眠り姫のお相手は・・・

なみ

第1話 きっかけは突然に

「お前、俺のモノになれ」


「……は?」


至極冷静に爆弾発言をする彼。

この空間だけ時間が止まる。


「どーする?生徒会長のご命令だぞ?」


ニヤニヤしながら言ってくるチャラ男を、本気で殴りたくなった。

なんで、こんなことになったのかって?

…まあ、キッカケを作ったのは間違いなく私のせい、なんだけど…。

時間は、今日の朝に戻さないといけない。


ー6月17日。午前8時00分ー


「…どうしよう」


クラスメートの笑い声で賑やかになる教室。

その隅っこで、顔を青ざめながら鞄をひっくり返す私。

まあ、大体想像はつくと思います。

……物を失くしました。大事な生徒手帳ならぬ生徒カードを。

しかも、私にとっては絶対に見られてはいけないものを。

私の通う私立椛ヶ丘(モミジガオカ)高等学園は、日本屈指のお金持ち学校。

生徒の個人情報は、全て「生徒カード」によって管理される。

名前や住所、電話番号はもちろんのこと、家柄や財産、成績からはたまた生い立ちまでありとあらゆる情報がメモリーされている。


「…なんで、よりによって「アレ」を……」


カードを見るには、学校の特別なパソコンに通さなければ見ることはできない。

一般の人に見られる確率は、ほぼ0パーセント。

…でも、問題はそこじゃない。

一般の人は見られなくても、生徒になら見られる可能性があるということだ。


「学校内で落としてたりしたら……。」


一気に血の気が引いていく気がした。

…カードは、私にとってはもう一つ重要な意味がある。

他の生徒よりも、もっと重要で、触れられてはいけないものが。

…今ここでそれを言う必要はないけれど。


「とにかく、さがさなきゃっ……。」


予鈴が鳴り出したにも関わらず、私は教室を飛び出した。

そして、とりあえず朝から歩いてきた場所をくまなく探す。

通りかかる先生が注意するけど、そんなのは無視。

…それくらい、大切で必要なものだから。


「…ないっ……。嘘でしょう……?」


四つん這いになって探す、探す、探す……。

どこにも、ない。

…まさか、もう拾われちゃった…?


「最悪…。」


あれを見られたら、もうこの学校にはこれない。

ひっそりと暮らして、ひっそりと卒業するのが夢なのに…。

私は青春なんてものは求めてない。

ただただ、普通でいたいだけ。


「どうしよう…。」


もうすぐ授業が始まる。

なのに、私の足は立ちあがってくれない。

結局、そのまま地べたに座り込む。


「なんでないのっ…!」


思わず声を荒げてしまった。


――――その時。


「お前…。美園紗耶だな?」


後ろから、少し低くて甘い声が聞こえた。


美園紗耶(ミソノ サヤ)――

間違いなく、私の名前。

…ゆっくりと後ろを振り返る。

少しの期待と、不安を込めて。

………結果、不安の方が的中したんだけどね。

振り返った相手は、恐ろしいくらい整った顔の持ち主。

背もスラリと高く、スタイル抜群。

―――最悪、だ。

その人の手には、「美園 紗耶」と書かれた生徒カードがあった。

…まあ、それだけならまだいい。

でも、その人は……。


「水無月、生徒会長…。」


私立椛ヶ丘高等学園を牛耳る、生徒会長だった。

…つまり、生徒カードなんて一発で見れる存在の人。


「見ました、か…?」


恐る恐る、訪ねる。

会長は、少し眉根をよせて私を見た。

…何かを考えるような目で。

そして、一言。


「…ついてこい。」


…ああ、さようなら私の学校生活…。

なんだか哀しくなりながら、なんとか立ちあがってついていく。

静まり返った校舎に、私と会長の足音だけが響く。

ただそれだけのことなのに、妙に心が軋む気がした。

やがて見えてくる「生徒会室」。

一歩一歩、進む速度が遅くなる。


「…どうした?」


「イエ、ナンデモアリマセン。」


「はっ、なんで片言なんだ…?」


ええ、ええ。他人からしてみたらそうだと思います。

でも、私にとっては重大なんです、大切なんですっ!

……なんて、生徒会長様に言えるわけもなく。

ただ黙って後をついていった。

…なんか、やたら長く感じる。

あと数メートルだったはずなのに…。

そう思って顔を上げると―――。


「どっ、どこココ!!」


あきらかに学校内とは思えない、豪華な造りの建物にいた。

待って、本当に待って。

いくら顔を上げていなかったからって、そんな遠くに行く!?

ていうか、ここどこよ!?

生徒会室じゃないの!?


「お前、来たことないのか?」


「…ええ、まったくもって知りませんよ、こんな場所!」


思わず会長にくってかかれば、返ってきた返事は


「ジーニアス特別館だ。」


「……ジーニアス、特別館?」


『genius 』――――。


英語で「天才」を表す言葉。


…全然、意味わかんない。

「天才」とこの豪華な建物ってつながるの?


