峠を越えて、いつものように道の駅へとバイクを走らせる。休憩がてら売店に立ち寄り、豆大福とコーヒーで一服。最初は口に合わないと思っていたコーヒーであるが、豆大福との相性が絶妙なのだ。コーヒーが豆大福の風味を際立たせ、豆大福の風味がコーヒーのキレを際立たせる。この組み合わせは今のところ一里之の中で最強だった。


 小腹を満たした後、一里之と愛はバイクにまたがり、猫屋敷古物商店を目指す。集落の中にぽつんと出てくる商店。それこそ、国道沿いでもなんでもない店は、今でも幻の店のような扱いを受けているのであろう。もっとも、近所の人達や一里之達からすれば、都市伝説でもなんでもないわけだが。


 集会所にバイクを停めると、先客がいることに一里之は気づく。この田舎に似合わないクラシックカー。そのシルエットはどこかで見たことがあった。例の刑事の車である。


「あ、今日はあの刑事さんも来てるみたいだね」


 クラシックカーに一瞥いちべつをくれつつバイクを降りる愛。以前より付き合いのある刑事だとかで、事件解決の糸口になればと都市伝説を信じて、いわくつきの証拠品を持ち込んだのが知り合ったきっかけだったとか。千早も様々なものを査定するにあたって、警察関係者に知り合いがいるのは助かるのだとか。ギブアンドテイクがはっきりした関係だといえよう。


「あれかな? また猫屋敷のところに事件でも持ち込んでんのかな?」


 そんなことを漏らしつつ、一里之は愛と一緒に店のほうへと向かった。この時、実はまるで心当たりがないわけでもなかったが、愛には黙っていた。ガラス張りの引き戸を開けると、相変わらず子気味の良い音が響く。


「おや、どうやらお着きのようですよ」


 そう言ってアンティークの椅子から立ち上がったのは、やはり刑事である班目であった。カウンターのそばに座っていた彼の前にはお茶のみが出されている。おそらく、彼に豆大福が振舞われることは二度とないのだろう。千早の有する在庫を全て食い尽くしてしまったのだから。


「あ、刑事さん。この前はどうもありがとうございました」


 愛が愛想良く頭を下げる。一里之もそれにならって軽く会釈をした。相手が刑事だから――という理由なのか、どうにも班目のことを警戒してしまう。気を許せないといった具合だ。


「いえいえ、こちらこそ悪質な犯罪を検挙することができて助かりましたよ」


 班目がそう言って軽く頭を下げると、カウンターの奥にいた千早がカウンターから出てくる。


「一里之君に愛さん。急に呼び出して申しわけありませんでした。実はちょっとお聞きしたいことがありまして、こうしてご来店をお願いしたのです」


 千早はそう言うと、店の奥から古そうな椅子を引っ張り出してくる。もうこの辺りは店の備品なのか売り物なのか良く分からない。カウンターの前に並べられた椅子は、一里之と愛の着席を促していた。


「とりあえず立ち話も申しわけないので――」


 千早に促されて椅子に座ると、カウンターの上に新しめのハンディービデオカメラが置いてあることに気づいた。スマートフォンが普及してから、ビデオカメラの出番が随分と減ってしまったが、しかしこうして販売が続けられているということは、それなりの需要があるのだろう。画質だとか音質だとかが大きく変わってくるに違いない。


 椅子に座ると千早がお茶を出してくれた。しかし、お茶受けは残念ながら豆大福ではない。きっと、この場で豆大福が出てこないのは、この班目という刑事がいるせいだ――と、ついさっき食べてきたばかりなのに、豆大福に対する執着心が顔を覗かせる。


「それで、話ってのは?」


 お茶を一口すすると千早に問う。彼女のほうから店に呼びつけたのだ。当たり前だろうが、それなりに理由があるのだろう。もし、一里之に淡い恋心を抱いていて――というのならば、愛まで連れてこいとは言わないだろうし、そもそも刑事も同席しないことだろう。


「それに関しては私のほうからお話させてもらいます。さて、突拍子もない話なのですが、ラクレスってご存知ですか? 無茶なことをやって、それを配信しているグループなんですが」


