査定3 おばけマンションの人喰いエレベーター【解答編】1
【1】
――今回の事件は奇妙な点が多い。
まず、カネモトが殺害された時間帯のアリバイ。博士は1階でカネモトを送り出し、遺体となって戻ってきたカネモトを出迎えた。よって、博士にカネモトを殺害することは不可能だ。5階と7階に待機していたジュンヤとキー坊。エレベーターが最上階へと向かい、そしてどの階にも停まらずに1階まで向かったわけだから、この2人にもカネモトを殺害することはできなかった。唯一、最後にカネモトと会ったことになる最上階のマソンヌのみ、その場でやろうと思えばカネモトを殺害することができた。しかしながら、そんなことをすれば物音で7階にいたキー坊に気づかれてしまうはず。よって、マソンヌが犯行に及ぶのも難しいと考えられる。すなわち、状況的に考えてカネモトを除くラクレス4人にアリバイが成立することになる。
また、返り血の問題もあるだろう。カネモトの死因は金属バットで頭部を殴られたことによる脳挫傷。大量ではないにしろ、少なくとも犯人には返り血が付着したはず。けれども、博士が事件後に撮影した動画を見る限りでは、誰にも返り血らしきものは付着していなかった。
誰にもカネモトは殺害できなかった。しかし、カネモトは殺害された。まるでエレベーターが意思を持っていて、カネモトを喰ったかのごとく。
さてさて、今回の事件――いいや、いわくを店主さんはどのように紐解いたのか。毎度のことながら、彼女の華麗な推理……もとい、査定内容を聞いていると、刑事として自信を失いそうになる。まぁ、あくまでも彼女がしているのは査定なのだと、自分で勝手にごまかしてはいるが。ビジネスライクに捉えているのも、ある種の自己防衛なのかもしれない。
「まずはなにから話しましょうか……。とりあえず、今さっきの投稿動画から判明したことを話すことにします」
日もとっぷりと暮れ、辺りはすっかりと暗くなってきた。時間がくると自動的に点灯するようになっているのだろう。なんの前触れもなくエレベーターホールの明かりが一斉に点いた。
「今しがたの投稿動画で明らかになったこと。それは、当初の予定ではラクレスの――しかも、カネモトさんによるドッキリが行われることになっていたということ。つまり、じゃんけんをしてカネモトさんがエレベーターに乗る流れは、あらかじめ決められていたということです。そして、博士さんが1階に残って戻ってくるカネモトさんを待つという構成もまた、動画の見せ方としてあらかじめ決められていたということになります」
動画内の釈明では、おばけマンションでの生配信が、実際のところはカネモト発案のドッキリなる予定だったこと、そしてカネモト自身がエレベーターに乗り込み、ドッキリを仕掛けることになっていたことが明らかにされている。それはつまり――。
「これらのことから、犯人は事前にそのことを知っていた人物の中にいると考えられます。カメラの前でやったじゃんけんも出来レースというやつで、カネモトさんが負けることになっていた。そして、人喰いエレベーターにはカネモトさんが乗ることになっていた。どれだけ用意周到に犯人が殺害計画を作り上げても、いざエレベーターに乗るのがカネモトさんでなければ意味がありません。逆説的に言ってしまえば、カネモトさんがエレベーターに乗り込み、またドッキリという形の見せ方をするため、エレベーター内部にカメラを持ち込まないという構成が決まっていたからこそ、犯人は今回の犯行を実行に移せたのです」
犯人の狙いがカネモトであるのならば、エレベーターに乗るのはカネモトでなければ困る。また、カメラを手にエレベーターへと乗り込まれたのでは手の出しようがない。あらかじめ、犯人にとって都合の良い環境が整っていたからこそ、犯人は犯行に及んだ。そして、都合の良い環境が整っているという事実を事前に知ることができたのは、やはりラクレスメンバーしかいないということになるのだろう。
「あのさ、実は犯人がラクレスとは全く無関係のイカレタ奴だったって可能性は? 今の時代、そういう事件も結構あるじゃん? それなら、事前にカネモトがエレベーターに乗るとか知る必要はねぇし。あれだ、通り魔的な犯行みたいな感じで」
一里之という男は、その風体とは裏腹に中々鋭い質問をする。千早の話は、カネモトの殺害こそが犯人の狙いであることを前提にしている。しかし、誰でも良かったとなると、また可能性がぐっと広がることだろう。
「いいえ、犯人がラクレスの部外者――無関係の人間という可能性はゼロです。その根拠は後ほど――。とにかく、犯人はカネモトさんの殺害が目的だった。そして、カネモトさんの殺害計画を立てることができたのは、事前にドッキリの情報を知っていた人物に限られることだけは間違いありません」
あの時、現場にいたラクレス関係者は、博士、ジュンヤ、キー坊、マソンヌの4人。事件現場から雲隠れしてしまったのは褒められたことではないが、謝罪動画を見る限りでは、この4人の中に犯人がいるとは思えない。しかし、犯行の計画を事前に立てることができたのは、ラクレスメンバーしかいないはず。
「でもよ猫屋敷。犯人はどうやってカネモトを殺したんだ? 1階で博士が見送って、最上階でマソンヌが生存確認をして、また1階へ戻るのを見届けたんだろ? これが本当だったとしたら、誰にもカネモトは殺せなかったことになるしよ」
班目の疑問を代弁するかのごとく、またしても鋭いところに切り込む一里之。千早が主張する通り、犯人がラクレスの中にいるのだとすれば、果たして犯人はどんな方法でカネモトを殺したのか。俗な言い方にはなるが、なにかしらのアリバイトリックでもなければ、ラクレスの4人に犯行は不可能だ。
「犯人はどのような手段でカネモトさんを殺害したのか――。そうですね。先にそっちのほうをはっきりとさせたほうがいいかもしれませんね」
千早はそう言うと、エレベーターのほうを見てから人差し指を立てた。
「ひとつめのポイントはエレベーターの最大積載量になります。先ほど作業員の方に聞きましたが、おばけエレベーターの最大積載量は400キロだそうです。しかし、そうなると奇妙なことが起きてしまうんです。もっと具体的に言うのであれば、動画内でのカネモトさんの発言と矛盾が生じます」
今度はスマートフォンを取り出し、操作をすると画面を班目達のほうへと見えるように向けてくる千早。どうやら、ラクレスが所属している事務所のホームページのようだ。ラクレスメンバーのプロフィールが顔写真と一緒に羅列されていた。
「ここにメンバーの体重が掲載されています。カネモトさん、71キロ。博士さん、68キロ。ジュンヤさん、74キロ。キー坊さん、126キロ。マソンヌさん、55キロ。さて、この5人の体重を合計すると――394キロです。これを踏まえて、生配信された動画を確認して欲しいんです」
生配信された動画は、千早に買い取りを依頼したハンディービデオカメラの中に入っているが、当然ながらネットにもアップされている。わざわざハンディービデオカメラを取り出す必要などなく、自然とみんなが自身のスマートフォンを取り出した。班目も例外なくスマートフォンで動画を検索。電波は入るものの、決して良好というわけではないため、動画の読み込みに時間がかかる。だが、いち早く動画を検索した一里之のスマートフォンから流れたカネモトの一言で、動画を再生する必要はなくなった。
――5人でエレベーターに乗ったら、ブザーが鳴るんだぜ? どう考えてもキャパが小さ過ぎるだろ。
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