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「あ、私はバスケ部のキャプテンやってる榎本真綾えのもとまあやです。で、愛美に会いに来たみたいだけど、残念ながら、あの子ここしばらく学校に来てないみたいで――」


 千早が先に名乗ったからか、律儀に名乗り返してくれる真宵。しかしながら、よほど風紀委員会にしつこくされたのか、千早に釘を刺すかのごとく続ける。


「でも、これだけは言っておきます。どうして愛美と会いたいのかは知らないけど、最近学校で騒がれている事件と愛美は関係ありませんからね。風紀委員会が勝手に騒いでくれて、こっちはいい迷惑なんです。誰よりも動物が好きなあの子が、動物を殺すなんて事件を起こすわけがありませんから」


 愛から話を聞いた限りだと、学校のいたるところで魔女狩りが行われているのかと思っていたが、どうやら全てが全てというわけではないようだ。千早は真宵の言葉に対して頷く。本人がいないのならば、これ以上突っ込んで話を聞いても仕方がない。少なくとも、この真綾という人物は愛美の味方である――それが分かっただけでも充分に収穫があったといえよう。


「そうですか。本当ならばご本人にお会いして、その辺りのことをお聞きしたかったのですが、どうやらその必要もなさそうですね。それでは、練習中に失礼いたしました」


 千早は風紀委員会ではないが、しかし愛美に話を聞きに来た立場だった。そう見えたからこそ真綾が先手を打ったのであろうが、この様子なら本人から話を聞くまでもないようだ。


「えっ、あ――はい」


 あまりにも千早があっさりと引き下がったものだから拍子抜けしてしまったのであろう。真綾は間の抜けたような返事をすると小さく頷いた。千早は改めて頭を下げ、そして体育館を後にする。


 体育館から戻り、そしてトイレに入ると「戻りました」と声をかける。するとトイレの個室が開き、愛が出てきた。


「どうだった?」


 声を絞って聞いてくる愛。人に聞かれても困るような話ではないし、そもそも放課後のトイレで、他人の話に聞き耳を立てるような物好きはいない。しかしながら、声を絞って問われると、こちらまで声を絞って小さくして返してしまうから不思議なものだ。


「残念ながら本人は学校に来ていないようですね。ただ、周囲の方のお話から大体のことは把握できましたので、改めて本人からお話を伺うようなことはしなくてもいいと思います。ゆえに、他の方からお話を伺うことを最優先にしたほうが良いかと」


 幸いないことに、まだやるべきことが多く残っている。愛美本人に話を聞くのは、現状やるべきことをやり、調べるべきことを調べて、それで手詰まりとなった時でいいだろう。


「なら、これからどうする? 少し早いけど相崎さんとの待ち合わせ時間も近いし、そっちのほうに向かおうか」


 愛はそう言ってかすかな笑みを浮かべるが。それがどうにもカラ元気のようにしか見えなかった。どれだけ強くあろうと振る舞っても、本質的なところというのは、自然と見えてきてしまうものである。こうして彼女が同行してくれているわけだが、しかし実際のところは1秒たりとも学校にはいたくないのかもしれない。


「ちなみに、一里之君には連絡してもらえましたか?」


 待ってもらっている間に、さらに学校の外で待っている一里之に連絡するようにお願いしていたわけだが、彼はまだ待機を続けてくれているのだろうか。勝手な思い込みで悪いのだが、彼にそこまでの堪え性があるとは思えない。


「何かあったらすぐに連絡しろって――。待つのに疲れてうずうずしてるみたい」


 やはり思った通りである。むしろ、こちらから連絡を取ってやらねば、勝手に学校に乗り込んできそうな感じさえする。一里之のようなタイプを、世の中は不良だとか言いたがるのであろうが、しかし彼の原動力の根底には愛という存在がいる。だから、世の中のいう不良というタイプとは、また別の存在だと千早は思っていた。


