侍女は見た2

リガの街 アレクシア


ちうちう


おひい様がまた私の首筋を吸っていた。

昨夜はユーゴ様が、ジネット様とリリアーナ様のお2人と寝る事になっていたため、私はおひい様と2人で寝ていたのだ。

この屋敷に来た時は、皆でユーゴ様の寝室で寝ていたため問題にならなかったが、ジネット様とリリアーナ様の妊娠を機に、自室で1人で寝る事になったおひい様が怖がり始めたので、私と相部屋にして2人で寝る事になった。


吸血鬼のため夜目もはっきりしているが、おひい様は幽霊とかそういう類が大の苦手だ。実家の城では何とか1人で寝ていたが、慣れない屋敷での1人に耐えられなかったのだろう。自室で寝る事になったその日のうちに枕を持って私のベッドに潜り込んできた。

それ以来こうやって2人で寝ているが、幼い頃も2人で寝ていたため昔に帰ってしまうのだろう。私に抱き着いて寝たり首筋を吸ったりする。


しかし、変化もある。私は先祖返りと睨んでいるが、ユーゴ様の血を吸って魔力を貯めると、大人の姿になり力も強大になる。

最初はその力と、背と胸が大きくなったことを喜んでいたが、一通り満足すると胸が邪魔だと、あまり自分から大きくはならなくなった。精々気分転換くらいだろう。


「んみゅ?朝かの?」


「はいおひい様」


どうやらおひい様も起きたらしい。私も侍女としての仕事があるからちょうどよかった。

夜の営みのない日のおひい様は、早寝早起きの生活習慣だ。


「では先に浴室の湯を張っておきます」


「わしも行くのじゃ」


大体朝の湯を張るのは私かユーゴ様になる。特にユーゴ様は浴室に並々ならぬこだわりがあるらしく、よく勤務しているブラウニーと浴室の改造をしている。


「おはようセラ、アリー」


「おやだんな様。おはようなのじゃ」


「おはようございます」


浴室に行くと既にユーゴ様がいて湯は既に張られていた。


「もう湯は一杯じゃがどうしたのじゃ?」


「ああいや、考え事を」


「ふむ」


私は見てしまった。ユーゴ様の後ろの一部にチョークで線が引かれているのを…。

そして心当たりがあった。ブラウニーから報告があったのだ。ユーゴ様が浴室で子供用の滑り台を作ろうかと考えていると。

多分あれはその線引きだ。


しかし黙っていよう。どうやら知り合いのエルフに親馬鹿と言われたことで、少し気にしている様だ。出来る侍女は主人の秘密を守るものだ。それと、ブラウニーにぬいぐるみに宿れるか聞いていたことも…。



「それではリン様。今日は料理です」


「はい。よろしくお願いします」


リン様に花嫁修業をして欲しいと頼まれてから、結婚した今でもこうやって料理や家事を教えている。


「今日は魚を幾つか」


「はい」


現在我が家は魚料理中心のため教え始めたが、どうやら東方では魚料理に親しみがあるらしく、呑み込みも早い。


「アレクシアさん。私の腕は今どれくらいでしょうか?」


「そうですね。主婦としては半人前を卒業したといったところでしょうか」


「おお!」


最初は悲惨だった。どうやら良家の出身らしく、自分で作ったりはしていなかったらしい。砂糖と塩を間違いはしなかったが、分量はかなり無茶苦茶だった。

反面、包丁の使い方はなかなかのもので、理由を聞くと刀と同じですと返されたが、流石にその理論はおかしい。


「ですが侍女としてはまだまだです。精進するように」


「いえ、侍女は遠慮しておきます」


普段はきりっとしたリン様だが、意外とロマンチックな性格であり、この前にユーゴ様と夜の庭で手をつないで、散歩をしている姿を目撃した。その後、ベンチに座って2人っきりの時間を過ごしていた、

帰りはおんぶされながら顔を真っ赤にしてだ。

しかし、それを言うと手元が狂って自分の手を切る心配がある。黙っておこう。


「お茶をお持ちしました」


「ありがとうアリー」


「アレクシアか。ありがとう」


何もない日は、よくリビングのソファにいるユーゴ様に、お茶をお持ちするのも大事な仕事だ。

今は、ソファの横になったジネット様の足をマッサージしていた。特にむくみは無いようだが、予防という事で最近リリアーナ様も受けていた。


何でも無いような顔で私にお礼を言う彼女だが、以前私は見てしまった…。満面の笑みでマッサージを受けながら眠りについているのを…。ついでに寝言で、あなたぁ、と甘え切った声も出していた。


「どうぞ柑橘です」


「ありがとう」


ジネット様とリリアーナ様だが、2人とも柑橘の味を好むようになった。そのため、お茶や食事の時に出す。妊娠時に酸っぱい食べ物が欲しくなるというのは本当の様だ。


「お腹も少し大きくなりましたね」


「ああ。折り返しの時期だ」


元々ズボンなどを好んでいた彼女だが、現在はかなりゆったりした服を着ている。お腹の事を考えて下もスカートだ。


しかし私は知っている。この部屋で、それこそ侍女が着るような服が出て来たのだ。サイズを考えるとジネット様しかいない。私達が来る以前は、どうやらジネット様もルー様と同じような侍女服を着ていたらしいが、もう着ていないはず…。


しかしこの事は黙っていよう。妊娠中は貧血になりやすいと聞いている。彼女が赤くなって倒れるといけない。服はこっそり彼女の部屋に戻しておいたから大丈夫だろう。



「ただいまー」


「ただいま帰りましたー」


夕方に買い物に出かけていたユーゴ様とリリアーナ様が帰られた。

リリアーナ様は神殿でのお勤めこそ休まれているが、健康のためと外へ出る事は続けられていた。


最近胸の方が張って困っている様だ。そういえば彼女達のお乳の出が悪いようなら、私が乳母を務める事になっているが、多分大丈夫だろう。確信は無いが、リリアーナ様を見ていると心配は杞憂だと思える。

ユーゴ様も万が一を考えていらっしゃったが、それほど心配していない様だ。流石はリリアーナ様。根拠なくそう思わせるとは。


そんな彼女だが母性だけではない。

抱っこされるのが好きでたまらないらしく、リン様と同じように抱っこされたまま庭を散歩している姿をよく見かける。

その後の彼女はポーっとした表情で、ユーゴ様にべったりだった。

覚えていないかもしれないが、頭をユーゴ様の胸にこすりつけたり、所かまわずキスしようとしてジネット様にツッコミを入れられていた。

あの2人もなんだかんだで仲がいい。


だがこの事は黙っていよう。

一応羞恥心はあるらしく、正気に戻った時は恥ずかしそうにしていたのだ。わざわざ言う必要は無いだろう。


さて、夕食を準備せねば。

完璧な侍女とは、夜も手を抜かないものだ。


ルー様が出来たばかりの寝湯の上でユーゴ様と…。


先を越されてしまった…。

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