第35話
負けた。
これが全国トップの力か。
俺なんかが、敵うわけがない。
調子に乗り過ぎていたんだ。
現実はこんなもんだったんだ。
俺にゲームの才能なんてなかったよ。
もう絶望しかなかった。
「なんか最初は良い感じに戦えてたのに途中から一方的な試合だったな」
「だよな。だがあの坊主の必殺技の入力の早さは上級者並みだよ」
ギャラリーの声を聞きながら、俺は台から離れる。
「イチゴタイショウ」
カルロが俺の名前を呼んで、台から離れて俺に近づく。
(勝てるわけねぇ、一生勝てるわけねぇよ。もうダメだ。俺にはもう……格闘ゲームを続ける意味が……ないっ!)
俺はこの対戦の結果で得体のしれない恐怖と、乗り越えられない大きな壁があるような絶望感が生まれている。
「オマエ ノ タタカイ ハ コレカラ ダ。 コンカイ ハ コノキャラ デ ショウブ シタ。 ゼンコク ハ オマエ ト オナジ キャラ デ ショウブ スル」
カルロがそう言うが、俺は怖くなってその言葉を聞いて、逃げ出した。
「うわあああああー!! もう嫌だぁー!!」
俺は叫んで、そして全力疾走で階段を上っていく。
外に出ると雨が降っていたが、俺は走り続ける。
雨で滑りやすくなった歩道を走ったせいで、転んだ。
社会人の男の咳払いや、クスクスと嘲笑う女性の声が聞こえたが、恥ずかしいと言う気持ちは湧かなかった。
ゆっくりと起き上がり、痛くなった鼻を取り出したハンカチで拭くと血が出ていた。
そんな中で俺はこう思った。
(もう俺には……対戦格闘ゲームでの自信が……なくなった)
前々から気づいていた気がする。
俺には全国トップへの実力がない。
そのことが今日のカルロとの対戦でわかった。
雨の中で傘もないまま俺の全身が雨で濡れていて、立ち尽くしていた。
もう対戦格闘ゲームは辞めよう。
10月の全国大会には出場しないで、別の道を歩こう。
俺にはもう何もない。
何かに本気にもなれない。
例えそれが夢中だったゲームでさえ、地域大会のあの本気は錯覚で実際は本気になれなかったんだ。
そう思った時に後ろから声が聞こえた。
「沖田君?」
声の方に振り返ると熊倉さんが傘をさして、俺を見ていた。
そしてまた今度は逆の方に2人の声が聞こえた。
「沖田、傘もささずに、ここで何しているじゃんか?」
「沖田君。鼻から血が出ているよ。大丈夫?」
聞き覚えのある二つの声に向かって振り返れば、熊倉さんと同じく傘をさしていた大槍と志穂だった。
「お前珍しく一人で声もかけずに帰ったから、高柳さんと一緒に探したじゃんか」
「沖田君のことだからアドアーズにいると思って、私たち一緒に来たんだけど、何かあったの?」
俺は情けなかった。
そして無様だった。
こんな姿を三人に見られたくなかった。
言えるのか?
もう何もないことを俺は言えるのか?
だけど言うしかない。
三人に出会って、俺は逃げ出せずに今思ったことを言った。
「みんな、ごめん。俺……もう……駄目だ」
俺が次に言葉言おうとすると、熊倉さんが俺に携帯用の傘を差しだした。
「ここじゃなんだ。そこの二人は沖田君の友人なのだろう? とりあえず私の部屋に行こう。話はそれからだ」
俺は渡された携帯用の傘を開いて、熊倉さん達の後ろに傘をさして歩いた。
何もない無の感情だけが、俺の中で生まれていた。
※
熊倉さんの部屋に入った後に、俺は浴室を借りてシャワーを浴びた。
濡れた服の代わりに、熊倉さんがジャージを貸してくれた。
着てみてサイズがちょっときつい気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
三人は俺がシャワーを浴びている時間にお互いに挨拶と自己紹介を終えた後のようだった。
熊倉さんが口を開いた。
「沖田君、何があったんだい?」
志穂と大槍は黙って俺を見ている。
「みんな……実はさっき……」
俺はカルロと対戦したこと、その結果自分にはゲームの才能がないことを話した。
しばらく沈黙が流れた。
その沈黙に耐えられなくなったのか、大槍が俺に話した。
「それはお前の考えすぎじゃんか。一回くらい負けることだってあるじゃんか」
続けて志穂も口を開けて、明るい笑顔になった。
「そうだよ。沖田君。たまたまだよ。どんな天才にもミスはあるよ」
大槍と志穂はそう言ってくれた。
熊倉さんは黙ったままだ。
「大槍と志穂はその時の対戦を見てなかったからそう言えるんだよ」
熊倉さんのスマホが振動した。
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