魔人達

砂の国 大裂け目の神殿


「信じられない。古代エルフの遺跡なのに、これほど状態がいいなんて」


神殿の内部へと足を進めた調査隊は、その状態の良さに感嘆の声を漏らす。

カラリとした環境が良かったのか、カビ一つなく、まるで建築されてから、時が止まっているかのような錯覚を受けていた。


「順調だな。肩透かしでも感じているか?」


「けっ。一番奥に一番強い奴がいる。前もそうだっただろ」


「確かに」


一方、護衛班に所属しているエドガーとカークは、順調に進められている調査を横目で見ながら、密かに自分の力を溜めて、その時を待っていた。


「ここは…。中央の広間か?」


「何ともあっけない…」


暫く慎重に進んでいた調査隊であったが、特に罠も無く、何かしらの守護者にも出会わずに、拍子抜けするほど簡単に、神殿の中央と思われる広間に辿り着く。


「あれは棺?」


「5つあります」


そんな中央の広間であったが、一番奥の壁に5つの棺が立てられて、壁に埋め込まれていた。


「慎重に近づいて見よう」


「はい」


「うーん。単なる棺だ」


「古代エルフの貴人ですかね?」


「さて、聞いた事が無いが…」


調査隊は慎重に棺に近づいたが、近くで観察しても単なる棺としか言いようのない物で、これといった力も、装飾も無かった。


「…開けますか?」


「うーむ。墓荒らしをしに来たわけではないからな…。何かの罠かでないか確認だけして、後回しにしよう」


「そうですね。君、頼むよ」


「はい」


考古学上の発見という点では、非常に重要ではあるが、彼等の目的はあくまで遺物の回収であり、そいう事は、後々に学者を派遣して調べたらいいと考え、とりあえず罠の確認だけすることに隊長は決めた。


「…特にそういう仕掛けは無いようですね」


「杞憂だったか」


「はい、っなんだ!?」


「おい、光り出したぞ!?」


古代の遺跡の罠に詳しい研究員が、自分の目に魔力を通して、隅々まで確認した時であった。

突然その研究員が立っている、隣の棺が光り出したのだ。


「おいお前ら、俺らの後ろにとっとと来い」


「何が起こるか分かりません。お早く」


「は、はい!」


その現象を、何らかの防衛機構が働いたと判断したエドガーとカークが、研究者たちに護衛班の後ろに来るようにと指示を出す。


そして、研究者たちの避難が終わった丁度その時、棺からの光が収まり、少しづつ蓋が開き始めた。


「ふいー。いったい今いつじゃ?随分肩が凝ってるが」


「…ドワーフ?」


研究員の呟き通り、棺から肩を回して現れたのは、古代エルフの遺跡にも拘らず、成人男性の半分ほどでありながら、筋骨隆々とした男性のドワーフであった。


そして次々と、残り4つの棺も開きだす。


「おお、デカイの」


「む。今いつだチビ?」


「知らん。儂も今起きた」


巨人族の大男に。


「あら皆。ついさっきぶり」


「体感ではな」


「じゃの」


魚人族の女。


「ついに来るべき時が」


「嬢ちゃん。うっかり目を開かんでくれよ」


「寝ぼけてないわよね?」


目を閉じた妖精族の少女が。


「目の前の人間種達の魔力を見るに、今こそ我らの悲願の時」


「はい」


「そうじゃのう」


「長かった」


「そうね」


そして、人間種の男が。


(おいセシル。隙が出来たらこいつら連れて逃げろ。いいな)


(フィンもだ。いいな)


(え?叔父さん?)


(師匠?)


突然小声で話しかけてきた、叔父と師匠に、セシルとフィンは戸惑った声を上げる。2人ともどこか切羽詰まった顔までしていたのだ。セシルたちは今まで、こんなエドガーたちの顔を見たことが無かった。


「その姿を見るに、どこぞの研究者ですかな?初めまして、我々は"はじまり"と申します。いや、お礼を言わせてください。ある波長の魔力、まあ、率直に言うと、神共の力が殆ど無い魔力を感じると、我々が起きれるような仕掛けを施してまして」


(いいなセシル。逃げたら、あの糞野郎、ユーゴの野郎のとこへ行け)


(さっきから叔父さんどうしたの!?)