「そうですか。それならば急ぎましょう。いずれは下校時間になってしまうでしょうし」


 まだ部活動の人達がいるだろうから、下校時間のことをそこまで意識する必要はないだろう。しかし、これから愛のクラスメイトで同じ動物係の人間に話を聞き、それから堺という教師にも会わねばならないし、頃合いを見て警備員の詰所にも寄らねばならない。やることが多いため、できる限り効率良く回らねばならないだろう。


「相崎さんは図書委員の仕事で図書室にいるってことだから――」


 愛と千早はトイレを後にし、またしても愛が先頭に立つ形で校内を移動する。どうやら、スカートの振れ幅が最小になる歩き方を掴めたようで、はたから見ればまだコミカルな動きなのであろうが、しかしそれなりの速さで歩けるようになった。


「図書委員ですか。あの、相崎様は動物係もやっておられるのでは?」


「委員会と係はまるで別のものだからね。私も保健委員だったりするし。係はクラスで割り振られたものだから、委員会と掛け持ちになるんだよ」


 千早も仕方がなく幽霊委員として放送委員会に属しているが、特にクラスでの係というものはない。その制度は中学校までで終わるものだとばかり思っていたが、学校によって差があるだけなのだろう。


 愛に案内されて図書室へと到着。扉を開けるなり、本の独特な香りが鼻をついた。図書室は窓ガラスが広く、開放的なデザインである。広さもそこそこあり、本棚の数も多い。そんな図書室のカウンターに人影が見えた。


「あ、相崎さん。待った?」


 カウンターにいたのは、眼鏡をかけた地味めな女子だった。愛みたいなタイプが光だとすれば、明らかに闇のポジションだ。普段、学校では闇属性でいるつもりの千早は、カウンターで本の整理をしている彼女が他人には思えなかった。


「まだ委員会の仕事が終わってないから心配しないで――。みんな、私に仕事押し付けて帰っちゃうし」


 どうやら委員会の仕事を押し付けられたようだ。それはもしかすると根底に【惨殺アイちゃん】の件が絡んでいるのかもしれない。愛の話によると、本の整理をしている彼女――相崎さんのほうが、よほど【惨殺アイちゃん】の一件で酷い目に遭っているようだし。


「手伝おうか?」


 愛はそう言って手伝いを始める。本の整理などの作業は、千早も仕事柄慣れている。愛の後についてカウンターに向かうと「ご指示をいただければ」と指示を仰ぐ千早。どこの誰かも分からないであろう千早の進言に、眼鏡の女子はやや戸惑った様子を見せる。愛が「さっさと終わらせちゃおう?」と促し、そして手分けをして本の分別作業が始まった。思いのほか仕事がはかどり、あっという間に本の分別作業は終了。


「ありがとう。あの事件のせいで、なんでもかんでも損な役回りをやらされてキツイよ。なんか学校に来なくなったら、それはそれで負けたような気がして嫌だけど」


 失礼な話になるが、外見だけを見ると弱々しそうで、眼鏡をかけたいかにもガリ勉といったタイプにしか見えない彼女。しかし、その意思は外見とは違って強く、またしっかりとしているように思える。もしかすると、彼女もまた千早と同じく、あえて闇の者となっているタイプなのかもしれない。


「もう心配しないでいいよ。前にメールで話をしていた子に来てもらったから」


 愛はそう言うと、千早の頭をポンポンと叩く。悔しきかな、圧倒的な身長差。


「あ、事件を解決してくれるっていう――どうか、よろしくお願いします」


 愛からどのような形で千早のことが伝わっているのかは分からないが、相崎さん――もとい、美穂は丁寧に頭を下げる。千早も頭を下げると「査定のためにいくつかお聞きしたいことがございますので、ご協力をお願いいたします」と切り出す。詳しいことは聞かされていないのか「査定?」と美穂が首を傾げ、そこに「話すと長くなるから気にしないで」と愛がフォローを入れた。

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