれないけど……。あの様子だと回りも見えてないし、かえって、駆け落ちでもしそうだよ」
「亀さん、いい人なのに」
「いい人でも男としては、悪いよ。それにしても、真紀さん、きついタイプなのにどこが良かったんだか。よく後輩相手におヒステリーしてるよね」
「男性社員にはわりと親切だけど」
「ああいうのをブリッコっていうのね」
とりあえず、今のところは見て見ぬふりで二人の目が覚めることを祈ることにした。仕事だけでなく人間関係の諸々でOLの世界も色々大変。
ちなみに、二人のコビトも周りをまったく見ていなかった。
今日は、うれしいお休み。
土曜日に会社のイベントのスタッフとして駆り出されたので、平日に代休をもらえた。
大学時代の友人に子どもが生まれたのでそのお祝いにいって、その後、デパートでゆっくりお買い物。
電車が混んでないのは嬉しい。
友人の家に行く途中、ちょっと、回り道だけど美味しいケーキ屋さんがある。そこのフルーツタルトが美味しい。なぜ、こんなところにという立地だけど、美味しいものは人を引き寄せ客足が絶えない。
けれど、そこで突然の遭遇。
会社の人間関係も色々だけど、見てはいけないものに遭遇してしまった。
「えっ?」
亀さん、お仕事中では――。
「乙女さん、なぜここに……」
会社の人は、近しい人を除いてほぼ全員、私のことを乙女さんと呼んでいる。まぁ、長い名前なので。
美味しいケーキ屋さん『サルルサ』、そこで亀さんと真紀さんが、仲良く手をつないでケーキを選んでいた。真紀さんの有給の届けは見たような覚えがあるけど。今日でしたか。
「私は、お友達の家が近くなので、ケーキを買いにきたのです。亀夜目さんは、お仕事中ですよね」
「なによ! 脅す気!」
真紀さんが、怒鳴った。うわっ、その顔、恐いよ。
「真紀……」
「とにかく、黙っていて! 人に言ったら、どうなるか解っているでしょうね!」
そういえば、真紀さんのお父様は勤め先の他部門の部長で、会社の男性陣が「お父様によろしく」とか「お父様には言わないでくださいね」とか彼女を持ち上げていたので、ちょっと勘違いしているのかもしれない。
でも、その権力を使うのは無理があると思う。というか、多分使えない。
「ごめん、乙女さん、黙っていてくれると助かる」
亀さんが気まずそうに言った。
「私はいいですけど……もうすでに、社内で噂になっていますよ」
「うそよ! あんなに、我慢しているのに!」
真紀さん…… 何を我慢しているの!?
「でも、さりげなく、触れあっていますよね。よく……」
「なによっ―! なに見ているのよ―! ストーカー!? あなたも猛が好きなの!」
いや、いや、真紀さん、興奮しないで……見てないって! 見せつけられているの! それに、母性本能をくすぐるようなタイプの男性は好みではありません。まさか、真紀さんがこのタイプが好きだなんて……。
「ごめん。とりあえず、話は後で。真紀、行こう。」
「猛~」
亀さんは、真紀さんを引っ張るようにして店を出ていった。
あ~ぁ。どうしましょう。
「いらっしゃいませ。お決まりですか?」
お店の人がにこやかに声をかけてきた。今の出来事がなかったかのように。では、私もそのように……。
「季節のフルーツタルト、ワンホールください」
「はい、いつもありがとうございます」
「えーと」
それでも、やはり気まずいので何か言わなくてはいけないかしらって、困りつつ声を出しかけたら、店員さんは、にっこりと笑って頭の上のコビト君といっしょに壁を指さした。
そこにはおしゃれなディスプレイに紛れるようにというか、みごとに壁と調和した〈見ざる、聞かざる、言わざる、のお猿さん〉がいらっしゃった。
あれは手作りですね。素敵です。
お店をされていると色々あるのでしょう。そして、彼のコビト君はタキシードを着て一人ワルツを踊りながら、お猿さんのディスプレイに向けて指先をクルクル回していた。
店員さんは美形でコビト君も美形。目の保養になります。
はやく、一緒にワルツを踊れるコビトさんが見つかるといいですね。やはり、ワルツは二人でおどってほしいな。店員さん、恋人はいらっしゃるのでしょうか?
私には、コビトが付いていないので、いつでも一緒のコビトがいる皆さんが羨ましい。でも、世の中の皆さんは、コビトが視えないみたいなので、いてもいなくても同じかもしれない。等とちょっと、思考が現実逃避……とりあえず考える事は後回しにして、今日の予定をこなしますか。友人も待っていることだし……。
ちなみに、亀さん達お二人のコビトは、何故か私に向かってひたすら頭を下げていた。ぺこぺこという感じでちょっとかわいかった。
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