警護

リガの街


朝一番に、伯爵からの使者はリリアーナを訪ねていた。


「まあ。伯爵様が私を、お屋敷で警護して下さるというのですか」


「は、はい。伯爵様のお屋敷までの馬車と、警護の者もこちらに来ております。何卒お願い申し上げます」


リリアーナの美しさに意識を奪われていた使者が慌てて返答する。

確かに、これほどの清楚さを兼ね揃えた美貌のハイエルフを手に入れるためなら、命を懸ける者も出て来るだろうと納得しながら。


「旦那様…どうしましょう?」


「うーん。何かあると、ご近所に迷惑をかけるかもしれないからお世話になろうか」


「そうですね」


「おお。ありがとうございます」


不思議でならないのは、そんな聖女の伴侶が、黒髪黒目の珍しい風貌ではあるが、他に目立った所のない男だという事だ。

しかも、他にもダークエルフ2人もいるという。

嫉妬を覚えながら、命じられた案件が無事に承諾され、安堵する。


「それでは使者殿、申し訳ありませんが少々準備のお時間を頂きたい」


「勿論ですとも、表でお待ちしております」


表の馬車の前で待つ使者であったが、もう一つ不思議なことがあった。

元々伯爵に仕えている兵の他に、伯爵本人が警護のために指定した人物が複数いるのだが、今まで見たことがない人物ばかりだったのだ。

しかもこの者達、体格や足運びに得物、時折服の下から覗く傷跡など、文官の自分でも腕利きだと分かるような男達であった。

急に伯爵家に出入りし始め、伯爵本人も重要視している所を見るに、ひょっとしたら王都から派遣された裏の者達ではないかと思っていた。しかも、荒事専門の。

特に、長であると思わしき人物ときたら、骨格からして本当に同じ人間種なのかと疑問を抱くような太さでありながら、猫の様なしなやかさで移動する人物であった。

そんな人物ですら、額に汗を浮かばせながら周囲を警戒している様子を見るに、やはり此度の一件は油断ならないと気を引き締める使者であった。


「使者殿、お待たせしました」


「い、いえいえ。ささ、皆様どうぞ馬車へお乗りください」


この家の主人が、聖女と2人のダークエルフを連れて現れたが、そのダークエルフの姿を見た使者は、またも一瞬見惚れてしまった。

リリアーナが太陽の様な暖かさと包容力を持った女性だとすると、背の高い方のダークエルフはまさに月の様な冷たさと怜悧さを持った女性であった。

改めて、何故この男がこれほどの美女達を妻にしていると不思議に思ったが、警護の長が辺りを慌ただしく警戒し始めたので、使者も己の仕事に集中することにした。


◆   ◆   ◆


テイラー伯爵邸


「ようこそお出で頂きましたリリアーナ様とご家族方。このテイラー歓迎いたしますぞ。賊共の事は御心配なさらず、王宮もこの事を重く見ており、人も回されてきております」


「私達ために態々ありがとうございますテイラー伯爵。それとどうか私の事はリリアーナとお呼びください」


部屋に入って来たリリアーナとジネットに内心驚いたテイラー伯爵であったが、そこは表に出さずに歓待する。


「いやいや、そういう訳には参りません。案内を付けますので、どうぞ部屋でごくつろぎ下さい。晩は皆様と会食させて下され」


「重ね重ねのご配慮ありがとうございます」


リリアーナ達が出て行くのを見届けてから、伯爵はローワンに尋ねる。


「昨夜捕らえた者達はなにか知っていたか?」


「いえ、末端の者でした。連絡員は容貌も隠していたようです」


「そうそう上手くいかんか」


「はっ…」


早速"青の歌劇"の構成員が捕縛されたと聞き、少し期待していただけに残念であった。


「だが聖女をここに連れてこれた以上、後は奴らを始末するだけか。一応聞いておきたいが、奴らが引くという可能性は?」


「さて、奴等にも面子がありますからな、どちらにしても強力な一撃はあるかと」


「そうだな、よしでは引き続き頼む。私は屋敷を回って警備に発破をかける」


「はっ」


◆   ◆   ◆


どこか地下の様な暗がりで、男達が密談していた。


「これはかなり厳しいぞ」


「ああ。聖女が伯爵邸に入った事も、王都からの動きも早すぎる」


闇組織"青の歌劇"の予測では、聖女リリアーナ誘拐の情報が例え漏れても、数日の猶予はあると見ていたが、実際は既に王都からの増援は到着しており、聖女は伯爵邸の中だ。


「しかも、聖女の護衛の中に多分だがローワンがいた」


「何!?"潜まぬ爪"か!?」


「くそっ、本気も本気だ!」


剣の国の裏世界において名高い、闇の戦闘者の名を聞きざわめきが起きる。


「まあ落ち着け」


若い男の声が部屋に静けさをもたらす。


「しかしエイダン様…」


この男、先代の父から"青の歌劇"を引き継いだ現トップのエイダンであった。

年若い金髪の男性であったが、茶色の瞳はぎらついて見えた。


「事が事だったから前金はかなりふんだくってる。これで何もしないとなれば、それこそ組織として終わる」


祈りの国の勇者達に守られているならともかく、地方都市の一軒家にいるなら十分に勝算があった事、途方もない報酬であったこと、そして先代の父を超えたいという僅かな野望があったのが、今回の依頼を受けた原因であった。


「2,3度試す、成功すればよし、依頼主に失敗を報告するのは、前金分の労力と血を流してからだ」


本音を言えば、違約金を払ってでもとっとと損切りしたいところであったが、プロ意識と、いかに闇組織といっても面子と風評の問題から逃れることが出来ないのが、何とも世知辛かった。


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