第26話

 ジャンプして真柴のキャラクターが、起き上がる直前に強キックを当てる。


 当てた後で真柴のキャラクターが俺のキャラクターを素早く入力した投げ技で、投げ飛ばされて壁に追い込まれる。


 壁にいると形勢が不利になる。


 ちょっとマズいが、体力はもう大きく差が開いている。


 だが俺の勝ちは揺るがないはずだ。


(これで終わりだ)


 焦ることもない。


 こういう時は熊倉さんや映像でみたカルロはどうしてただろう?


 わかっている。


 不利な状況になっても自分の戦い方を変えずに冷静に対処していた。


 俺はあえて弾撃ちを入力し、真柴がそれを避けようとジャンプする動作を確認した後で弾撃ちをキャンセルした。


「何っ!? この俺が誘われた?」


 真柴の声が聞こえた。


 キャンセルした代わりに出た行動は強キックだった。


 見事に一発当てたら真柴のキャラクターの体力が0になり、俺が1ラウンド目を勝利する。


 良い感じに勝てた。


「この坊主、全国50位の真柴を1ラウンド取ったぞ。強いな」


「ああ、俺たちとレベルが違うぜ。これもしかしてすでに全国レベルじゃないか?」


 ギャラリーの声が後ろから聞える。


「まだ終わりって訳じゃねぇ! いいか、これからが本番だ」


 反対側の台にいる真柴の声が聞こえる。


 どうやら俺が弾撃ちをキャンセルして強キックに変更するというテクニックをただのガチャガチャプレイで行った偶然に過ぎないと思っているようだ。


「誘っていると思ったが、偶然のようだな。二度は無いぞ、平日負けなし野郎」


 どうやらこの真柴の大きな声の発言からして、偶然だと思い込んでいるのは明らかだ。


 つまり真柴は俺を舐めている。


 油断しているということは、警戒心や慎重さが無くなるということだ。


 俺がここで舐めたプレイ、いわゆる舐めプをしない限りは勝てる相手だ。


 もちろん舐めプも出来るが、そのまま逆転されて2連敗したら世話ない。


 大丈夫だ、ゼルダもとい熊倉さんより弱い。


(落ち着け俺。今はこっちが優勢なんだ)


 2ラウンド目が始まる。


 両キャラクター弱パンチ連打で近づけさせないようにして、けん制しながら相手の出方を見る。


 ここは読み合いが大事になる。


 距離が近づき、俺のキャラクターが下蹴りを真柴のキャラクターに与える。


 怯んだ所をいつもの早押しで入力した弾打ちで削ろうとしたが、ガードされながら近づいて蹴りを喰らう。


 そのまま即座に入力された投げ技を喰らい、ステージの壁近くまで俺のキャラクターが飛ばされる。


 どうやらむやみに飛ぶのをやめて、地上戦で攻める気のようだ。


 そして壁はマズい、こっちが不利になる。


 なんとしてもここから逆転しなければならない。


(ここはセオリー通りに対応せず冒険して投げてみるか)


 真柴のキャラクターがダウンした俺のキャラクターに近づくが、俺が投げコマンドを素早く1フレーム差で入力して壁の方に投げ返す。


 これで真柴のキャラクターが壁に行き、こっちが有利になる。


 むこうは焦っているだろう。


 おそらくジャンプするだろう。


 俺は真柴のキャラにダッシュで近づいた。


 真柴のキャラがジャンプモーションにはいる動作を俺は見逃さなかった。


 ゲージが溜まっていたので超必殺技アルティメットを素早く入力して、真柴のキャラクターがあと1フレームで飛ぶ判定になる瞬間に喰らわせた。


 相手の体力は半分になる。


 こっちは9割の体力が残っている。


(このままやれば勝てる。余裕だが、ここ一番で決めるために集中するんだ)


 そう思った瞬間だった。


 真柴のキャラクターがダメージを受けて、空中に浮いて地面に落下するまでの時間にそれは起きた。


 少しだけ集中力を上げて、いつもの『遊び』ではなく『本気』になった。


 そうしたら俺の中に得体のしれない何かが聞こえた。


『余裕だとかいう慢心は真柴のような敗北を生むだけだ』


「えっ!」


 思わず、俺は驚きが口に出た。


 それは空耳に思えたし、ギャラリーの声だったかもしれない。


 だが、今はそんなこと考えている暇はない。


(そうだ! 何が聞こえたとかはどうでもいい! 今は冷静になんなきゃ!)


 誰の声なんて考えている暇はない。


 その通りだ。


 余裕だとかで集中力を無くして、慢心してはいけない。


 熊倉さんやカルロのように戦う姿勢を崩さない。


 冷静に読み合いで相手の行動を予測し対処する。


 格闘ゲームで大事なのはそこだ。


「なんというコマンド入力の早さ。これほど差があるとはっ!」


「あの坊主何者だよ!」


 後ろで騒ぐギャラリーの声が聞こえたが、ゲームに集中する。


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