第29話
そして辿り着いた公園の椅子に座っている志穂が俺を振っていた。
※
「あ、沖田君。もうちょっとかかるかと思ったけど、早かったね」
俺は公園に着くと、志穂が座っている長い椅子に、お弁当一個分の隙間を開けて志穂と並んで座った。
「大会思ったより長くてね。でも優勝してきた」
「すっごーい。やっぱり沖田君は強いよ」
志穂がお弁当一個分の隙間に弁当箱を置いて、開けた。
餃子やチャーハン、俺の好きな焼きビーフンに唐揚げにゆで卵、ケーキのクラシックショコラと中身は豪華な弁当だった。
さっそく椅子に座って、一緒に食べることにした。
「うん、上手いよこれ」
「あ、チョコレートもあるよ。食べる?」
「ああ、実は俺甘いもの苦手なんだ」
志穂は少しショックを受けたのか、悲しそうな顔を一瞬したが元気よく答えた。
「そう、ごめん。今度作り直すね」
「ごめん。俺……今度から志穂のチョコ食べれるように毎日とはいかないけど……チョコレート買って食べるから」
それを聞いていた志穂は悲しさを抑えている表情から、嬉しさが出ていた表情に変わっていた。
「ありがとう。でも凄いね! 今日学校サボってあっという間に地域大会で優勝して、全国大会にいけるなんて!」
「ああ、俺も正直今でも実感がわかない」
焼きビーフンを食べながら、志穂にこの何とも言えない正直な気持ちを打ち明ける。
全国でも通じるかもしれないが、熊倉さんの家で見たあの映像のカルロと熊倉さんの強さは今の俺とは別格だ。
もしかしたら次の全国は大会はあの2人以上の猛者がいるんだろうか?
今日全国大会へ行ける地域大会に優勝したという実績を持った俺だが、あの2人にはまだ勝てるビジョンが浮かばない。
あの2人並みの実力者がいると思うと自信がない気もした。
そして何故熊倉さんが大会に参加しなかったのかも謎のままだった。
「大丈夫だよ、沖田君」
「えっ?」
俺が何かを悩んでいるようにも見えたのか、志穂は笑顔で俺の手を握る。
ドキッとした。
「全国大会への不安はわかるよ。でも沖田君は誰にも負けないものを持っているよ」
「な、なんだよ志穂。その負けないものって」
手を握られてドキドキしているので、少し言葉に緊張があらわれてしまった。
志穂は握っていた俺の手を離し、椅子から立ち上がり空を見あげる。
「沖田君が誰にも負けないもの。それはね、格ゲーに対する努力と熱意だよ」
「そんなもので勝てるのか?」
「勝てる勝てないじゃないんだよ。とても大事なもので、みんなにあるようでないもの。そしてそれは今沖田君は手に入れている。まぁ、何事もやってみなきゃわからないよ。細かいこと気にしないで、好きなことにむかって進めばいいんだよ」
志穂のその言葉に、全国への自信が無かった自分の背中が押された気がした。
そして熊倉さんの言っていた格闘ゲームのセンスという言葉を思い出す。
(熊倉さん不参加のことは忘れよう……全国でやってみないとわからないか……やるだけやってみるか。格闘ゲームのセンスが俺にあるなら大丈夫だ)
そう思った後に俺は朝から何も食べてなかったので、夢中で志穂の作ったお弁当の中身を食べた。
そして食べ終わり、ふたを閉めて志穂に頭を下げた。
「志穂ありがとうな。そしてご馳走様」
「全部食べてくれたんだね。ありがとう。格ゲーは格ゲーで置いといて、今は今日サボった分の勉強だね。ノートはカバンに入っているんでしょ?」
「ああ、今出すよ」
「じゃあ今日の授業を全部教えるね」
格闘ゲームの話が終わり、俺と志穂は椅子にノートと教科書を広げて勉強会をした。
志穂は賢いので教え方が上手い。
フジケンと担任を交代してほしいくらいだ。
というかフジケンの教え方の下手さと志穂の教え方の上手さの差が凄い。
ダイヤグラムで言ったら10回授業したら、フジケンが9回不評で志穂が1回だけ不評くらいの差がある。
志穂は授業を教える教師キャラとしては強キャラだろう。
そんなことを思いつつ、段々と格闘ゲームの世界に浸透しているなと自覚してしまう。
「はいっ! じゃあ今日はこれで終わりだよ! お疲れ様」
終わったのは夕日が沈むころだ。
「いつもありがとうな」
「今更だし、別にお礼なんていいよ。そういえば気になった事があるんだけど」
「何?」
「沖田君のやっている格闘ゲームのウルフォだっけ?」
「ああ、それがどうしたの?」
志穂が椅子に座って、俺の隣に、それも体が触れ合うくらい近くに座った。
「あのゲームで思ったことがあるんだけど、あの手から光の弾や炎の弾が出たりするのなんて言うの?」
隣の志穂の距離にドキドキしつつも、格闘ゲームの試合の時のような落ち着きで対処して答える。
「あ、ああ、あれは遠くにいる相手に攻撃できる弾撃ちっていうんだよ。それがどうしたの?」
なんだろう?
珍しいな、というか初めてだな。
あの勉強とスポーツ以外はそこまで娯楽に興味のない志穂が、格闘ゲームの話をして、質問するなんてこと今までなかった。
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