査定1 家族記念日と歪 歪んだ愛憎【解答編】1

【1】


「この品を買い取る際に査定するポイントは、大きく分けて5つあります」


 猫屋敷千早による査定結果の説明が始まった。果たして持ち込んだ証拠品にはどれほどの価値があるのか――なんてことは、班目の興味の外である。大事なのは彼女が話す査定の内容だ。いわくつきの品物を買い取る彼女は、そのいわくの価値を見定めようとする。いわくの価値を見定めるということは、すなわち事件の全貌を見定めるということなのだ。


「まずひとつめ。16歳という年齢は果たしてキリが良い年齢なのか――です」


 千早は白い手袋をはめたまま、人差し指を立てる。班目は警察手帳に書き写した日記帳の文面を確認する。確かに【家族記念日 第1回】に、そのように書かれている。娘が誕生日を迎えて16歳になった。キリが良いから、この日を家族記念日とする――との記述があった。


「言われてみれば……16歳という年齢は中途半端というか、決してキリが良いとは思えませんねぇ」


 班目が答えると、千早は小さく頷いて続ける。カウンター越しに対面する班目と千早。淡々といわくの価値が明かされていく。


「ふたつめ、家族記念日は日取りの都合で前後する年があるということ」


 続いて中指も立てる千早。これは【家族記念日 第2回】の中にあった記述だ。来年は日取りが悪くて家族記念日の日付が前後するかもしれない旨が書かれている。


「みっつめ――この日記はいつからいつの間にかけて書かれたものなのかということ」


 黙って千早の話を聞いていれば良いのだが、隙さえあれば口を挟もうとするのは、刑事としてのプライドがあるからなのであろう。査定という名目であっても結果的に一般人の彼女に協力してもらっている以上、プライドもへったくれもないのだが。


「日記を書き始めたのは最愛の娘が16歳になった時。そして、少なくとも被害者が60歳になった時までは書かれ続けていたでしょうね。ほら【家族記念日 第7回】で被害者は娘達から祝いの品として赤いチャンチャンコをプレゼントされています。これ、まず間違いなく還暦のお祝いだと思うんですよ」


 日記の中に出てくる赤いチャンチャンコは還暦のお祝いであろう。被害者の年齢が64歳だったはずだから、日記は随分と前から途絶えていたことになる。


「私もそれは還暦のお祝いだと考えています。それはともかく、よっつめ――この日記に書かれているように被害者は社長という立場から退いたのか」


 いつしか千早の指は親指を残して全て立てられていた。その親指が立てられた時……つまり、査定する5つのポイントが明らかになった時、真相が見えてくるのだろうか。


「いつつめのポイントはもっとも重要になります。それは――キンモクセイです」


 とうとう千早の親指も開かれた。しかしながら、千早が重要そうなポイントを挙げても、なんだか班目はピンとこなかった。


「ひとつめから順に詳しく査定ポイントを見ていきます。まず、16歳は果たしてキリの良い年齢なのか否か。どう思われますか?」


 千早に話を振られるとは思っていなかった班目は、そこで言葉に詰まってしまった。その様子を見てか、千早が言葉を変えて問いを改めて投げてくる。


「では、16歳と聞いて、何か連想するものはありませんか? ないのであれば、それはそれで構いません」


 班目は宙に視線をやって考えてみる。16歳といえば――女性の結婚が許される年齢である。ざっと考えてはみたが、それくらいしか16歳から連想できるものはなかった。


「うーん、女性だと結婚することが許される年齢ですねぇ。でも、キリが良いというのとはちょっと違うような気もします」


 千早は班目の答えに頷き「私もそう思います。どうにもピンときません」と一言。どうにも16歳という年齢がキリの良いものだとは思えない。ならばなぜ、日記を書いた張本人はキリが良いだなんて書いたのか。


「一旦、これは暖めておいて、次のポイントのお話をしましょう。日記の中で被害者はこんな記述をしています。――来年は日取りが悪いから、記念日が前後するかもしれない。と」


 警察手帳とにらめっこを続ける班目は、確かに千早が言うような記述があることを確認する。家族記念日とやらに日取りの良し悪しなんてあるのだろうか。


「これ、よくよく考えたら不自然だと思いませんか? 一年先の予定が決まっているのならば話は別ですが、家族記念日にこだわっていた様子の被害者が、わざわざ一年先の記念日に予定を入れるとは思えません。一体、なんの日取りが悪かったのでしょうか?」


 いちいち班目に問いかけてくるスタンスの千早。答えは一向にまとまらず、彼女が疑問点を挙げれば挙げるだけ謎が増えていくような気がする。ここまで風呂敷を広げておいて、本当に答えに収束するのだろうか。まぁ、査定が終わっているとのことだし、千早にはすでに答えが見えているはずだが。


