15

 今度は、実際にエレベーターに乗り込んでみた。本当に壁は合わせ鏡というやつになっていて、変な奥行きがあるというか、感覚がおかしくなりそうだ。


「あの、もうひとつだけ――。このエレベーターの定員って何人ですか?」


 エレベーターの作業員とて、その全てを把握しているわけではないのだろう。やや苦笑いを浮かべつつ「えーっと……」と、エレベーターの中を覗き込んでくる作業員。


「定員は書いてないですけど、最大積載量は400キロですね」


 作業員の視線の先に目をやると、中にある操作パネルの下のほうに、小さく最大積載量が記載されていた。


「そうなると妙なことに――」


 千早は小さく呟きながらエレベーターを降りる。もう一度だけ、博士がカメラを構えていたであろう立ち位置に戻り、エレベーターを眺めてみる。エレベーターを最初に呼んだ時は、確かに観葉植物がエレベーターの鏡の中に映り込んでいた。しかし、博士がカネモトを見送った時は……観葉植物がなぜか映り込んでいなかった。この差は果たしてなんなのか。それに、最大積載量の件についても、おかしなことが起きている。それすなわち――。


「あっ……」


 千早の頭の中で、ラクレスの動画が走馬灯のように流れる。冒頭の5人での挨拶、一見して全員に成立しているアリバイ、大海が目撃したという赤髪の人物――もしかすると、それらが全て解決してくれるかもしれない。しかし、まだだ。まだいくつか問題が残されている。


「どうかしましたか?」


 班目が口を開いた、その時のことである。班目の携帯が着信音を鳴らす。どうやら、このエレベーターホールであれば、電波は届くらしい。まぁ、声が響いてしまうから、大海はわざわざ外に出たのだろう。他の住人に気を遣ったというより、電話の相手に気を遣った感じだと思われる。


「はい……」


 班目はエレベーターホールから外に出ると、スマートフォンを取り出した。相槌を打つだけの電話がしばらく続き、通話を終えた班目がスマートフォンを胸の内ポケットにしまいながら口を開く。


「今、署から連絡がありました。まだラクレスの所在は明らかになっていないのですが、新しい動画がラクレスによって投稿されたようです。その内容によると、彼らの身柄を確保できるのも時間の問題らしいです」


 その言葉にスマートフォンを真っ先に取り出したのは一里之だった。置いてきぼりになってしまっている作業員のほうをに視線をやると「申しわけないですが、ちょっと車のほうで待機していただいてもいいですか?」と班目。まだエレベーターは調べるかもしれないし、かといって作業員を放置するのもかわいそうだ。班目の判断は願ってもなかったことのようで、作業員は「あ、了解です」と、結局使わなかった工具箱を手に車へと戻って行った。


「えっと、ラクレスの新しい動画――これか」


 ラクレスのチャンネルにアクセスしたのであろう。早速、新しく投稿された動画を見つけると、スマートフォンを操作する一里之。千早も自分のスマートフォンを取り出すが、もはや一里之のスマートフォンを覗き込んだほうが早いと判断。愛と一緒に一里之のスマートフォンを覗き込んだ。さすがに班目が入り込むスペースはなく、仕方なしといった具合に、班目は自分のスマートフォンを操作する。


 動画のサムネイルには、カネモトが欠けてしまったラクレス4人が、神妙な面持ちをカメラに向けているものが使われていた。動画のタイトルは【謝罪と弁明】となっている。カネモトの事件に対して、これまで雲隠れしていたことを詫びる内容なのだろうか。一里之が動画の再生ボタンをタップした。


 動画は、どこかの部屋の中で、4人がソファーに腰をかけている場面から始まった。それぞれが神妙な面持ちを浮かべており、おばけマンションで騒いだ連中と同一人物とは思えないほど大人しい様子だった。


「えっと、この度――我々ラクレスが起こした問題について、まずは皆さまに謝罪をさせていただきます。この度は世間様をお騒がせし、本当に申しわけありませんでした」


 前置きなどほとんどなしに、博士の言葉で初っ端から謝罪という形で動画は始まった。


「本当に申しわけありませんでした」


 博士に続いて、銀髪のジュンヤ、青髪のキー坊、緑髪のマソンヌが頭を下げる。


「正直を言ってしまうと、我々も大変混乱しております。まさかカネモトがあんなことになってしまうとは思いも寄らず、想定外の出来事に怖くなり逃げ出してしまいました。そして、この動画を撮影している現在も、怖くて警察に行けずにいます」


 班目も自分のスマートフォンで動画の再生を始めたようで、博士の弁明する言葉が、まるで輪唱をするかのようにエレベーターホールへと響く。


「皆さまのお怒りは百も承知です。僕達のSNSはもちろん、所属事務所、投稿動画などに、沢山のお叱りの言葉が届いていることも把握しています」


 カメラに向かって口を開くジュンヤからは、全くわざとらしさが感じられない。メンバーの中でもっとも演技じみていた人物なだけに、吐露している言葉は本物だと受け取ってもいいだろう。


「今さらながら、4人で話し合って、警察のほうに足を運ぶことにしました。それが、カネモトへのせめての手向けになると思います。でも、その前に視聴者の皆さまにはっきりと断言したいことがあります。そのために、動画を投稿することにしました」