 ラクレス――。その存在は以前より知っている。もちろん、配信を毎回見るような熱狂的なファンではないが、しかし名前はもちろんのこと、どんなことをやっている連中なのかは知っていた。それに、一里之にとっては、かなりタイムリーな名前だ。


「あぁ、知ってるよ。ってか、最近こっちのほうでライブ配信している最中に、リーダー格のカネモトが死んだんだろ? 俺の周りでも話題になってたし、その時の動画もネットに出回ってるからな」


 実のところを言うと、一里之が事件のことを知っているのは、ライブ配信を見ていたわけでもなければ、ネットニュースを見たわけでもない。ごくごく身近な人間が、やや興奮気味に教えてくれたのだ。


「えぇ、その通りです。現場となったのは【グランメゾン妻有】と呼ばれる、この辺りでは珍しい高層マンションです。別名――」


「おばけマンション。別に誰が死んだとか、事件や事故があったとかじゃなくて、立地条件がそこまで良いわけでもないくせに、高級マンションぶって家賃が高いから、入居者が極端にいないだけ。ほとんどが空室のせいか、パッと見た感じ廃墟みたいに見えるから、いつしかおばけマンションと呼ばれるようになったとか」


 班目の言葉を遮って、その先を言ってしまう一里之。どうして一里之がおばけマンションについて詳しいのかというと――。なんとなく、自分がここに呼ばれた理由が分かったような気がした。


「一里之君。このお話をした時点で、私がお願いしたいこと――おおむねご理解いただけたと思います」


 はっきり言おう。あまり気が進まないと。事件の解決――いや、千早目線で言うのであれば査定になるのだろうが、それに対して協力したくないというわけではない。ただ、裏で鋼鉄のガールフレンドと呼ばれるほどガードが固く、また本人も近寄りがたい空気を出しているため、その存在自体が高嶺の花のようになっている千早。その彼女と親しい……少なくとも言葉を交わす仲であるというのが仲間内でのステイタスとなっているのに、それを無条件で手放すような気がして面白くない。


「ようは正義から話が聞きたいってことだろ?」


 一里之が言うと、千早より先に班目が頷いた。


「その通りです。君のクラスメイト――大海正義君ですが、あのおばけマンションに住む数少ない住人なんですよね? それで、ちょっとお話を伺いたいんです」


 大海は高校生という身分でありながら独り暮らしをしている。親がそこそこの金持ちで、若いうちから自立できるようにと、家を出ておばけマンションに入居させられたとか。なぜわざわばおばけマンションなのかといえば、両親が単純に高級嗜好でおばけなど信じない超現実主義だからとか。実家から徒歩で30分程度。家賃や生活費もろもろは当然ながら親持ちであり、足りないようなら実家に顔を出すだけで、一里之からすれば1桁違いのお小遣いをもらえたりする。まるで自立できる環境ではない。ただ、それを鼻にかけたり、金持ちぶったりしない面があり、だからこそ親しく付き合えているのかもしれない。それはさておき、イケメンで家が金持ちなんて、それだけでハイスペックなやつ――千早と親しくなる必要などないだろうに。


「でも、それだったら警察が話を聞いたんじゃねぇの? 本人も長いこと警察に居座られたって言ってたぜ」


 おばけマンションで起きた事件は殺人事件の方面で捜査されており、ネットでも毎日のように話題に上がっている。まだ犯人は捕まっていないようだが、その異様な状況と特殊な環境に、様々な憶測が飛び交っていた。


「もちろん、事情はお聞きしました。ですが、警察を相手に話すのと、クラスメイトを相手に話すのとでは内容が変わってくるかもしれません。それに――」


「私が直接お話を伺ってみたいのです。今回の査定は情報があるように思えて、重要な情報が大きく欠けていまして。今の状態では、まるでお値段をつけられないんです」


 班目の言葉を途中から奪う千早。その視線はカウンターの上に置かれたハンディービデオカメラに向けられていた。もう考えるまでもなく、これが猫屋敷古物商店に持ち込まれた今回の品なのであろう。

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