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「情報が欠けている――って?」
一里之の代わりに愛が口を開いた。状況から察するに、千早がおばけマンションの事件に
「言葉の通りです。今回の事件はあまりにも情報が乏しいのです。それで、少しでも多くの情報を集めたいと思いまして」
いやいや、隣に最大の情報源であろう警察の人間がいるというのに、情報不足とはなぜゆえに。一里之の疑問を察したかのごとく、班目が口を開いた。
「実はですね。事件に関与した人間の所在が分かっていないんですよ」
班目の言葉に一里之は一瞬考えてしまった。わざわざ意味を考えるまでもない事柄であろうに、その特異性に理解が少し遅れたのかもしれない。
「所在が分かっていないって――ラクレスの人達の?」
ライブ配信中に起きた事件。実際にライブ配信を見ていたわけではないが、今となってはそれをコピーしたものがネットに出回っている。確か、死体が発見されてからしばらくして、ライブ配信自体が切断されたはずだ。その後、ラクレスがどうなったのかは知らない。
「えぇ、実際に事件を通報してきたのも、ライブ配信の視聴者です。ラクレスのメンバーからの通報はありませんでした。このハンディービデオカメラも、現場となったおばけマンションの廊下に落ちていたのを、捜査官が見つけたんです。ラクレスのメンバーがおばけマンションからバラバラになって出てくるところを目撃したという証言はあるんですがねぇ――。怖くなって逃げ出したのか、それともラクレスがカネモトの死に何かしらの関わりを持っているのか。事件の当事者達がどこかに雲隠れをしている以上、お手上げでして」
言われてみれば、そんなことがネットに書かれており、一部からは批判の意見が飛び出していたように思われる。ネットが当たり前になった昨今においては、炎上している有名人など珍しくなく、だから印象に残らなかったのかもしれない。地元で起きた事件という意味ではセンセーショナルではあるが、ラクレス自体にはあまり興味がない証拠だ。
「当事者に話を聞けないとなると、それ以外の情報だけで事件を捜査しなくちゃならない。だから、マンションに住んでる正義に詳しく話が聞きたいってわけか」
ここだけの話とばかりに、一里之に続いた班目が声をひそめた。
「それだけではありませんよ。さっき、ラクレスがおばけマンションから散り散りに出て行くところを目撃した証言があったと言ったでしょう? 実はその証言、大海君の証言なんです」
事件が騒ぎになった際、自分の住んでいるマンションで起きたことを、やや前のめり気味に教えてくれた大海。しかしながら、なんだか重要そうな証言までしていたことは初耳だった。
「なるほど。でも、それだったら猫屋敷。わざわざ俺にワンクッション入れなくても、大海に直接話をすれば良かったんじゃね? 俺のすぐそばに大海もいたわけだし」
一里之がここに呼ばれたのは、いわゆる大海との橋渡し役である。けれども、大海と千早は赤の他人というわけではなく、れっきとしたクラスメイト同士である。別に一里之でワンクッションを入れずとも、直接やり取りをしたほうが早いように思えるのだが。
「いえ、その――。大海君とは一度も喋ったことありませんし。そんなことを言ったら、クラスで普通に喋ることができるのは一里之君くらいしかいないわけでして」
相模が破壊力抜群と言っていた、ちょっと恥じらいながら、なんだかモジモジとした感じの千早が現れた。愛の咳払いで我に返ったが、もしかすると締まりのない顔をしていたのかもしれない。
「ま、まぁ――そういうことなら仕方ないよな。で、今すぐに大海に来てもらうようにすればいいか? でも、あいつバイクとか持ってねぇしなぁ」
相模と一緒にいるのだろうが、千早と親しくなるためならば、なんとしてでも大海はここまでやって来ようとすることだろう。けれども、彼には肝心の足がない。一里之のようにバイクに乗るわけでもないし、バスを使うにしても、もう夕方だ。都会の人からすれば信じられないだろうが、この時間になれば、すでに最終バスが出た後なのだ。
「いえ、今から班目様の車で、実際に事件現場に向かう手筈になっています。大海君は自宅にいてもらって結構。後はその――大海君とお話しできるように、一里之君には根回しをしていただけるとありがたいです」
千早に頼られるのは悪い気はしない。大海と千早の距離が縮まるのは面白くないが、彼女の頼みとあれば一肌脱がないわけにはいかないだろう。
「愛の事件を解決してもらった借りもあるし、それくらいならお安い御用だ。大海に連絡入れてみるから、ちょっと待ってくれ」
一里之はスマートフォンを取り出す。大海はあまりメールのレスポンスが良いほうではないから、電話のほうが確実であろう。しばらくコール音が聞こえた後、実に不機嫌そうに「やぁ、誰かと思ったら、親友より女子のクラスメイトのことを優先する純平じゃないか」と、皮肉たっぷりの声がスマートフォンの向こう側から聞こえた。
「そのクラスメイトの女子がさ、ちょっとお前に用事があるらしいんだよ。今から時間作れるか?」
スマートフォンの向こう側でガタリという音が聞こえ、続けて「痛っ!」という小さな叫びが漏れる。きっと、テーブルか何かに着席しており、驚きのあまり勢い良く立ち上がった結果、テーブルに膝でも打ち付けたのであろう。
「あ、ちなみに雛撫高校の女子と遊んでるなら無理強いはしねぇけど」
大海のリアクションが面白くて、ちょいとばかりからかってやる一里之。女子からモテる大海が、千早のことで慌てる様子を伺うのは、なんだか清々しい。さすがは鋼鉄のガールフレンド様である。
「あー、ほんのついさっきまでは一緒にいたんだけどね。なんだか相模と2人で飯でも食おうということになってね、さっさと追い返して相模と【花レス】にいるんだよ。まぁ、だから時間も作れなくないけど」
大海の反応を見るに、雛撫高校の女子も捕まらなかったらしい。それで、仕方がなく相模と飯を食いにでも行ったのだろう。ちなみに、大海の言う【花レス】とは【花々の
ともかく大海に話を聞くことはできそうだ。それを確信した一里之は、指で輪っかを作ってオッケーサインを千早のほうに出した。大海と千早が親しくなるのは不本意であるが、しかし彼女が大海から話を聞きたいというのならば仕方がない。もしかすると、娘を嫁に出す時の父親というのは、こんな思いをしているのかもしれない。――知らんけど。
「だったら、これから猫屋敷とお前の家に行くからさ。家に帰って待っててくれよ」
「あ、あぁ、分かったよ。ただ、今から帰るとして――せめて30分くらい後にしてくれよ。少しくらい部屋も片付けたいし」
本題を引っ張り出すと説明が面倒だから、あえて簡潔に話をまとめて大海から二つ返事をもらった。刑事も一緒だとか、事件の話を聞きたいだとか、余計なことは言わなくていい。面倒なことは実際に会ってから、それこそ刑事の班目がうまいことやってくれるだろう。
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