朗々と話し始めた人間種の男の事は無視して、エドガーは尚も自分の姪に指示を出す。


「それでお礼なのですが、少しテストをその代わりとさせてください。何分、随分眠っていたようで、この時代の戦士の力が分かっていなくて。ではマーザル、お願いします」


「儂かい。まあいいがの。それじゃあ一当て。むん!」


「【氷の 壁よ】!!」


「今だ!逃げろ!」


「叔父さん!?」


「師匠!?」


「いいから行け!そしてユーゴ殿に伝えろ!我々が手に負えない奴が2人いると!」


「は、はい!皆さん撤退しますよ!」


ドワーフの男、マーザルが腕を突き出すと発生した衝撃波を、エドガーは即座に氷の壁を出現させることで防ぎ、その隙にカークが調査隊と弟子たちに、強い口調で撤退の命令をする。


「ほっほう。防ぐかよ」


「【凍てつき 鋭い 氷の 槍よ あの糞チビを ぶっ殺せ】!!!」


「【万物尽く切り捨てる】!!」


「しかも6つの魔法に、この力を乗せられた剣。お主等ひょっとして、一握りの戦士か?」


「クソが!」


「絶てんか!」


自分の攻撃を防がれたのに、嬉しげな表情でいるマーザルに、エドガーは氷の槍を飛ばし、カークは力ある言葉を乗せた愛刀で切りつけるも、肉には多少食い込んだが、それだけの成果しか得られず、舌打ち混じりに悪態をついた。


「ふむ。偶然に強者が紛れ込んでいたのか、それとも最悪の場合、我々が眠っている間にこれが当たり前になっているのか」


「いえ、逃げた者達は皆雑魚でした。紛れていたと考える方がいいでしょう」


「【凍てつけ 凍れ 凍土 凍風 命あるもの 皆止まれ】!!」

(相打ち覚悟でなら1人は殺せるが、あの2人が動くとやべえ!)


「おお!やはりやるでないか!」


大魔法である6つの魔法を連発しながらも、エドガーの意識は相談し合っている、人間種の男と妖精種の少女に向けられていた。


(あの糞野郎の時の感覚と同じだ!)


絶対に口には出さないが、今の自分では勝てないという感覚を、エドガーは幾度どなく経験していた。その感覚を、2人から感じてるのだ。


「それそれ!行くぞ!」


「クソが!」


だからといって、目の前のドワーフが雑魚という訳で決してなかった。むしろ、刺し違えてようやく殺せるかといった相手で、しかもそんな者が他にいる事もあって、非常に集中力を乱されてしまう状況であった。


「この空気の弾と言い、体の密度と言い、圧縮だな!?」

(調査隊が逃げられる時間を稼がねば!)


「分かるか分かるか!本当に一握りの強者じゃな!いかにもその通り"圧縮"のマーザルとは儂の事じゃ!」


空気の弾幕や、振りかぶられる拳をよけながら、時間を稼ごうとカークは、マーザルの能力を推論するが、むしろマーザルはそれを喜んで、更に力を振りかざす。


「やはりサンプルが少ないと、ちゃんとしたことが分かりませんね。マーザルには悪いですが、手早く片付けましょう」


「そうですね」


「ちょっと待ってくれんか!?儂、かなり楽しんでるんじゃけど!?」


(クソが!もう動くのかよ!仕方ねえ、セシル生き延びろよ!)