 当然であるが、あらかじめ段取りは決められているのであろう。キー坊が喋り終えたところで、全員が呼吸を合わせ、4人がいっぺんに口を開く。


「私達は断じてカネモトを殺してなんていません!」


 おばけマンションで起きた殺人事件の容疑者は、当然ながら現場にいたラクレスのメンバーに限られる。それなのに、4人が揃ってカネモトの殺害を否認した。もしかすると、メンバーの誰かをかばっているのか。


「生配信を見てもらった人達には分かると思いますが、僕達にカネモトを殺害することは不可能です。それに、唯一カネモトを殺害できたマソンヌですが、こいつは人を殺すようなやつじゃないし、もし何かあれば7階にいた僕が気づいていたはずです」


 ラクレス内ではボケ担当といった具合のキー坊であるが、その言葉は――その訴えは実に切実であり、動画内でのふざけたキャラクターとのギャップもあって、妙な説得力があった。確かに、マソンヌがカネモトに何かしようとしたのであれば、7階にいたキー坊が気づいていたはず。キー坊がマソンヌをかばっている可能性もゼロではないが、その真剣そうな表情が嘘だとは思いたくない。


「大体、なんでこんなことに……」


 絞り出すように言葉を漏らしたと思ったら、目頭をおさえるマソンヌ。カネモトを殺害するチャンスが唯一あったマソンヌではあるが、その涙が演技や嘘のようには見えない。しかし――カネモトが殺害されたということだけはまぎれもない事実なのだ。そればかりは曲げることもできない。


「今回の企画は、だったはずなのに」


 続けざまにマソンヌが放った言葉。それに引っかかりを覚えない人はいないことだろう。それを画面越しに察知するかのごとく、博士がフォローに入った。


「今、マソンヌが言った通り、今回の企画はカネモト発案のドッキリでした。おばけマンションという場所をお借りし、実際にエレベーターに乗ったカネモトが素っ裸でエレベーターから降りてくる――という、実にくだらない企画の予定だったんです。だからこそ、あんなことになってしまって、我々も混乱してしまったんです」


 今さらながら明かされた事実。おばけマンションで行われた撮影は、あらかじめ筋道が決められていた悪ふざけだったということか。例の生配信を見ていた視聴者のからすれば、完全なる肩透かしになってしまったのであろうが、千早にとってのそれは、まるで違う意味を持っていた。なるほど、そういうことならば、やはり犯人はごく限られた人間の中にいることになるし、いくつかの疑問も解消する。


「もしかしてバチがあたったのかもしれません。曲がりなりにも、いわくのある場所で悪ふざけをしようとしたから、こんなことになってしまったのかもしれません。でも、これだけは断言できます。ジュンヤ、キー坊、マソンヌ、そして博士こと私は、誓ってカネモトを殺すなんて真似はしていません」


 もう一度自分達がカネモト殺害に関与していないことをアピールする博士。現場には彼らしかおらず、カネモトを殺害できたのも彼らしかいない。しかし、思い詰めた様子の4人の姿が嘘には見えなかった。


「――とにかく、これから警察に行ってきます。今さらかもしれないし、本当なら事件が起きてすぐに警察に行くべきでした。そこは恥ずべきところだと思うし、皆さまからお叱りをいただいても仕方がないと思います。改めて、もう一度ここに謝罪いたします。本当に申しわけありませんでした」


 博士が先導する形で頭を下げ、それにならって一同が頭を下げる。


「本当に申しわけありませんでした」


 一同が頭を下げ続けること数十秒。ゆっくりと頭を上げた博士が、カメラのほうへと訴えかける。


「この後のご報告も動画にて投稿させていただくことになると思います。それまで、いましばらくお待ちくださいますようお願いします。それでは――」


 もう一度博士が頭を下げたところで動画は終わっていた。どうやら、彼らも腹を決めて警察に行くことにしたらしい。


 ――またしても閃光が頭を駆け巡る。ラクレスメンバーのアリバイ。合わせ鏡の中に映り込まなかった観葉植物。エレベーターの最大積載量。ラクレスが初めて投稿したという動画。あらゆる場面がフラッシュバックのように蘇り、そしてひとつの答えが千早の脳裏には焼き付けられた。


「とにかく、ラクレスのメンバーが警察に協力するとなれば、また新たな情報も手に入ることでしょう。まぁ、出向くとなると都内の警察のほうでしょうし、今日のうちに情報が入ってくることはないですねぇ。また情報が入り次第――」


「その情報は不要のようです。つい今さっき、査定のほうが終わりましたから。時代に合わせて成長したネット産業。そのネット産業の中から生まれた有名人による悪ふざけ。それによって引き起こされた悲劇。このいわく、かなり興味深いものがあります」


 班目の言葉を遮ってやると、いつものケースからモノクルを取り出して片目にはめる。モノクル越しに見えるエレベーターホールに、千早は確信した。一里之と愛が顔を見合わせて頷き合う。そして班目は不敵な笑みを浮かべた。


「それでは猫屋敷古物商店の店主様。私の持ち込んだビデオカメラには如何ほどのお値段がついたのでしょうか? 査定結果を詳細に伺わせていただいてもよろしいですか?」


 おばけマンションで起きた奇妙な事件。果たして犯人はどのような方法で、生配信中のカネモトを殺害したのか。そして、その犯人は一体誰なのか。


「それでは、これより査定の結果をお伝えさせていただきます」


 ――またひとつ、いわくの正体が明らかにされようとしていた。

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