パーティー7
「来て頂けて大変光栄です」
「いえ、私としても面識ある国王陛下にご挨拶しなければと思っていました」
気苦労を象徴するかのように、髪の毛が一本たりとも無い宰相が、恐縮しながら頭を下げている者こそ、大陸最大勢力の片割れ、祈りの国のナンバーツーであるドナート枢機卿であった。
「あの時は大変ご尽力いただきまして」
「なんのなんの」
なぜドナートがここに居るかと言うと、彼が実質的に総責任者のような立場となっている、小大陸の状況を確認するため、近隣国である海の国まで赴いている事を知った宰相が、何とか幼い王に箔を付けてやりたいと、無理だろうとは思いつつもダメ元でドナートに招待状を出したのだ。
しかし帰って来た返信には、戴冠式の時間帯にはどうしても行けないが、その後のパーティーにはなんとか出席できそうだと綴られており、ドナートの忙しさを理解している宰相は、大変恐縮しながらも大喜びしていた。
だがこの話、ちょっと裏があった。宰相にしてみれば、王家の正当な血統に反応する遺物を、まだ幼かった、現在の国王に使用した時に立ち会ったのがドナートであり、それもあって来てくれないかなあっといった感じだったのだが、ドナートにとってこの国の双子は、かなり慎重に接する必要があったため、招待されれば何とか時間を捻出しなければならなかったのだ。
それはなぜかというと、
「どうぞこちらが会場です」
「はいぃ!?」
宰相に促されて会場に入ろうとしたドナートだが、かつて当代最強と謳われた勇者でもあった彼は、その観察力と洞察力で見つけてしまった。
(耄碌した! お子様も呼ばれたら来る可能性はあった! それを失念するとは!)
彼の視線の先には、尊敬する前聖女リリアーナとこちらを見ている怪物、ユーゴの姿があった。
そう、ドナートがこの国の王と妹に、慎重に対処しなければならない理由とは、その双子が一時期怪物の住処で暮らしていた事なのだ。
だがドナートは、このパーティーにユーゴが出席するとは全く考えていなかったため、それこそ顎が落ちる程驚愕していたが、これはある意味仕方ない事だろう。短い様な、長い付き合いの様な関係だが、ユーゴがパティ―や社交というものに強い忌避感を感じているのは分かっていた。
そのため今回も無意識にその可能性を排除していたのだが、ドナートが失念していたのは、双子がユーゴの子供達、クリスとコレットの遊び相手であり、子供達を含めた一家で招待されると、流石のユーゴでも出席せざるを得なかった事だろう。
「す、少し失礼します!」
「は、はあ……うっ胃が……」
焦ったドナートが足早に会場の中へと進んでいくが、まさかの賓客に置いてけぼりをされた宰相は、不憫な事にいつもの胃痛を感じながらドナートを見送ったのであった。
「これはこれはドナート枢機卿。よくぞお越しくださいました」
(おお! 宰相よりも私を優先するとは、流石はドナート枢機卿! ってんんん!?)
そんなドナートの向かう先にいたウガナ公爵は、一直線に自分の方へとやって来るとは流石祈りの国の枢機卿、分かっているなと歓迎するように手を広げていたが、残念ながらドナートの目にも耳にもウガナの存在は全く認識されていなかった。
「おお!」
(流石はドナート枢機卿! 分かってらっしゃんんん!?)
そんなウガナの次にいたのは誰を隠そうコトリット子爵で、この小物は宰相、公爵を差し置いてドナートが来る事に何の疑問も抱かず、ウガナと同じように手を広げて歓迎しようとしたが、当然ドナートがそれに気が付くはずが無い。
「ユーゴ殿! リリアーナ様!」
「ドナート枢機卿、いつぞや以来ですね」
「うふふ。こちらでお会い出来るだなんて」
「前聖女様を差し置いて、最初にあの男が挨拶された!?」
「あの貧相な男は一体何者なのだ!?」
ドナートにとって悩ましい事だが、優先順位で言うとある意味でリリアーナよりもユーゴが上であった。それもその筈。全力のリリアーナは神の御力をその身に宿せるが、怪物はその神々どころか、神々と違って力を落としていない眠れる竜達を木っ端微塵に粉砕できるのだ。
「ドナート枢機卿が自分から……」
「満ち潮の会長と言い……」
それが理由でドナートは、どうしてもまずユーゴのご機嫌伺いをせざるを得ないのだが、周囲の貴族にそれが分かるはずが無い。そのためユーゴは貴族達から、大商店の主だけではなく、ドナート枢機卿にまで挨拶される謎の超大物として認識されたのだ。
「ドナートおじさんこんにちは!」
「こんにちはでございますことよ」
「おお! クリスくん、コレットちゃん。こんにちは」
「な、なんだあの子供は!?」
「ドナート枢機卿がしゃがんで……」
その上、今までテーブルに隠れていて貴族達から見えなかったクリスとコレットが、ドナートに挨拶するため出て来たのだが、なんとドナートが態々しゃがんで子供達に挨拶しているではないか。
「満ち潮の会長だけではなく、エルフの森の長老にドナート枢機卿まで!」
「あのテーブルは一体何なのだ!?」
もう貴族達どころか会場中が大混乱だ。
このテーブルに真っ先に駆けつけたのは、大陸有数の商会長、エルフの森の長老、祈りの国の枢機卿という錚々たる面々で、冗談でも何でもなく大陸の情勢に影響を与えられることだろう。
ちなみに、他の面々はというと
「よかったわねクリス、コレットちゃん。ドナートおじさんに会えて」
歴代聖女で最長かつ、最も神々との親和性が高いと謳われた前聖女リリアーナ。
「コレット……その言葉使いは……」
ダークエルフの神の子にして巫女ジネット。
「うむ。ナスターセ家の言葉使いを身につけるにはまだまだな様じゃの」
「はいおひい様」
吸血鬼の始祖直系にして王族のセラ。
「こら三人とも、つまみ食いしようとするな」
東の国の名門中の名門の生まれである凜。
「いつまでも私の所にいるんじゃないよ。目立ってるだろ」
何故かエルフの長老の頭が上がらないドロテア。
など、知っている者からすれば本当にとんでもない面々の集まりであった。
「枢機卿だってよ」
「なんだそれ?」
「ルーお姉ちゃん。聖女様とどっちがえらい?」
「むむ、そうですねえ。人によって解釈が分かれる難しい質問ですけど、ルーはリリアーナお姉ちゃんの方を推しますね」
「だってよソフィア」
「へー」
「何お前ソフィアに教えてあげた体にしてるんだよ」
「つまり聖女様と同じように接したら大丈夫という事」
そんな中で我関せず、というかマイペースな三人衆とソフィア。
「あいさつしてきた!」
「おほほ」
「おー偉いな二人とも」
「下町じゃ、よ。で終わるのにな」
「郷に入っては郷に従え」
「コレットちゃん、ジネットさんが倒れそうになってるよ」
「おほほほほ」
「ソフィア、もっと言ってちょうだい……」
そしてコレットとクリスを加えたいつもの六人衆であった。
「おっと、そろそろ始まりそうだ」
そして裏のみに響き渡る恐ろしき名、世界最強、怪物。ユーゴ。
本当に、本当に知っている者からすれば、恐ろしすぎて震えてしまう様な面々がいるパーティーが、今始まろうとしていた。
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