相談事を終えて、ついに動き出そうとしている2人に悪態をつきながら、エドガーは姪が逃げ延びられるよう祈りながら、覚悟を決めた。


「カーク頼んだ!」


「応!」


「何をするつもりじゃ!」


目の前の相手が何か切り札を使うと、楽しげな表情であったマーザルだが、次の瞬間、その表情が驚愕に歪んでしまう。


「【我が身を糧に 息吹よ 鼓動よ 命よ 全てよ 永遠に 止まれ】!!!!」


「"7つ"じゃとおおおお!?」


神の奇跡一歩手前。

この世に非ざる現象を出現させる大魔法。殆ど自爆に近い詠唱であったが、確かに7つの言葉を唱えきったエドガーに、流石にマーザルどころか、他の棺から出て来た面々も防御の構えを取る。いや、エドガーが最も警戒していた2人だけはそのままであったが。


現れたるは氷結の地獄。

この世に存在しない、永久に溶ける事無き氷の牢獄が、5人の"はじまり"を飲み込んでいく。


「ぐううううう!?転移!」


そんな中カークが、余波だけでも重度の凍傷を全身に負いながら、無理な魔法の行使で意識を失ったエドガーの腕をつかむと、緊急時用に忍ばせていた、短距離の転移の魔道具を使い、地下深くから地表へと転移する。


「ぶっふ。いやあ、たまげた。今がいつかは知らんが、7つときたか。しかも、神の助力無しに」


「ふん。不覚を取ったなチビ助」


「やかましいわい」


自身を包む氷の棺を無理やり砕きながら、5人の"はじまり"が服についている氷を叩いていたが、その誰もが傷一つ付いていなかった。

しかし、無傷とはいえ、彼等が生きていた時代ですら、6つ唱えれるなら名の通った存在であったのに、殆ど神の力が感じられない魔力で、7つの呪文を唱えきったのだ。嘲っているような巨人族の男ですら、先程の男に感嘆を感じていた。


「地表に転移したようですがどうします?」


「別段、脅威という訳でもありませんから、放っておきましょう。マーザルの邪魔をしてしまいましたし」


だが、人間種の男と妖精種の少女は、特に何も感じなかったようで、エドガーたちに止めを刺す事すらしなかった。


「それでは慎重に、今の人種の強さを調べましょう。神共の状況も。"神からの贈り物"が、死んでいるとは限りませんしね」


「あの若作りのババア、もし生きてたら今度こそ殺してやるんだから」


「いうて、ボコボコにされたのはお主じゃろうが。助けに来た儂とデカイのまで、死にそうになったんじゃぞ?」


「うるさいわね!」


何やら因縁のある相手がいるようで、マーザルと巨人族の男、そして魚人種の女は言い争いをしていた。


「いえ、彼女の言う通り、生きてたら殺します。ミリイの能力なら間違いないでしょう。おっと、話を戻しますが、まあ、あの戦士達が一般的ではないでしょうから、人種自体はそれほど脅威ではないと思いますよ。とりあえず、大きな街に出ましょう。差し当たって、一番近い町からですね。まだ残っているかな?」


「そうですね」


「それでは街に。神共、あの怨敵共に思い知らせてやるのは、もう少し辛抱しましょう」


「ええ」


そう言うと、彼ら5人は神殿から転移で去り始める。


「そして必ず、あの腐った樹を切り倒してやる」


最後に残った人間種の男の呟きを残して。



大裂け目地表


「皆さん全員いますか!?」


何とか地表まで全員を連れてきたセシルであったが、自分の叔父たちが追い付くことが無く、心配しながらも自分の役割を全うしていた。


ドサリ


「師匠!?大丈夫ですか師匠!?」


「叔父さん!?」


そんな時に、彼等の傍に転移して来た男が2人。

2人とも殆ど凍り付いていたが、間違いなくエドガーとカークであったが、セシルたちが呼びかけても返事がない。


「医者を!誰か医療魔法を使える者は!?」


「しっかりして!」


大陸最強敗れる。

この報は、すぐさま大陸中を駆け回っていく。







「はん?悪ガキ達が負けて大怪我?」



ーその強さの結論だが、本当に慎重に調べた上でか?隅々まで?誰一人残すことなく?例外も無しで?全部?ー

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