「まあ、来れば分かる。」


「はあ……?」


とりあえず、言われるがままに長い廊下を進む。

ふかふかの絨毯が引かれたその場所は、まるでお城のなかにいるみたいだった。

やがて見えてくるのは、「ジーニアスルーム」と書かれた大きな扉。

一体、なんだっていうの…。


「さて、行くか。」


「いや、ちょ、まっ!」


心の準備をっ…!

と言う前に、ガチャリとドアを開ける会長。

とたんに聞こえてくるのは、この建物に合う優雅な音楽……。

ではなく。


「え~!隼くん、なぁにその子!?」


「隼が女の子連れてくるなんて、珍しいね。」


「ようこそ、プリンセス。」


「ったく、なんだよそいつ。」


いきなり投げかけられる声。

その声はどれも綺麗で甘くてカッコいい声…なんだけど。

…誰?


「…紹介する。コイツらが、椛ヶ丘学園TOPジーニアスの4人だ。」


会長が指差す先には、やっぱりその声の主達がいて。

どれも恐ろしいぐらいの美形揃い。

……でも、誰も分からない。


「俺らのこと、知ってる?」


「いえ、まったく。」


思わず本音が漏れる。

慌てて口を押さえるけれど、もう出てしまった言葉は取り戻せない。

恐る恐る顔を見れば……。


「くはっ、正直すぎんだろ、コイツ!はははっ!」


「そーだよねー!知らないよねー!」


「知らなくても大丈夫ですよ、プリンセス。」


「ま、そういうもんだよね。」


みんな、ありえないくらいアッサリ頷いた。

え、知らないほうが普通なの?


「まずは、何から知りたいか?」


会長が訪ねてくる。

何って、全てですけど。

…………ううん、違う。

私が今聞きたいのは、


「そのカード、見ましたか?」


未だに会長の手には私の生徒カードがしっかり握られていて。

やっぱり、気になるのは私の「秘密」。


「まあ、見たは見たな。」


それに答えたのは、ちょっと口の悪い茶髪の彼。

…ああ、やっぱり見られたんだ……。


「じゃあ、私のこと……?」


思わず手を握り締める。

でも、この後に言われた言葉は、


「でも、何も見れなかった。」


自分でも驚く言葉だった。


「見れない…?」

どういう、こと…?


「俺達は、生徒カードを見られる権限を持っているんだ。だから、拾ったカードも確認で見る。そこまでは分かる?」


丁寧に説明してくれるのは、黒髪で制服をお洒落に着こなした真面目そうな彼。


「だけど、キミのカードには厳重なロックがかかってて、誰も見られないようになってる。」


「…つまり、誰も見ていないのね?」


思わず敬語も外れるけれど、そんなのもうどうだっていい。

安心感で、今にも足の力が抜けそう。

…よかった、きっと「彼女」がそうしてくれたんだ。

私を守るために。

どこまでも残酷で、どこまでも不安な世界から、私を守るために。


「まあ、その理由については俺達も深くは追求しない。…だからこそ、キミにお願いがあるんだ。」


「お願い、ですか…?」


「そう」と頷く彼は、もう一度会長の方を見る。

私もつられてそっちを見れば、


「紗耶。」


官能的な声で私を支配した。

「お前、俺のモノになれ。」


「………は?」


そして、至極冷静に爆弾発言をする彼。

まるで、その空間だけ時間が止まったような感覚になる。

…今、なんて言った?


「どーする?生徒会長のご命令だぞ~?」


ニヤニヤしながら言ってくるチャラ男を、本気で殴り飛ばしたくなった。


「…その理由は?」


とりあえず冷静さを装って、会長から視線を外す。

落ちつけ、紗耶。真に受けちゃダメ。

きっとおもしろがってるだけなんだからっ…!


「紗耶に惚れたから、じゃ理由にならないか?」


一歩一歩近づいてきて、指先で私の顎を持ち上げる。

無理やり視線を合わせられれば、濡れた瞳が私をしばる。

顔が、おかしいくらいに熱を持つ。

ああもうっ!なにがどうなってるの!?


「…と、りあえず、いろいろ分かってからじゃ、ダメ、ですか…?」


ようやく声を上げれば、不格好に揺れている。

他のメンバーは、確実に高みの見物してるし…。

助けようよ、そこは!

今襲われそうな女子がいるんですけど!?そこは助けよう!


「……じゃ、自己紹介するか。」


ポツリ、と呟いたと思えばそっとハズされる視線。

あ~…よかった~。

あのままだったら、確実に私の心臓がもたない…。

会長って、あんなキャラだったけ?


「ねえねえっ!自己紹介だってさ!」


大人っぽい顔なのに、なぜか喋りが子供っぽい彼。

…ショタキャラ、とかいうやつ?


「あ、私からするの?」


「プリンセスは一番最後でよろしいですよ。」


朗らかな笑みで私を「プリンセス」と呼ぶ彼。

…なんていうか、軽いわね…。

結局、自己紹介なるものをすることになった。


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