「さぁ、私は被害者じゃありませんからねぇ。その辺りのことは良く分かりません」


 明確な答えがきっとあるのだろうが、班目はあえて曖昧な答えかたをする。千早は「では、これも一旦、後回しにしましょう」と、論点を切り替える。


「では、みっつめのポイント。この日記はいつからいつにかけて書かれたものなのか。もっと具体的に言うのであれば、被害者が何歳から何歳になるまでにかけて書かれたものなのか」


 国道からは外れているため車通りもなく、また山間部ということで周囲は山に囲まれている。ここから少しばかり下のほうを流れる川のせせらぎが聞こえ、春の風物詩とも言えるウグイスの鳴き声が聞こえてくる。昼夜問わずにウグイスが鳴くと知ったのは、この店のことを知ってからだ。


「それに関してはある程度推測できますねぇ。ほら【家族記念日 第7回】で被害者が赤いチャンチャンコをプレゼントされているでしょう? となると、その年が60歳になった年だったと考えることができます。この家族日記が全8回で、第7回が60歳だと考えると、最初の家族記念日が54歳で、第8回が61歳ということになりますねぇ」


 単純な計算ながら、念のためにスマートフォンの電卓機能を使って数字を出す班目。


「それを前提として、被害者が54歳の時、それぞれの娘は何歳だったでしょう?」


 たまたま班目がスマートフォンで計算したからなのか、続いて算数の問題を出してくる千早。彼女のことだから何かしらの意図があるのだろう。


「えっと、現在の被害者の年齢が64歳――。長女が44歳だから、その年齢差は20歳。次女が32歳だから、その年齢差は32歳。三女は22歳なんだから、年齢差は42歳か……」


 班目は警察手帳の情報とスマートフォンの間に視線を往復させながら答えを出す。家族記念日の日記が書かれたのが、被害者54歳の時だとすれば、それぞれの娘の年齢は――。


「長女が34歳、次女が22歳。三女は――12歳ってことになりますねぇ」


 班目の答えを聞くと、表情はひとつも変えずに首をゆっくりと傾げる千早。


「となると、やっぱり家族記念日が始まった年に16歳になる娘さんなんていなかったことになります。困りました」


 もっと表情が豊かであれば、その仕草ひとつでも可愛らしいのであろう。無表情であるがゆえに、可愛らしさのかけらもないのであるが。


「それに、よっつめのポイントとも矛盾が生じます。班目さんの推測だと【家族記念日 第8回】は、被害者が61歳の時に書かれたものになります。そして、この第8回の日記の中で、被害者は社長から退く旨を書いています。しかし――64歳になった今でも社長の席を譲ってはいませんよね?」


 班目は頷くしかなかった。確認するまでもなく、外丸氏はいまだに不動産会社の社長である。ゆえに、日記の第8回が行われた年に社長の席を譲る旨が書かれているが、しかし実際にそうだったのであれば、被害者は61歳で社長の座を退陣していたはずだ。けれども、殺された64歳になっても社長であり続けた。これもまた矛盾である。


「――様々な点から考えてみましたが、矛盾が生じてしまうか、曖昧な点が出てきてしまいます。でも、もしこれらの矛盾点と曖昧な点が収束する魔法があるとしたらどうしますか?」


 そんな魔法があれば、警察がさっさと使っているであろう。もちろん、彼女に直接そんなことは言えない班目は「そんなものがあればいいんですけどねぇ」と無難な返しかたをする。すると、珍しくカウンターから身を乗り出し、相も変わらず無表情――いいや、彼女の名誉のために真剣な眼差しと表現しよう。それを班目に向けながら千早は続けた。


「実はあるんです。それは……キンモクセイです」


 キンモクセイ。それは、日記の中にもちょくちょく出てくるワードだった。さすがにそれが木の名前であることくらい班目も知っている。しかし、このキンモクセイが全てを収束させる魔法になるとはどういうことなのだろうか。


「キンモクセイ――樹高5メートルから8メートルになる常緑小高木。一年中緑の葉をつけ、樹高が10メートル未満のものになります。植え付け時期は3月から4月、開花期は9月から10月になります。花の色はオレンジです」


 色々と聞きたいところはあるのだが、今は千早の話を聞いたほうが良さそうだ。口を挟む隙はあったものの、あえて班目はそれを逃した。


「このキンモクセイなのですが、日記帳によると友人からもらい受け、挿し木にて植樹をしたようです。あ、ちなみに挿し木というのは、簡単に言えば元気で若い枝を直接培養土に挿し、そこから根を張らせる手法です。花が咲くまで最低でも5年はかかってしまいますが、比較的キンモクセイは挿し木でも育てやすい樹木になっています」


 このまま黙って聞いていようと思った班目だったが、今の一言でさすがに口を挟んでしまった。なぜなら、そこには明らかな矛盾があったからだ。


「ちょっと待ってくださいよ。それだと日記の内容がおかしくなりませんか? 家族記念日の証として、キンモクセイが植えられているんです。しかし、そのキンモクセイは【家族記念日 第3回】で去年の秋に咲いた――と記述されている。それってつまり、少なくともキンモクセイを植えてから2年目には花をつけていたということになりません? なにか勘違いをされているのでは?」

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