溢れ出す海
本日投稿2話目です。ご注意ください。
◆
海の国 赤砂の浜
「まだ息の根がある海魔を探し出せ!止めを刺すんだ!」
赤砂の浜は前回の襲撃から数日後に、またしても海魔が押し寄せていた。
既に撃退されていたが、痙攣している個体や、死に瀕してもまだ陸地を目指そうとする個体が存在し、掃討を行っている所であった。
「いやあ、ちょっと多すぎじゃねえか?海魔の襲撃っつうのは話に聞いてたが、聞いてたよりずっとタフな仕事だったぜ。なあ、勇者さんよ」
「同意する、特級冒険者ブラッド。祈りの国にも海魔の資料はあるが、記載されていたのより3倍は多い」
スキンヘッドの大男、特級冒険者のブラッドと、祈りの国勇者のビアジが話をしていた。
このブラッドと言う男、街中では女と見れば誰彼構わず口説き煙たがられていたが、反面現場の男達からは非常に受けが良かった。常に一番に突撃し、必要とあらば最後まで戦場に残っていることがその要因であろう。前回のバジリスクでの騒動でも、退却の指揮を執るために最後まで残った司令官をキッチリと後方まで送り届けていた。
そしてビアジだが、海の国はこの異常事態に、自国の軍と勇者だけでは対処は困難と判断し、特級冒険者の雇用どころか、祈りの国にも救援を要請。祈りの国もこれに応えて、年若いが勇者を務めるビアジと複数の守護騎士団団員を派遣していた。
「しっかし、確かに魚人種の連中の言ってた通り、必死さっつうのを感じたな。とにかく海から遠くへってな」
「それは私も感じた。繁殖地に邪魔だから排除しようとしていたのではない。何かから逃げていたのだ…。彼等の噂は確かかもしれん」
現場では一つの噂があった。魚人種達が中心のその噂は、海魔達の襲撃は繁殖地を求めているのではなく、何かから逃げているというものだった
海の国は公式にはこの噂に対して反応を示していなかったが、軍からも次々と同じような意見が上がっており、なんとか原因調査に役立てようとしていた。
しかし、水中でも呼吸ができる魚人種の手助けがあるとはいえ、母なる海はあまりにも広大で、何処から手を付けてよいか見当がつかなかった。
「んん?」
「どうした?」
「なんかデカイのが来てねえか?」
「なに?…いやこれは!?」
ブラッドとビアジは、何かとてつもなく巨大なものが、接近しているのに気がついた。
「てめえら離れろお!海からなんか来るぞ!」
「総員退避!退避せよ!」
大声で警告を発する2人。
勇者と特級冒険者が揃って退避を指示いているのだ。波打ち際で海魔の掃討をしていた兵達も、慌てて陸地に避難する。
「なんだ?波が…」
遠目から見ていた兵が、浜に大量の波が流れ込んできているのに気がつく。
「そんな馬鹿な!ここは陸地だぞ!」
「あの足!クラーケンだああああ!」
海からまず出て来たのはタコの足だった。それだけなら問題なかっただろうが、その足はどう見ても海の国を行きかう大型船よりも大きかった。足の一本がである。
徐々に海面から表れる全体の姿はまさしくタコであった。しかし体色は深い蒼で、足を除いた胴体だけでも、そこらの島よりも大きなタコが上陸しようとしていた。
「攻撃開始!陸地に上げるな!」
司令官の号令の下で放たれ始める魔法の光。
外洋で遭遇したら、命を諦めろと言われるような海の怪物が、陸地に這い上がろうとしていたのだ。付近には村や町がある。到底見過ごせるものでは無かった。
「こいつは大物だ。お先に行くぜ」
「流石だな。私も行こう」
そう言いながら駆け出す2人の最高戦力。この地にいた他の特級冒険者達も、集団から飛び出している。
「【俺様がぶった切れねえ物は無え】!」
「【高鳴る 雷が 我が刃に 宿り 敵を討つ】!」
ブラッドが力ある言葉を叫びながら、その巨大な戦斧でクラーケンの足の一本を半ばまで断ち切り、勇者ビアジはその雷の宿った剣をクラーケンに突き刺し、筋と神経に誤作動を起こさせながら足を止めようとする。
「おいブラッド!俺らの契約は海魔の対処だったよな?なんでタコ退治してんだ?」
「はっはっ!その他要請にも、必要とあれば応じられたしってあったろ!」
「要請されてねえよな?」
「違いねえ!」
続いて他の特級達もクラーケンに取り付き始め、中にはブラッドと軽口を言い合うものもいた。
しかし、クラーケンは魔法が着弾しようと足が切られようと、構わず陸地を進み続ける。
「こいつも何かにビビってやがる!エドガーを見た双子みてえだ!」
「おいブラッド!居ねえからいいが本人達の前で言うなよ!」
人種達を捕食しようとする分けでも無く、ただ一心不乱に海から遠ざかろうとするクラーケンに、ブラッドもこの生物が何かから逃げていると感じる。
「勇者さんよお!こいつが片付いたら祈りの国に連絡してくれや!タコがビビる奴が海に居ないかってよ!」
「ちょうど私もそう思っていた!」
海の上で、船と足場を守りながらならともかく、しっかりと足を付けて呼吸の心配もする必要が無いのだ。陸の上では、ただ巨大で力が強いだけの存在となっていた。
自然と混じる会話の最中にも、クラーケンはその巨大な足を大陸が誇る戦力達に削られていく。
さしもの怪物も次第に動きが鈍くなり始め、ブラッドが振り落とした斧が止めとなり息絶えた。
◆
人物事典
"足りないのは品性だけ"特級冒険者ブラッド
魔法の国出身でありながら、全身が筋肉で覆われたスキンヘッドの大男。彼の出身地を知ると、最初は皆が冗談と判断してしまう。
魔物との戦いでは、巨大な戦斧を操りながら常に一番槍を務め、最後まで戦場に残る男。そのため現場での受けは最高だが、街中だろうが社交場だろうが、とにかく女を口説きまわるので、貴族や女性からの受けは最悪である。
常に最前線に身を置いているためか、常人よりも戦場での勘が鋭く、彼に付いて命を拾った者は多い。
「はっはっは!俺様に任せとけ!」
ー特級冒険者ブラッドー
「品性と頼もしさは、何の関係も無いって教えられたよ」
ーある特級冒険者ー
魔物辞典
クラーケン
海の死神とも呼ばれる巨大タコ。
普段は深海に生息している海の頂点捕食者。
稀に海面に浮上することがあるが知性が低く、大型船を餌と思い込み食べてしまうが、何の栄養にもなって無いことに気がついていない。
しかし、海の上で遭遇すると船ごと破壊されるという事でもあり、遭遇は死を意味する。
ー1つで船を叩き壊し、8つで国を叩き壊すー
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