【2】


《外丸郁男氏が遺した日記帳の全文》



『家族記念日』


【家族記念日 第1回】

 今日は最愛の娘の誕生日。そして、娘の誕生日は私とあの人――もっとも愛した妻と出会った記念日でもある。この日は一生忘れることのない日であろう。娘もキリがよく16歳になったから、この日を家族記念日として今後は祝っていこうと思うし、日記も書いていこうと思う。


 先日、たまたま友人からキンモクセイをもらった。挿し木という手法で簡単に増やせるらしく、家族の記念として庭に植えることにした。このキンモクセイも娘と同じように美しく育って欲しいものだ。



【家族記念日 第2回】

 今年も家族記念日がやってきた。私は女にだらしなく、最愛の妻と娘がいるにもかかわらず、他の女にうつつをぬかしてしまったことがある。そのせいで、大切なあの人に愛想を尽かされてしまった。だから、あの人の分まで娘に愛情を注ぐことにしよう。


 この日記で弁明するつもりはないが、男というものは心と体は別物だったりする。他の女と体の関係を持つことはあっても、心は1人の女を愛し続けたりするものだ。そんな言い訳をしたところで、あの人はもう私に会いに来たりはしないのだろう。だからせめて、家族記念日は今日という日に行いたい。来年は日取りが悪いから記念日が前後するが、可能な限り家族記念日は、あの人と出会った日――そして、最愛の娘の誕生日に祝いたいと思う。



【家族記念日 第3回】

 私には3人の娘がいる。そして、3人の妻がいた。しかしながら、愛している娘は1人だけだ。そして今でも愛している元妻も1人だけ。他の娘は汚らわしいものにしか見えないし、他の元妻も結局のところ私の財産が目当てだったに違いない。


 さぁ、今日は特別な家族記念日だよ。この日というものを喜ぼう。


 初めての記念日に植えた庭のキンモクセイは、去年の秋に花を咲かせた。今年もきっと綺麗に花が咲くのだろう。



【家族記念日 第4回】

 今日は仕事の都合で記念日を家で過ごすことができなかった。この日記も会社で書いている。


 私は最近気づいてしまったのだ。最愛の娘が歳を重ねるごとに、あの人に似てくることを。あの時の情熱――まごうことなく愛したあの人の面影を娘に見るようになった。他の娘と接していても感じないなにかを、最愛の娘には感じてしまう。それは親子として正しい感情なのか、それとも間違った感情なのかは分からない。


 ただ、親としての愛情と、男としての愛情が全くの別物だということくらいは私にも理解できる。


【家族記念日 第5回】

 私はどうやら越えてはいけない一線というものを越えてしまったらしい。ただただ男としての性欲を満たせた満足感と、抵抗すらできず、ただただ涙を流していた娘への罪悪感が入り混じっている。それが心地よいと思ってしまう私は、どこかおかしいのだろうか。


 今日の家族記念日は私だけで祝った。最愛の娘も誘ってはみたが、しかし来てはくれなかった。次の家族記念日は、是非とも一緒に祝いたいものだ。



【家族記念日 第6回】

 あれからも私はなにかと理由をつけて最愛の娘を呼び出し、そして関係を持ってきた。娘もようやく私の愛を受け入れてくれたのだろう。行為の最中も涙を流すことなく、また抵抗することもなく、ただ私を受け入れるようになった。


 でも、家族記念日に最愛の娘は来てくれない。私と最愛の娘、そしてあの人との接点だというのに。どうしても家族記念日には会いに来てくれない。家族記念日こそ家族で一緒に過ごすべきだというのに。



【家族記念日 第7回】

 今日は嬉しいことがあった。今日という記念日を最愛の娘が祝ってくれたのだ。しかも、あちらから会いに来てくれた。もっとも、他の邪魔な娘たちも一緒にだが。歳は取りたくないものだが、祝いだと娘達から赤いチャンチャンコをもらった。プレゼントそのものは年老いていく自分を馬鹿にされたような気がして気に入らなかったが、最愛の娘が会いに来てくれたことがなによりも嬉しかった。


 久方ぶりに美味い飯を食ったような気がする。他の娘達は邪魔で仕方がなかったが、こんな家族記念日も悪くはないだろう。



【家族記念日 第8回】

 そろそろ私も会社を退く時が来たようだ。まだ誰にも話してはいないが、今年一杯で社長の席を譲ろうと思う。まだ誰に社長の席を譲るかは決めていないが、今後は隠居をして、最初の家族記念日の時に植えたキンモクセイを愛でながら余生を過ごそうと思う。


 一度は冷えかけた最愛の娘との関係も、すっかりと元に戻った。私が歳をとり不能になってしまったから――なんて、ネガティブな理由を作り上げてみるが、きっとそうではない。


 私と娘は真の愛でようやく結ばれたのだ。



《日記帳はここで途絶えてしまっている》


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